日常
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日中の飛行訓練を終え、研究室の扉を開けた瞬間、鼻をつく薬品の匂いと機械の低い稼働音。
奥で何やら記録を取っているゼノが顔を上げ、こちらを一瞥する。
普段研究室に入れば、いつもならHoneyが視界に入るが、生憎今はその姿はない。
俺は目だけで問いかけた。
アイツはどこだ?
ゼノは小さく肩をすくめて、視線を部屋の隅に向ける。
「具合が良くないそうでね、少し休んでいるよ」
言葉の裏に、察しているという含みがある。
俺も視線を向ければ、奥まった場所にあるソファーで、毛布にくるまったHoneyの姿があった。
呼吸は穏やかだが、時折眉がわずかに寄る。
痛みのサインだ。
…なるほどな。周期だ。
彼女の身体のリズムは把握している。
任務で離れる時も常に気に留めてきた。
だから驚きはない。
ただ、こうして目の前で具合悪そうにしているのを見ると、胸が締め付けられる。
俺は音を立てぬようブーツの歩みを緩め、ソファーへ。
そっと腰を下ろすと、Honeyが小さく身じろぎし、無意識に俺の方へ身を寄せてきた。
…安心した顔してんね。
喉の奥が熱くなる。強く抱きしめたくなる衝動を抑え、代わりに毛布の端をきちんと掛け直す。
俺の掌が彼女の額に触れる。
微かに温かい。
だが熱ではなく、倦怠のせいだろう。
ゼノが小声で呟く。
「スタン、君が来れば彼女は落ち着くだろうと思っていたよ」
俺は応じず、ただHoneyの髪を指で梳いた。
この静かな研究室の中で、聞こえるのは彼女の寝息だけ。
それが妙に愛おしくて、守りたい気持ちが増すばかりだった。
指先で髪を梳いていると、毛布の中でHoneyの睫毛がわずかに震えた。
「……ん」
小さな声とともに、ゆっくりと瞼が開き、俺の姿を映す。
眠たげな瞳が俺を捉えた瞬間、彼女の表情がふっと緩む。
「…スタン…」
囁くような声。その響きに胸が温かくなる。
「起こしたか?」
低く問えば、Honeyは小さく首を振った。
そして、眠気に引かれるように俺の肩へ顔を寄せ、すり寄ってくる。
まるで小動物が巣に潜り込むような仕草。
「…よかった…」
吐息のような言葉が俺の胸にかかる。
その一言だけで、安心してくれているのが伝わる。
俺は片腕でそっと彼女を抱き寄せ、毛布ごと包み込んだ。
「無理すんな。少しでも辛かったら、研究なんざ放り出していい」
声が思ったよりも強く響いた気がして、Honeyの頭を撫でながらトーンを落とす。
「…俺がついてる」
Honeyは瞳をとろんとさせながら、俺の胸に頬を押しつけて微笑んだ。
「…安心する…スタンが、いると…」
その表情に心臓を掴まれる。
痛みを和らげてやる薬も発明も持ってない俺にできることは少ない。
だがこうして腕の中に抱くことで彼女が安堵するなら、それでいい。
腕の中でしばらく休んだHoneyは、ゆっくりと身を起こした。
毛布を直しながら小さく息を吐き、微笑む。
「…ありがとう、スタン。もう大分マシになったわ」
「薬、効いたか」
俺が問うと、Honeyは得意げに頷いた。
「もちろん。自分で調合したんだから。こういう時のために研究も役立つのよ」
その自信満々な言い方に、思わず口元が緩む。
「…やんじゃん。自分で薬作って自分で飲む嫁ってのも珍しいぜ」
「ふふ、便利でしょ?」
「便利すぎて、俺が心配する隙がねぇ」
軽口を叩くと、Honeyはくすっと笑って立ち上がる。
「でも、少しは心配してほしいのよ?」
挑むような瞳でこちらを見てくるから、俺は肩をすくめて答える。
「…してんよ。ずっとな」
Honeyはわざとらしく唇を尖らせ、机に向かおうとした。
「じゃあ、証拠を見せてもらおうかしら」
「証拠?」
「うん…甘やかしてくれるとか、そういうの」
その後ろ姿に苦笑しつつ、俺はソファーから腰を上げ、Honeyの腰に片腕を回して机までエスコートする。
「お望みなら、いくらでもやってやんよ」
耳元に低く囁けば、Honeyの肩がわずかに揺れて頬が赤く染まる。
Honeyはデスクに戻ると、ガラス器具や薬草の瓶を手際よく並べ、いつもの集中した顔つきになった。
白衣の袖を軽くまくり上げ、髪を後ろで結び直す仕草まで無駄がなく、美しい。
俺はソファーには戻らず、無言で近くのスツールに腰掛け、腕を組んでその様子を眺めていた。
本来なら退屈で仕方ない待ち時間のはずが、妙に落ち着く。
顕微鏡を覗き込みながらノートに走らせるペンの音。
瓶の栓を開ける小さな音。
その一つひとつにHoneyの真剣さが滲んでいて、俺は、ただそれを見守ることが心地よかった。
「……」
目を細める。
淡いランプの光に照らされる横顔、真剣な瞳、時折指先にかかる柔らかな髪。
思わず息をのむほど、綺麗だった。
…ほんと、敵わねぇな。
