Story01:王族の従兄弟たち
ある秋晴れの日のことだ。ここはソルトニア王国ーーゴルド。通称『稲穂の町』と呼ばれ、米の収量が高い地域であった。
ここ、ゴルドの中心地では『豊翔街《ロイ・ザンイーヤ》』と呼ばれる名所がある。レンガ調の道を挟みこむように卸売店や小売店が軒並み並ぶ場所だ。
豊翔街の大広場では、週に一度『大商日《バザール》』が開催される。生活必需品の他、武具の強化に必要な素材、他にも普段ではなかなか手に入らない代物まで大特価で売り出される。大商日を毎週開催できる場所も全国の中ではゴルドのみであるため、商売人の間ではこの町のことを知らぬ者はいないとされている。先代のソルトニア王ーーティエリラの政策によって約二五年に渡り商いで栄えた町となったからだ。
今日は大商日の開催日で、早朝から賑わいをみせていた。翌月に年に一度の大祭を控え、王都に近い都市や町の人程、その準備に明け暮れる。商売人は相乗的に売上が上がるのだ。
「さぁさぁ見てらっしゃい。今日の魚はいい脂が乗ってるよ。それからコレ! グァマの油が超特価だよ。旅人さんもいらっしゃい」
「シュライナのサツマイモが安いよ。こいつぁーどんな料理にも合わせやすいさ」
店員の呼び掛けに応じるようにお客は目的の品へと集まっていく。人々は豊翔街の活気に元気づけられ、今回の催しも大成功へと向かっていた。
賑わいを魅せる豊翔街に突如、ビュンと強い風が過ぎ去る。強い風ではあるが不思議と軽い物や陳列する品などは吹き飛ぶことが無かった。
人々の中には何事かと振り返る者もいた。殆どの者が“ただ少し強い風が過ぎ去っただけ”と感じ、再び賑わいの中へ溶け込んでいった。
しかし、大昔からゴルドへ滞在する者や老舗店を経営する者は暦を記す掛け軸を見て「もうそんな時期か」と納得する。
「今年もあの子達が来たんだねぇ」
「あの子達? おばあちゃん、誰か来てるの?」
「そうよ。アルトリア様の一族ーー政《まつりごと》を行う王子様よ」
強い風は豊翔街を走り抜け、人気の薄い路地裏へ進んでいく。陽の光は入り込まず、水の滴る音しか聞こえない。そんなひっそりとした空間の中でピタリと風は止み、『闇の言魂《フィオン》』が薄れていく。
現れたのは十五、十六くらいの少年だ。ソルトニア人特有の薄黄色の肌ではあるが、彼は少し色白だ。学生であれば運動部だろうと思わせる程体づくりをしている。無造作に伸びたエメラルドグリーンの髪は後ろの首辺りで一つにまとめ、切れ長で髪と同じ色をした瞳は希望に満ち溢れていた。
少年はコンクリートで作られた壁に沿ってさらに奥へ進んでいく。途中、壁に赤のサインペンで書かれた一本の縦線を確認し、その前で立ち止まった。
両膝を軽く曲げる。脛から足先までに意識を集め、『地の言魂』の力を少し借りる。両足をバネと見立てて軽くジャンプすれば、高さ十五メートル程あるコンクリートの壁を容易く飛び越えられた。
コンクリートの先は秋蓮の花が咲き誇る巨大な池があり、着地する寸前に『海の言魂』に向けて太古の言葉を紡ぐ。
少年が水面へ着地すると水紋が広がる。彼は池の中へ沈む事無く水上を走っていく。池から陸に上がり獣道を進むと、前方の木々の隙間から黒い屋根が見えてきた。
「ミノォォォォォ!」
彼は周囲を気にすることなく目的地に向かい名を叫んだ。原生林を揺るがすほど大声であったため、羽を休める鳥たちは一斉に飛び立った。
その声と羽音が“お屋敷”まで届かない筈が無い。頭までモーフを被り寝息を立てていた者は、眉間に皺を作りながら瞳を開けた。
肩甲骨に届くほど乱れた若葉色の長い髪。まるで女性とも思わせるほど愛らしい顔立ち。丸みを帯びた若葉色の大きな瞳が印象的な少年だ。
未だ夢うつつの彼は目を擦りながら外を覗く。「またそこから来たの?」というツッコミを口に出さずに心の中にしまいながら、布団の傍に置いてあったフード付きパーカーへ袖を通した。掛け時計の秒針の動きを十五秒間目で追う。一つ大きな欠伸をしながら引き戸に手をかけた。ーーそろそろ門を通過した頃であろう。
