高遠遙一
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高遠遙一。
彼はクラスメイトであり、席が隣だった。
何事にも関心がなさそうで、言葉を交わしたのもこの数ヶ月で何回あっただろう。
そんなものだから、彼に対する関心はそこまで高くなかった。
話しかけてもどこかとっつきにくい彼は、いつも窓の外を眺めている変わった人なんだと思っていた。
ただ、唯一、彼の英語力には著しく惹かれていた。
授業を聞いていないかと思いきや、実はちゃんと聞いていて先生を完璧な発音で言い負かしてしまう。
いずれ留学を考えている私にとっては、彼の英語力に惹かれ、私もそうなりたいと強く思っていた。
「…い………おい如月!」
「は、はいっ!」
そんなことをぼんやり考えていると、突如私の名前を呼ぶ声が聞こえ、現実に引き戻される。
「授業中だというのに随分な余裕だな?ならば次のパラグラフをリーディング、それから訳してみろ」
「は…?あの、先生…次のパラグラフって今回の授業の範囲じゃないですよね?」
毎回授業の最後に予習範囲を伝えられており、もちろん言われたところはきっちりとやっていたし、ある程度教科書は読んでいるものの、さすがにしっかりと訳せるかというと話は別だ。
……また先生のいじめか。
「どーした如月?お前はココと言われたら本当にそこしかやらずに持ってくるのか?それで留学目標とは笑わせてくれるなぁ?」
過去にクラスメイトがいびられていた時にあんまり腹が立って反論したところ、今度は私がその対象となってしまった。
もうその子はいびられなくなったし、気にしないようにしていたが、下手なことをすれば留学するための成績に関わる。
また、少しでも間違ったことをすれば勉強不足と因縁をつけられ居残りを命じられる。
そこが厄介だった。
「───いえ。すみません、読みます」
仕方なく立ち上がり、教科書を持ち目を通す。
一応このストーリーが授業で取り扱うという話があった時に、ざっとではあるが目は通してある。
リーディングだけなら取りあえず何とかなるはず。
「…Yuko Sena is female 32 yr old who complains...」
なんとかリーディングは問題なくできた。
読みながら必死に変換したが、分からない単語が2つあった。
内容が医療系のもので、診断名がはっきりと何なのかわからない。
「やはり留学が目標なだけあって、リーディングは問題ないな。よし如月、そのまま訳せ」
「……セナユウコは32歳の女性で、軽い眩暈と吐き気、発熱を訴えている。症状は一週間前からで、外出中に違和感を感じた。市販薬で様子を見るも良くならず、悪化したため受診したとの事。……彼女の……」
UTI、URTI。この二つの意味さえ分かれば。
「どーした如月。まだ残ってんぞ」
分からないと言えばだらしないと言われ、居残りを命じられる。
今ここで辞書を引くことも同じ道を辿る。
でも分からないものは仕方がない。今回は諦めてどちらを理由にしようか……。
「如月聞いてるのか!」
その時、目の端で高遠君が動いた。
「あーぁ……」
彼が教室に響く声で大きくため息をついたのだ。
「ッ高遠!!お前のその態度は何だ!」
「え?あぁ、つい授業が退屈なもので」
他の人なら絶対言えないようなことを平気で口にしてしまう高遠君に、私も開いた口が塞がらない。
「お、お前…!」
「何なら僕が如月さんの代わりに続き、進めましょうか?」
その時、私の机の上に何かが置かれた。
置いたのは高遠君。その彼を見ると、先生を見据えたまま話し続けている。
置かれたメモ、突然の高遠君の先生への反論。
彼は、さり気なく私のために時間稼ぎをしているように思えた。
先生にバレないようにそっとメモを見ると
、まさに私が分からず詰まっていた単語の日本語訳が書いてあった。
「…ったく…!!今は如月だからお前は黙って聞いていればいい!おい、如月できたのか!?早く訳せ!」
「……彼女の申告の眩暈、吐き気の症状については上気道感染症、発熱は尿路感染症と診断した。彼女には薬を処方し、一週間後に再度受診するように指示した」
「!?…な、なんだ、できるならさっさと読め……!座れッ」
「…はー…」
ようやく解放された。