銃も戦闘機も操るこの手が、今は研究に夢中なHoneyをただ守るためだけに在る。
胸の奥でそんな実感が静かに広がり、知らず口元が緩んだ。
Honeyがふと視線を上げ、俺を見つけて微笑む。
「…ねぇ、そんなに見られると集中できないわ」
「そうか?」
「そうよ。落ち着かないんだから」
軽くむくれるその顔すら愛しくて、俺は肩をすくめて答えた。
「悪いな。…アンタが綺麗すぎっから、目を逸らせねぇんだ」
Honeyは小さく目を瞬かせ、そして耳まで赤くして俯いた。
Honeyが試薬のラベルを書き終え、ノートに最後の一行を記して大きく息を吐いた。
「…ふぅ、今日はこの辺りで区切りにしましょうか」
肩を回して伸びをする姿を見て、俺はすぐに立ち上がる。
無言で椅子を引き、Honeyのカーディガンを手に掛けてやる。
「…ありがとう、スタン」
俺は軽く頷くだけで返した。
そのままHoneyは机の上を片づけ始めたが、ちらりと研究室の奥へ目をやる。
そこではゼノが白衣の袖をくしゃくしゃにしながら、細かい数式と装置に夢中になっている。
目の下には相変わらずの隈、机の上にはコーヒーの空きカップが山になっていた。
Honeyは小さくため息をつき、ゼノに近づく。
慣れた手つきでカップをサッと片付け、ゼノに声をかける。
「ゼノ、そろそろ休憩を入れた方がいいわ。…軽食も置いておくから、ちゃんと摂って」
「ん…? あぁ、すまないね。だが、今いいところなんだ…」
「昔から変わらないわね、熱中すると時間を忘れるんだから」
Honeyはやれやれと首を振りながら、デスクの端に軽食と水を並べた。
そのやりとりを少し離れたところで見ていた。
ほんと面倒見がいい。
研究員じゃなく、隊員に欲しいくらいじゃん。
なんて内心思いながらも、胸の奥では妙な温かさが広がっていた。
Honeyは再び俺のもとへ戻ってくると、微笑んだ。
「お待たせ。じゃあ、帰りましょうか」
「…あぁ」
俺は彼女の鞄を自然に肩に掛け、ドアへと先に歩を進める。
背後でゼノがまだぶつぶつと計算を続けているのを耳にしながら、Honeyは心底安心したように俺の隣に並んだ。
帰宅し、スタンがバスルームのドアを押し開けた瞬間、ほのかな湯気と石鹸の香りがリビングへ流れ込む。
タオルでざっと髪を拭いながら視線を向ければ、先に風呂を済ませたHoneyはソファーで脚を少し曲げ、腕でお腹を庇うように抱きながらクッションを枕に横になっている。
表情はどこか甘えるようでありながら、うっすらと眉間には皺。
薬が効いているとはいえ…完全には抑えきれていない痛みが、顔に出ている。
…やっぱ辛ぇんだな。
俺は黙ってタオルを肩に掛け、ソファーへ歩み寄った。
彼女の頬にかかる髪を指で払い、じっと見つめる。
少し潤んだ瞳が俺を見返し、弱々しく笑みを作った。
「…スタン、お風呂あがったのね。温まった?」
「あぁ。…けど、アンタはまだしんどそうだ」
ソファの端に腰を下ろし、Honeyの背へそっと手を添える。
触れただけで分かる熱。
体温は普段より少し高めだ。
「湯でも改善しねぇか…」
Honeyは小さく首を振り、
「…これでも10あった痛みは薬で4くらいにはなってるのよ。でも、0にはならないのよ。女性の宿命。ピルも21世紀と比べたら避妊効果高める代償で痛みには効果薄いから、まだまだ改良の余地ありね。」
淡々と話すが、その声の弱さに胸が締めつけられる。
俺は言葉を選ばず、ただ手で彼女の背を上下になぞった。
安眠を誘うように、リズムよく。
痛みを奪えねぇなら、少しでも安心だけは与えてみせんよ。
Honeyはその手の動きに小さく息を漏らし、目を閉じる。
俺はソファの背に身を預け、彼女の頭を肩に引き寄せた。
「無理すんな。今日は何もなしだ。俺が全部、やっかんね」
囁いたその言葉に、Honeyの体から少しだけ力が抜けるのを感じた。
肩に柔らかな重みが乗った。
Honeyが、まるで小さな動物みたいにこてんと俺の肩へ寄りかかってきた。
「ふふふ。スタンのぬくもりと、匂い…存在そのものに癒されるわ~」
少し笑って、目を細めながら囁く声。
その無防備さに、胸の奥が一気にあったまる。
…ったく。可愛いにもほどがあんだろ、Honey
俺の腕の中でリラックスしている姿は、まるで森で安心して丸まってる小動物。
撫でてやれば、きっと目を細めて甘えるだろう。そんな姿が頭に浮かぶ。
無意識に、肩に乗った頭をもう片方の手で支えてやりながら、髪をそっと撫でた。
シャンプーの残り香と、Honey自身の匂いが混ざって、深く吸い込むだけで心が落ち着いていく。
「…アンタは俺に甘えなさすぎなんよ」
わざとぶっきらぼうに言っても、Honeyはふわりと笑って目を細めたまま、肩に頭を押しつけてくる。
その仕草に、喉の奥から笑いが漏れる。
こいつがこうして俺に身を預けてくれんなら…何があろうと、守り抜くしかねぇ。