直後、ピン、ポーンーー……と、軽快な音が鳴り始める。音は間隔を開けながら二回、三回、四回と鳴り、高音域の余韻が家中を駆け巡る。
少し間が空いた。誰かが対応しているのかと考えていた途端、軽快な音は連続で鳴り始めた。また面白がって出入口に設置されているインターホンを連打しているに違いない。
「朝から煩い!」
思わずインターホン専用の音声機に向かい怒鳴ってしまう。
玄関の戸を開けば、お日様の光のようだと感じる程、はにかんだような笑顔を見せる彼がいた。
「おっはよーミノ! またこんな時間まで寝ていたんだぞ?」
彼は“ミノ”と呼ばれた少年の背をバンバンと音を立てながら叩く。嫌でも目が覚める。王都から離れている今だけは静かに寝かせてほしいと願うところではあるが、彼の場合は離れているからこそ《《自由でいられる》》ので怒りきれない。
「そんなにむくれるなよ。今、大広間でアノ店が来てるんだぞ!」
「……え?」
ーーあの店ってもしかして……。
「“ゴルドのじぇらーと屋”さん?」
「そーそー」
「今すぐ行こう!」
先ほどまで眠気に支配されていた様子は跡形も無く消え、大きな瞳を輝かせながらこちらへ向けている。少年は駆け足に家の奥へ向かう。二階へ向かう足音は玄関まで聞こえていた。
「おや、朝日殿下。本日はお出かけでしょうか」
“ミノ”を待つ少年ーー風間《かざま》朝日《あさひ》は振り返る。そこには燕尾服に身を包む好青年が頭を下げていた。
「お、吉田先輩だぞ! これからミノと豊翔街へ行くんだぞ」
「その様ですね。……王太子様はあまり屋外へ出ることが御座いません。街中の楽しさをお伝えしたいところですが、私の力不足で……」
吉田と呼ばれる執事は反省の色を浮かべながら、ほろりと零れる自身の涙を純白のハンカチで抑えた。
「いや、先輩は凄いんだぞ。ミノを元気づけようとしているところを皆知っているんだぞ! 俺はミノとは従兄弟同士だから、いつでも近くにいてられねぇーけど、先輩のお陰でミノは夜も怯えなくなったんだぞ」
ここ、ゴルドの中心地では『豊翔街《ロイ・ザンイーヤ》』と呼ばれる名所がある。レンガ調の道を挟みこむように卸売店や小売店が軒並み並ぶ場所だ。
豊翔街の大広場では、週に一度『大商日《バザール》』が開催される。生活必需品の他、武具の強化に必要な素材、他にも普段ではなかなか手に入らない代物まで大特価で売り出される。大商日を毎週開催できる場所も全国の中ではゴルドのみであるため、商売人の間ではこの町のことを知らぬ者はいないとされている。先代のソルトニア王ーーティエリラの政策によって約二五年に渡り商いで栄えた町となったからだ。
今日は大商日の開催日で、早朝から賑わいをみせていた。翌月に年に一度の大祭を控え、王都に近い都市や町の人程、その準備に明け暮れる。商売人は相乗的に売上が上がるのだ。
「さぁさぁ見てらっしゃい。今日の魚はいい脂が乗ってるよ。それからコレ! グァマの油が超特価だよ。旅人さんもいらっしゃい」
「シュライナのサツマイモが安いよ。こいつぁーどんな料理にも合わせやすいさ」
店員の呼び掛けに応じるようにお客は目的の品へと集まっていく。人々は豊翔街の活気に元気づけられ、今回の催しも大成功へと向かっていた。
賑わいを魅せる豊翔街に突如、ビュンと強い風が過ぎ去る。強い風ではあるが不思議と軽い物や陳列する品などは吹き飛ぶことが無かった。
人々の中には何事かと振り返る者もいた。殆どの者が“ただ少し強い風が過ぎ去っただけ”と感じ、再び賑わいの中へ溶け込んでいった。
しかし、大昔からゴルドへ滞在する者や老舗店を経営する者は暦を記す掛け軸を見て「もうそんな時期か」と納得する。
「今年もあの子達が来たんだねぇ」
「あの子達? おばあちゃん、誰か来てるの?」
「そうよ。アルトリア様の一族ーー政《まつりごと》を行う王子様よ」
強い風は豊翔街を走り抜け、人気の薄い路地裏へ進んでいく。陽の光は入り込まず、水の滴る音しか聞こえない。そんなひっそりとした空間の中でピタリと風は止み、『闇の言魂《フィオン》』が薄れていく。