何の疑いもかけられることなく座れたのは、先生が高遠君からのメモの存在に気付いていなかったこと。
私は電子辞書ではなく紙辞書を使うため、開けばすぐに分かるがその辞書にも手を触れていなかったこと。
その二つから、先生としてはこれ以上追及できなかったのだろう。
危なかった。
高遠君の助けがなければ、また放課後に居残りさせられ、その間もずっといじめられるところだった。
───────。
無事授業が終わり、放課後になる。
勉強から解放された生徒たちが一斉に立ち上がり、それぞれの掃除区域へと向かう。
今週は当番なしだからすぐに帰ることができる、が。
「高遠君っ」
他のクラスメイト同様、立ち上がってそのままどこかへ行こうとした彼を慌てて引きとめる。
「…はい」
「さっきは助けてくれてありがとう。本当に助かった……」
「───あの人、最近凜華さんのことずっといじめてるから。いじめ方も気に食わないし。あんな単語、現地にいたって滅多に聞かない」
クラスメイトには全く関心を持っていないと思っていたが、やはりあの時は彼なりに気にかけてくれて、考えて助け船を出してくれていたようだ。
「やっぱりそうだよね…」
「医学用語のしかも略語なんて日常会話で使わない。日本でだって同じだ。留学の内申点を盾にいじめるなんて、あれはさすがに酷い」
彼の言う通り、あんな単語医者でもなきゃ聞くことなんてない。
「上気道感染症なんて、普通みんな風邪と言うだろ。だから、分からなかったことを凜華さんは気にすることはない。むしろあの教師について主任にでも相談するべきだ」
こんなに喋る人だったんだと内心驚きながら、彼の話に耳を傾ける。
「う、ん……ありがとう、心配してくれて。ちゃんと相談するよ。留学したいもの」
「それでいいと思う」
そのままどこかへ行ってしまいそうになる彼を、再び引き止める。
「うん…あの、それでね…!今日助けてくれたお礼がしたいんだけど…」
「…別に大したことしてないから。要らないよ」
「ううん。もし高遠君が気付いて助けてくれなかったら、一人でまた居残りだったもん。だから本当に感謝してるの。お願い、飲み物とか食べ物とか、欲しいの何でも言って?」
「じゃあ……………君の歌」
財布にはそこそこお金が入っているから大丈夫と思っていた矢先、彼の口から突拍子もない言葉が出た。
「……え?」
「君の歌声を聞きたい。お礼はそれだけでいい」
「な、なんで突然……」
「別に。突然でもないよ。僕は前から何度も見て聞いていたから」
いつの間にか彼に手を引かれ、教室を出て音楽室へと向かう。
「合唱コンクール、凜華さん音楽部でソロやるって言ってたよな。時間見つけては練習してるだろ」
確かに今度の合唱コンクールで、1年生ながらもあるパートのソロを任されていた。
その大抜擢のプレッシャーから、時間があれば音楽室を借りて練習していた。
「僕そこでたまにピアノ弾かせてもらってて、たまに見かけていたんだ。その時の君の声が忘れられなくてな…だから、その歌声を僕のために聞かせてくれたらそれでいい」
音楽室に着いて、真っ直ぐに高遠君はピアノへと向かう。
ピアノの蓋を開け、その細く長い指で音を奏でた。
「君の声を聞かせて、凜華」
その一言と初めて見た高遠君の微笑みに、私は一気に引き込まれ、彼に興味を持ったのは言うまでもない。
**************
そして高遠少年に出てきてもらいました。
学生同士も素晴らしい。
今回は医学用語も登場させました。
UTIはUrinary Tract Infectionの略で、尿路感染症
URTIはUpper Respiratory Tract Infectionの略で、上気道感染症です。
気が向いたらまた学生同士の作品を書くかもしれないです。なかなか面白かったので…!
意地悪な先生から守ろうとする高遠少年を書いてみました。
窓の外を眺めて興味なさそうにしていながら、実は隣が気になってたからあまり見れなかった 、とか、音楽室でも実は外からずっと見てていつもいないか探していたりしていたらいいな、と思ったらもう止まりませんでした。
御題「たった一人のための歌姫」
Seventh Heavenさまよりお借りしました!
08/17/2014
10:45
2018/4/3
1:16一部修正
如月凜華