俺は毛布を手繰り寄せ、Honeyごと包み込むように覆った。
肩に寄り添う温もりを確かめながら、そっとキスを彼女の髪に落とす。
肩に寄り添っているHoneyの重みを感じながら、俺はほんの少しだけ息を吐いた。
弱っている時に見せるこいつの表情は、普段の聡明さとはまるで別物で、守ってやらなきゃって衝動が強くなる。
今夜は、もう何もさせねぇ。
そっと髪を撫でながら、立ち上がる前にHoneyへ声を掛けた。
「ちょっと待ってろ。すぐ戻る」
名残惜しそうに俺の肩に頭を乗せたままのHoneyを、クッションで支えてやり、毛布を掛け直す。
キッチンに行って、温かいカモミールティーを用意した。
体を冷やさないよう、カップも軽く温めておいたのは、こいつに関してはもう習慣みたいなもんだ。
戻ってきて膝をつき、そっとカップを差し出すと、Honeyが小首を傾げて笑う。
「ありがとう、スタン…」
受け取る手が少し震えていたから、手のひらを下から支えてやった。
「熱いから、気いつけんよ」
そう言っている俺の方が、顔がにやけそうになるのを必死に抑えている。
一口飲んだHoneyの頬がふわりと緩む。
「…ほっとする。スタンがいるだけで、薬より効いてる気がするわ」
その言葉に胸が締めつけられた。
大げさじゃなく、この女にとっては俺が支えなんだと思い知らされる。
俺はティーカップをテーブルに置かせ、もう一度毛布で彼女を包み込んだ。
軽く抱き寄せて、背中を撫でながら低く囁く。
「安心しな。無理すんな。俺がついてる」
Honeyは目を細め、俺の胸に顔を埋めた。
そのまま俺の心音に耳を澄ませているようで、少しずつ呼吸が落ち着いていくのが分かる。
Honeyには笑顔でいてほしんよ。
俺がどんなに気張ってても、Honeyの笑顔ひとつで全部報われっかんね。
Honeyがほんのり笑みを浮かべた瞬間、こっちの胸まで温かく満たされていく。
ソファーで寄り添ったまま、Honeyの瞼が重たそうに何度も瞬くのを見て、俺はそっと抱き上げた。
軽い。いや、そう感じるほどに俺の腕が慣れてしまっているんだろうな。
Honeyが小さく身体を丸める仕草が可愛くて、思わず力を込めすぎないよう気をつける。
ベッドに下ろすと、Honeyは毛布を胸元まで引き寄せたが、落ち着きがない。
呼吸は深まらず、視線はどこか彷徨っている。
…痛みが和らいでも、落ち着けねぇのか。
俺は一度だけ眉を寄せた。
寂しさだ、と直感する。
こういう時の微妙な仕草、声のトーン、目の泳ぎ方、こいつを見てきた時間が長いから、すぐに分かる。
ベッドの縁に腰を下ろし、Honeyの手を取った。
「……眠れそうか?」
小さく首を横に振るHoney。
唇がわずかに震えて、でも言葉にはしない。
その沈黙で、ますます確信する。
俺は毛布の上からその華奢な身体を包み込むように横になった。
Honeyが驚いたように俺を見上げるが、すぐに胸に顔を埋めてきた。
「……スタン」
声は小さく、掠れていた。
「離れねぇよ」
短く、それだけ答えて背中をゆっくり撫でる。
心拍が落ち着いていくのを、Honeyの呼吸と重なる鼓動で感じた。
ホルモンがどうだとか、医学的な理屈はどうでもいい。
寂しさが辛さに拍車をかけるなら、俺が埋める。
「大丈夫だ。俺がいる」
その言葉に、Honeyはようやく小さく笑った。
その笑みを見届けて、俺は額にそっと口づけを落とす。
やがて彼女の呼吸は深まり、まぶたは完全に閉じていった。
安心して眠れるようにすんのが、俺の役目だかんね。
Honeyの寝息を聞きながら、俺は肩越しに窓の外の夜を眺めた。
今夜は俺も、このまま深く眠れそうだ。
夜の静けさの中で、ふと肩に重みの変化を感じた。
目を開けると、Honeyがもぞもぞと動いていた。
薄暗い部屋の中でも、その小さな仕草で眠りから覚めたのが分かる。
「…スタン…」
かすれた声が胸元から届く。
「Honey?」
低く問いかけると、Honeyは首を横に振った。
けれどその仕草は頼りなく、すぐに俺にしがみついてきた。
「また…寂しくなってしまったの」
囁くような声。
俺は目を細めた。
やっぱり、そうだ。
体調の辛さに加えて、夜中は気持ちも沈みやすい。
こいつは人一倍繊細だからな。
「安心しな、俺がいっから」
そのまま片腕を回し、Honeyをしっかり抱き寄せる。
彼女の体温は少し高めで、呼吸も浅い。額をそっと撫でてやると、Honeyの瞳が潤み、甘えるように俺を見上げた。
「スタン…ぎゅってしてて…」
「任せろ」
短く答えて力強く抱き込む。
俺の胸に顔を埋めたHoneyの吐息が落ち着きを取り戻していく。
俺の手は背中をゆっくり上下に撫でる。
言葉はいらない。
ただ安心させるための動作を重ねるだけだ。
「…安心する…」
ぽつりと呟いた声が毛布の中で震えた。
「それでいい」
俺の声も低く落ち着いている。