現れたのは十五、十六くらいの少年だ。ソルトニア人特有の薄黄色の肌ではあるが、彼は少し色白だ。学生であれば運動部だろうと思わせる程体づくりをしている。無造作に伸びたエメラルドグリーンの髪は後ろの首辺りで一つにまとめ、切れ長で髪と同じ色をした瞳は希望に満ち溢れていた。
少年はコンクリートで作られた壁に沿ってさらに奥へ進んでいく。途中、壁に赤のサインペンで書かれた一本の縦線を確認し、その前で立ち止まった。
両膝を軽く曲げる。脛から足先までに意識を集め、『地の言魂』の力を少し借りる。両足をバネと見立てて軽くジャンプすれば、高さ十五メートル程あるコンクリートの壁を容易く飛び越えられた。
コンクリートの先は秋蓮の花が咲き誇る巨大な池があり、着地する寸前に『海の言魂』に向けて太古の言葉を紡ぐ。
少年が水面へ着地すると水紋が広がる。彼は池の中へ沈む事無く水上を走っていく。池から陸に上がり獣道を進むと、前方の木々の隙間から黒い屋根が見えてきた。
「ミノォォォォォ!」
彼は周囲を気にすることなく目的地に向かい名を叫んだ。原生林を揺るがすほど大声であったため、羽を休める鳥たちは一斉に飛び立った。
その声と羽音が“お屋敷”まで届かない筈が無い。頭までモーフを被り寝息を立てていた者は、眉間に皺を作りながら瞳を開けた。
肩甲骨に届くほど乱れた若葉色の長い髪。まるで女性とも思わせるほど愛らしい顔立ち。丸みを帯びた若葉色の大きな瞳が印象的な少年だ。
未だ夢うつつの彼は目を擦りながら外を覗く。「またそこから来たの?」というツッコミを口に出さずに心の中にしまいながら、布団の傍に置いてあったフード付きパーカーへ袖を通した。掛け時計の秒針の動きを十五秒間目で追う。一つ大きな欠伸をしながら引き戸に手をかけた。ーーそろそろ門を通過した頃であろう。
直後、ピン、ポーンーー……と、軽快な音が鳴り始める。音は間隔を開けながら二回、三回、四回と鳴り、高音域の余韻が家中を駆け巡る。
少し間が空いた。誰かが対応しているのかと考えていた途端、軽快な音は連続で鳴り始めた。また面白がって出入口に設置されているインターホンを連打しているに違いない。
「朝から煩い!」
思わずインターホン専用の音声機に向かい怒鳴ってしまう。
玄関の戸を開けば、お日様の光のようだと感じる程、はにかんだような笑顔を見せる彼がいた。
「おっはよーミノ! またこんな時間まで寝ていたんだぞ?」
彼は“ミノ”と呼ばれた少年の背をバンバンと音を立てながら叩く。嫌でも目が覚める。王都から離れている今だけは静かに寝かせてほしいと願うところではあるが、彼の場合は離れているからこそ《《自由でいられる》》ので怒りきれない。
「そんなにむくれるなよ。今、大広間でアノ店が来てるんだぞ!」
「……え?」
ーーあの店ってもしかして……。
「“ゴルドのじぇらーと屋”さん?」
「そーそー」
「今すぐ行こう!」
先ほどまで眠気に支配されていた様子は跡形も無く消え、大きな瞳を輝かせながらこちらへ向けている。少年は駆け足に家の奥へ向かう。二階へ向かう足音は玄関まで聞こえていた。
「おや、朝日殿下。本日はお出かけでしょうか」
“ミノ”を待つ少年ーー風間《かざま》朝日《あさひ》は振り返る。そこには燕尾服に身を包む好青年が頭を下げていた。
「お、吉田先輩だぞ! これからミノと豊翔街へ行くんだぞ」
「その様ですね。……王太子様はあまり屋外へ出ることが御座いません。街中の楽しさをお伝えしたいところですが、私の力不足で……」
吉田と呼ばれる執事は反省の色を浮かべながら、ほろりと零れる自身の涙を純白のハンカチで抑えた。
「いや、先輩は凄いんだぞ。ミノを元気づけようとしているところを皆知っているんだぞ! 俺はミノとは従兄弟同士だから、いつでも近くにいてられねぇーけど、先輩のお陰でミノは夜も怯えなくなったんだぞ」
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