やがてHoneyの身体から力が抜け、再び深い眠りに沈んでいった。
その小さな寝息を確かめ、俺は額に口づけを落とす。
どんな夜でも、俺がそばにいる。
それでいい。
胸の奥に確信を抱きながら、再び目を閉じた。
朝の光で俺はもう目を覚ましていたが、隣のHoneyが静かに体を動かす気配を感じた。
「…スタン…」
まだ掠れた声。瞼を半分閉じたまま、俺の顔をじっと見つめていた。
目が合う。俺が起きていると気づいたのか、Honeyは小さく微笑んだ。
その笑みはどこか弱々しくも、心からの安堵が滲んでいる。
「昨日も…夜中に付き合ってくれてありがとう」
彼女は囁くように言った。
「…気にすんな」
短く答えながら、その視線を受け止める。
俺の胸にすり寄ってきたHoneyの手は少し冷たい。
横になっている間は落ち着いているようだが、動こうとすればすぐに体力を奪われることは分かっていた。
やっぱ、無理させられねぇな。
俺は黙って毛布を引き寄せ、Honeyを包み込むように抱いた。
柔らかい髪が胸に触れ、微かな匂いが漂ってくる。
「スタン…」
小さな声で名を呼ばれるたびに、胸の奥が締めつけられる。
「今日は休みだろ。何も考えなくていい。俺がここにいる」
そう告げると、Honeyの唇がかすかに震え、目尻が潤んだ。
「…本当に、幸せ」
彼女の吐息混じりの言葉は、かえって俺の方が救われるようで。
感謝なんて必要ねぇな。
俺が勝手にやりたくてやってるだけだ。
心の中でそう呟きながら、俺はHoneyの額に軽く口づけを落とした。
ただ隣にいて支える、それが今一番必要なこと。
キッチンに向かい朝食を作るスタン。
湯気の立つスープと、軽く焼いたパン。
胃に優しく栄養を取れるよう、あえてシンプルにまとめた。
普段ならHoneyが用意してくれるが、今は俺の役目だ。
寝室のドアを優しくノックし、静かに開ける。
ベッドの上で、Honeyがゆっくりと体を起こしていた。
「Honey、朝飯できた。持ってくるから座って待ってな」
そう声をかけた瞬間、彼女が布団をめくり、立ち上がろうとした。
次の瞬間
「……っ」
Honeyの身体がふらりと揺れる。
「Honey!」
俺はすぐに彼女の腕を取った。
そのまま引き寄せるようにして支え、倒れ込む前に胸へ抱きとめる。
「無理すんな。」
思わず声が低くなる。
「ご、ごめんね……」
Honeyは小さく笑ってみせるが、その顔色はまだ薄い。
俺は深く息を吐き、彼女の額に軽く触れて温度を確かめた。
熱は上がってはいないが、血の気が引いた肌がそのまま答えを示している。
「…歩く必要はねぇ。飯も俺が運ぶ」
そう言い切って、彼女をそっとベッドに戻す。
「スタン…」
少し情けなさそうに俺を見る視線。
だが俺は首を振った。
「いいから。Honeyは、座って待ってな。それが一番の仕事だ」
視線を交わしたまま、俺は不器用に笑った。
それだけで、彼女も安心したように小さく頷く。
守らせろ。
俺にしかできねぇことだかんね。
心の奥でそう呟き、俺はトレイを取りにいった。
スープを口に運んでやると、Honeyは素直にちびちびと食べた。
量は少ないが、それで十分だ。食べ終える頃には、瞼がまた重たそうに落ちかけていた。
「無理に起きてる必要はねぇ。寝てな。」
俺がそう言うと、Honeyはかすかに笑って、俺の手を握ったまま目を閉じた。
数分もすれば、規則正しい寝息が聞こえはじめた。
俺が側にいると、こうも安心して眠れるHoney。
その事実に胸の奥が温かくなる。
だが、同時にこのまま休ませてやりたい。
そっとHoneyの指を解き、毛布を直してから寝室を出た。
それからの数時間は、俺の得意分野だ。
要領の良さと段取りをフルに使って、洗濯を回し、干し、風呂掃除をし、キッチンを片づけ、掃除機をかける。
気配で彼女を起こさないよう、音も足取りも抑えながら進めるのは、まるで作戦行動の一部みてぇだった。
気づけば、家の中はすっきりと整っていた。
OK。完了だ。
音も立てずに寝室へ戻ると、Honeyはまだ静かに眠っていた。
少し赤みの差した頬、寝返りの拍子にずり落ちた毛布、握ったままの小さな拳。
俺はベッド脇に腰を下ろし、しばしその寝顔を見つめる。
「…可愛い」
声に出すことはしなかったが、心の中で素直に思った。
普段絶対に見せねぇ俺の柔らかさを、この女は簡単に引きずり出す力がある。
そっと毛布を整え、彼女の髪を指で梳く。
微かな寝息に合わせて、俺の鼓動も自然と落ち着いていく。
Honey…俺にとって、アンタ以上の安らぎはねぇ。
胸の奥でそう呟きながら、眠り続ける彼女をただひたすらに愛おしく眺めていた。
奥で何やら記録を取っているゼノが顔を上げ、こちらを一瞥する。
普段研究室に入れば、いつもならHoneyが視界に入るが、生憎今はその姿はない。
俺は目だけで問いかけた。
アイツはどこだ?
ゼノは小さく肩をすくめて、視線を部屋の隅に向ける。
「具合が良くないそうでね、少し休んでいるよ」
言葉の裏に、察しているという含みがある。
俺も視線を向ければ、奥まった場所にあるソファーで、毛布にくるまったHoneyの姿があった。
呼吸は穏やかだが、時折眉がわずかに寄る。
痛みのサインだ。
…なるほどな。周期だ。
彼女の身体のリズムは把握している。
任務で離れる時も常に気に留めてきた。
だから驚きはない。
ただ、こうして目の前で具合悪そうにしているのを見ると、胸が締め付けられる。
俺は音を立てぬようブーツの歩みを緩め、ソファーへ。
そっと腰を下ろすと、Honeyが小さく身じろぎし、無意識に俺の方へ身を寄せてきた。
…安心した顔してんね。
喉の奥が熱くなる。強く抱きしめたくなる衝動を抑え、代わりに毛布の端をきちんと掛け直す。
俺の掌が彼女の額に触れる。
微かに温かい。
だが熱ではなく、倦怠のせいだろう。
ゼノが小声で呟く。
「スタン、君が来れば彼女は落ち着くだろうと思っていたよ」
俺は応じず、ただHoneyの髪を指で梳いた。
この静かな研究室の中で、聞こえるのは彼女の寝息だけ。
それが妙に愛おしくて、守りたい気持ちが増すばかりだった。
指先で髪を梳いていると、毛布の中でHoneyの睫毛がわずかに震えた。
「……ん」
小さな声とともに、ゆっくりと瞼が開き、俺の姿を映す。
眠たげな瞳が俺を捉えた瞬間、彼女の表情がふっと緩む。
「…スタン…」
囁くような声。その響きに胸が温かくなる。
「起こしたか?」
低く問えば、Honeyは小さく首を振った。
そして、眠気に引かれるように俺の肩へ顔を寄せ、すり寄ってくる。
まるで小動物が巣に潜り込むような仕草。
「…よかった…」
吐息のような言葉が俺の胸にかかる。
その一言だけで、安心してくれているのが伝わる。
俺は片腕でそっと彼女を抱き寄せ、毛布ごと包み込んだ。
「無理すんな。少しでも辛かったら、研究なんざ放り出していい」
声が思ったよりも強く響いた気がして、Honeyの頭を撫でながらトーンを落とす。
「…俺がついてる」
Honeyは瞳をとろんとさせながら、俺の胸に頬を押しつけて微笑んだ。
「…安心する…スタンが、いると…」
その表情に心臓を掴まれる。
痛みを和らげてやる薬も発明も持ってない俺にできることは少ない。
だがこうして腕の中に抱くことで彼女が安堵するなら、それでいい。
腕の中でしばらく休んだHoneyは、ゆっくりと身を起こした。
毛布を直しながら小さく息を吐き、微笑む。
「…ありがとう、スタン。もう大分マシになったわ」
「薬、効いたか」
俺が問うと、Honeyは得意げに頷いた。
「もちろん。自分で調合したんだから。こういう時のために研究も役立つのよ」
その自信満々な言い方に、思わず口元が緩む。
「…やんじゃん。自分で薬作って自分で飲む嫁ってのも珍しいぜ」
「ふふ、便利でしょ?」
「便利すぎて、俺が心配する隙がねぇ」
軽口を叩くと、Honeyはくすっと笑って立ち上がる。
「でも、少しは心配してほしいのよ?」
挑むような瞳でこちらを見てくるから、俺は肩をすくめて答える。
「…してんよ。ずっとな」
Honeyはわざとらしく唇を尖らせ、机に向かおうとした。
「じゃあ、証拠を見せてもらおうかしら」
「証拠?」
「うん…甘やかしてくれるとか、そういうの」
その後ろ姿に苦笑しつつ、俺はソファーから腰を上げ、Honeyの腰に片腕を回して机までエスコートする。
「お望みなら、いくらでもやってやんよ」
耳元に低く囁けば、Honeyの肩がわずかに揺れて頬が赤く染まる。
Honeyはデスクに戻ると、ガラス器具や薬草の瓶を手際よく並べ、いつもの集中した顔つきになった。
白衣の袖を軽くまくり上げ、髪を後ろで結び直す仕草まで無駄がなく、美しい。
俺はソファーには戻らず、無言で近くのスツールに腰掛け、腕を組んでその様子を眺めていた。
本来なら退屈で仕方ない待ち時間のはずが、妙に落ち着く。
顕微鏡を覗き込みながらノートに走らせるペンの音。
瓶の栓を開ける小さな音。
その一つひとつにHoneyの真剣さが滲んでいて、俺は、ただそれを見守ることが心地よかった。
「……」
目を細める。
淡いランプの光に照らされる横顔、真剣な瞳、時折指先にかかる柔らかな髪。
思わず息をのむほど、綺麗だった。
…ほんと、敵わねぇな。
銃も戦闘機も操るこの手が、今は研究に夢中なHoneyをただ守るためだけに在る。
胸の奥でそんな実感が静かに広がり、知らず口元が緩んだ。
Honeyがふと視線を上げ、俺を見つけて微笑む。
「…ねぇ、そんなに見られると集中できないわ」
「そうか?」
「そうよ。落ち着かないんだから」
軽くむくれるその顔すら愛しくて、俺は肩をすくめて答えた。
「悪いな。…アンタが綺麗すぎっから、目を逸らせねぇんだ」
Honeyは小さく目を瞬かせ、そして耳まで赤くして俯いた。
Honeyが試薬のラベルを書き終え、ノートに最後の一行を記して大きく息を吐いた。
「…ふぅ、今日はこの辺りで区切りにしましょうか」
肩を回して伸びをする姿を見て、俺はすぐに立ち上がる。
無言で椅子を引き、Honeyのカーディガンを手に掛けてやる。
「…ありがとう、スタン」
俺は軽く頷くだけで返した。
そのままHoneyは机の上を片づけ始めたが、ちらりと研究室の奥へ目をやる。
そこではゼノが白衣の袖をくしゃくしゃにしながら、細かい数式と装置に夢中になっている。
目の下には相変わらずの隈、机の上にはコーヒーの空きカップが山になっていた。
Honeyは小さくため息をつき、ゼノに近づく。
慣れた手つきでカップをサッと片付け、ゼノに声をかける。
「ゼノ、そろそろ休憩を入れた方がいいわ。…軽食も置いておくから、ちゃんと摂って」
「ん…? あぁ、すまないね。だが、今いいところなんだ…」
「昔から変わらないわね、熱中すると時間を忘れるんだから」
Honeyはやれやれと首を振りながら、デスクの端に軽食と水を並べた。
そのやりとりを少し離れたところで見ていた。
ほんと面倒見がいい。
研究員じゃなく、隊員に欲しいくらいじゃん。
なんて内心思いながらも、胸の奥では妙な温かさが広がっていた。
Honeyは再び俺のもとへ戻ってくると、微笑んだ。
「お待たせ。じゃあ、帰りましょうか」
「…あぁ」
俺は彼女の鞄を自然に肩に掛け、ドアへと先に歩を進める。
背後でゼノがまだぶつぶつと計算を続けているのを耳にしながら、Honeyは心底安心したように俺の隣に並んだ。
帰宅し、スタンがバスルームのドアを押し開けた瞬間、ほのかな湯気と石鹸の香りがリビングへ流れ込む。
タオルでざっと髪を拭いながら視線を向ければ、先に風呂を済ませたHoneyはソファーで脚を少し曲げ、腕でお腹を庇うように抱きながらクッションを枕に横になっている。
表情はどこか甘えるようでありながら、うっすらと眉間には皺。
薬が効いているとはいえ…完全には抑えきれていない痛みが、顔に出ている。
…やっぱ辛ぇんだな。
俺は黙ってタオルを肩に掛け、ソファーへ歩み寄った。
彼女の頬にかかる髪を指で払い、じっと見つめる。
少し潤んだ瞳が俺を見返し、弱々しく笑みを作った。
「…スタン、お風呂あがったのね。温まった?」
「あぁ。…けど、アンタはまだしんどそうだ」
ソファの端に腰を下ろし、Honeyの背へそっと手を添える。
触れただけで分かる熱。
体温は普段より少し高めだ。
「湯でも改善しねぇか…」
Honeyは小さく首を振り、
「…これでも10あった痛みは薬で4くらいにはなってるのよ。でも、0にはならないのよ。女性の宿命。ピルも21世紀と比べたら避妊効果高める代償で痛みには効果薄いから、まだまだ改良の余地ありね。」
淡々と話すが、その声の弱さに胸が締めつけられる。
俺は言葉を選ばず、ただ手で彼女の背を上下になぞった。
安眠を誘うように、リズムよく。
痛みを奪えねぇなら、少しでも安心だけは与えてみせんよ。
Honeyはその手の動きに小さく息を漏らし、目を閉じる。
俺はソファの背に身を預け、彼女の頭を肩に引き寄せた。
「無理すんな。今日は何もなしだ。俺が全部、やっかんね」
囁いたその言葉に、Honeyの体から少しだけ力が抜けるのを感じた。
肩に柔らかな重みが乗った。
Honeyが、まるで小さな動物みたいにこてんと俺の肩へ寄りかかってきた。
「ふふふ。スタンのぬくもりと、匂い…存在そのものに癒されるわ~」
少し笑って、目を細めながら囁く声。
その無防備さに、胸の奥が一気にあったまる。
…ったく。可愛いにもほどがあんだろ、Honey
俺の腕の中でリラックスしている姿は、まるで森で安心して丸まってる小動物。
撫でてやれば、きっと目を細めて甘えるだろう。そんな姿が頭に浮かぶ。
無意識に、肩に乗った頭をもう片方の手で支えてやりながら、髪をそっと撫でた。
シャンプーの残り香と、Honey自身の匂いが混ざって、深く吸い込むだけで心が落ち着いていく。
「…アンタは俺に甘えなさすぎなんよ」
わざとぶっきらぼうに言っても、Honeyはふわりと笑って目を細めたまま、肩に頭を押しつけてくる。
その仕草に、喉の奥から笑いが漏れる。
こいつがこうして俺に身を預けてくれんなら…何があろうと、守り抜くしかねぇ。
俺は毛布を手繰り寄せ、Honeyごと包み込むように覆った。
肩に寄り添う温もりを確かめながら、そっとキスを彼女の髪に落とす。
肩に寄り添っているHoneyの重みを感じながら、俺はほんの少しだけ息を吐いた。
弱っている時に見せるこいつの表情は、普段の聡明さとはまるで別物で、守ってやらなきゃって衝動が強くなる。
今夜は、もう何もさせねぇ。
そっと髪を撫でながら、立ち上がる前にHoneyへ声を掛けた。
「ちょっと待ってろ。すぐ戻る」
名残惜しそうに俺の肩に頭を乗せたままのHoneyを、クッションで支えてやり、毛布を掛け直す。
キッチンに行って、温かいカモミールティーを用意した。
体を冷やさないよう、カップも軽く温めておいたのは、こいつに関してはもう習慣みたいなもんだ。
戻ってきて膝をつき、そっとカップを差し出すと、Honeyが小首を傾げて笑う。
「ありがとう、スタン…」
受け取る手が少し震えていたから、手のひらを下から支えてやった。
「熱いから、気いつけんよ」
そう言っている俺の方が、顔がにやけそうになるのを必死に抑えている。
一口飲んだHoneyの頬がふわりと緩む。
「…ほっとする。スタンがいるだけで、薬より効いてる気がするわ」
その言葉に胸が締めつけられた。
大げさじゃなく、この女にとっては俺が支えなんだと思い知らされる。
俺はティーカップをテーブルに置かせ、もう一度毛布で彼女を包み込んだ。
軽く抱き寄せて、背中を撫でながら低く囁く。
「安心しな。無理すんな。俺がついてる」
Honeyは目を細め、俺の胸に顔を埋めた。
そのまま俺の心音に耳を澄ませているようで、少しずつ呼吸が落ち着いていくのが分かる。
Honeyには笑顔でいてほしんよ。
俺がどんなに気張ってても、Honeyの笑顔ひとつで全部報われっかんね。
Honeyがほんのり笑みを浮かべた瞬間、こっちの胸まで温かく満たされていく。
ソファーで寄り添ったまま、Honeyの瞼が重たそうに何度も瞬くのを見て、俺はそっと抱き上げた。
軽い。いや、そう感じるほどに俺の腕が慣れてしまっているんだろうな。
Honeyが小さく身体を丸める仕草が可愛くて、思わず力を込めすぎないよう気をつける。
ベッドに下ろすと、Honeyは毛布を胸元まで引き寄せたが、落ち着きがない。
呼吸は深まらず、視線はどこか彷徨っている。
…痛みが和らいでも、落ち着けねぇのか。
俺は一度だけ眉を寄せた。
寂しさだ、と直感する。
こういう時の微妙な仕草、声のトーン、目の泳ぎ方、こいつを見てきた時間が長いから、すぐに分かる。
ベッドの縁に腰を下ろし、Honeyの手を取った。
「……眠れそうか?」
小さく首を横に振るHoney。
唇がわずかに震えて、でも言葉にはしない。
その沈黙で、ますます確信する。
俺は毛布の上からその華奢な身体を包み込むように横になった。
Honeyが驚いたように俺を見上げるが、すぐに胸に顔を埋めてきた。
「……スタン」
声は小さく、掠れていた。
「離れねぇよ」
短く、それだけ答えて背中をゆっくり撫でる。
心拍が落ち着いていくのを、Honeyの呼吸と重なる鼓動で感じた。
ホルモンがどうだとか、医学的な理屈はどうでもいい。
寂しさが辛さに拍車をかけるなら、俺が埋める。
「大丈夫だ。俺がいる」
その言葉に、Honeyはようやく小さく笑った。
その笑みを見届けて、俺は額にそっと口づけを落とす。
やがて彼女の呼吸は深まり、まぶたは完全に閉じていった。
安心して眠れるようにすんのが、俺の役目だかんね。
Honeyの寝息を聞きながら、俺は肩越しに窓の外の夜を眺めた。
今夜は俺も、このまま深く眠れそうだ。
夜の静けさの中で、ふと肩に重みの変化を感じた。
目を開けると、Honeyがもぞもぞと動いていた。
薄暗い部屋の中でも、その小さな仕草で眠りから覚めたのが分かる。
「…スタン…」
かすれた声が胸元から届く。
「Honey?」
低く問いかけると、Honeyは首を横に振った。
けれどその仕草は頼りなく、すぐに俺にしがみついてきた。
「また…寂しくなってしまったの」
囁くような声。
俺は目を細めた。
やっぱり、そうだ。
体調の辛さに加えて、夜中は気持ちも沈みやすい。
こいつは人一倍繊細だからな。
「安心しな、俺がいっから」
そのまま片腕を回し、Honeyをしっかり抱き寄せる。
彼女の体温は少し高めで、呼吸も浅い。額をそっと撫でてやると、Honeyの瞳が潤み、甘えるように俺を見上げた。
「スタン…ぎゅってしてて…」
「任せろ」
短く答えて力強く抱き込む。
俺の胸に顔を埋めたHoneyの吐息が落ち着きを取り戻していく。
俺の手は背中をゆっくり上下に撫でる。
言葉はいらない。
ただ安心させるための動作を重ねるだけだ。
「…安心する…」
ぽつりと呟いた声が毛布の中で震えた。
「それでいい」
俺の声も低く落ち着いている。
やがてHoneyの身体から力が抜け、再び深い眠りに沈んでいった。
その小さな寝息を確かめ、俺は額に口づけを落とす。
どんな夜でも、俺がそばにいる。
それでいい。
胸の奥に確信を抱きながら、再び目を閉じた。
朝の光で俺はもう目を覚ましていたが、隣のHoneyが静かに体を動かす気配を感じた。
「…スタン…」
まだ掠れた声。瞼を半分閉じたまま、俺の顔をじっと見つめていた。
目が合う。俺が起きていると気づいたのか、Honeyは小さく微笑んだ。
その笑みはどこか弱々しくも、心からの安堵が滲んでいる。
「昨日も…夜中に付き合ってくれてありがとう」
彼女は囁くように言った。
「…気にすんな」
短く答えながら、その視線を受け止める。
俺の胸にすり寄ってきたHoneyの手は少し冷たい。
横になっている間は落ち着いているようだが、動こうとすればすぐに体力を奪われることは分かっていた。
やっぱ、無理させられねぇな。
俺は黙って毛布を引き寄せ、Honeyを包み込むように抱いた。
柔らかい髪が胸に触れ、微かな匂いが漂ってくる。
「スタン…」
小さな声で名を呼ばれるたびに、胸の奥が締めつけられる。
「今日は休みだろ。何も考えなくていい。俺がここにいる」
そう告げると、Honeyの唇がかすかに震え、目尻が潤んだ。
「…本当に、幸せ」
彼女の吐息混じりの言葉は、かえって俺の方が救われるようで。
感謝なんて必要ねぇな。
俺が勝手にやりたくてやってるだけだ。
心の中でそう呟きながら、俺はHoneyの額に軽く口づけを落とした。
ただ隣にいて支える、それが今一番必要なこと。
キッチンに向かい朝食を作るスタン。
湯気の立つスープと、軽く焼いたパン。
胃に優しく栄養を取れるよう、あえてシンプルにまとめた。
普段ならHoneyが用意してくれるが、今は俺の役目だ。
寝室のドアを優しくノックし、静かに開ける。
ベッドの上で、Honeyがゆっくりと体を起こしていた。
「Honey、朝飯できた。持ってくるから座って待ってな」
そう声をかけた瞬間、彼女が布団をめくり、立ち上がろうとした。
次の瞬間
「……っ」
Honeyの身体がふらりと揺れる。
「Honey!」
俺はすぐに彼女の腕を取った。
そのまま引き寄せるようにして支え、倒れ込む前に胸へ抱きとめる。
「無理すんな。」
思わず声が低くなる。
「ご、ごめんね……」
Honeyは小さく笑ってみせるが、その顔色はまだ薄い。
俺は深く息を吐き、彼女の額に軽く触れて温度を確かめた。
熱は上がってはいないが、血の気が引いた肌がそのまま答えを示している。
「…歩く必要はねぇ。飯も俺が運ぶ」
そう言い切って、彼女をそっとベッドに戻す。
「スタン…」
少し情けなさそうに俺を見る視線。
だが俺は首を振った。
「いいから。Honeyは、座って待ってな。それが一番の仕事だ」
視線を交わしたまま、俺は不器用に笑った。
それだけで、彼女も安心したように小さく頷く。
守らせろ。
俺にしかできねぇことだかんね。
心の奥でそう呟き、俺はトレイを取りにいった。
スープを口に運んでやると、Honeyは素直にちびちびと食べた。
量は少ないが、それで十分だ。食べ終える頃には、瞼がまた重たそうに落ちかけていた。
「無理に起きてる必要はねぇ。寝てな。」
俺がそう言うと、Honeyはかすかに笑って、俺の手を握ったまま目を閉じた。
数分もすれば、規則正しい寝息が聞こえはじめた。
俺が側にいると、こうも安心して眠れるHoney。
その事実に胸の奥が温かくなる。
だが、同時にこのまま休ませてやりたい。
そっとHoneyの指を解き、毛布を直してから寝室を出た。
それからの数時間は、俺の得意分野だ。
要領の良さと段取りをフルに使って、洗濯を回し、干し、風呂掃除をし、キッチンを片づけ、掃除機をかける。
気配で彼女を起こさないよう、音も足取りも抑えながら進めるのは、まるで作戦行動の一部みてぇだった。
気づけば、家の中はすっきりと整っていた。
OK。完了だ。
音も立てずに寝室へ戻ると、Honeyはまだ静かに眠っていた。
少し赤みの差した頬、寝返りの拍子にずり落ちた毛布、握ったままの小さな拳。
俺はベッド脇に腰を下ろし、しばしその寝顔を見つめる。
「…可愛い」
声に出すことはしなかったが、心の中で素直に思った。
普段絶対に見せねぇ俺の柔らかさを、この女は簡単に引きずり出す力がある。
そっと毛布を整え、彼女の髪を指で梳く。
微かな寝息に合わせて、俺の鼓動も自然と落ち着いていく。
Honey…俺にとって、アンタ以上の安らぎはねぇ。
胸の奥でそう呟きながら、眠り続ける彼女をただひたすらに愛おしく眺めていた。