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第一章


どうしてまた僕はこんな所にいるのだろうーーー。
あたりががやがやと騒がしい。この先にある未知のものに高揚するもの。友との再開を讃え合い手を取り合うもの。少なくとも、そのどれにも自分は当てはまらなかった。

またひとつ吐息を吐いた。

「どうしたの?セブ」
きょとりと小首を傾げ僕の顔を覗き込んだ。
「何でもないよ、すこし人酔いしてしまって。」
まあそれは大変!
そう言って慌てて開いているコパートメントを探しに行った。
「大丈夫だ。ほら、まだ端っこの方は開いているはずだから」
僕はリリーに何をさせているんだ!女性に働かせるだなんて、紳士の風上にもおけないじゃないか。まあ、ーーーー今の自分も女性の成りをしているのだが。






気付けば、目の前にあの翡翠色の瞳があった。──ハリー・ポッターか?その色をみて連想させたのはなぜかあの憎々しい顔をもった英雄殿であった。脳裏に浮かんだあの顔を思い出すと自然に顔を顰めてしまう。
「どうしたの?」
その瞳を持つものから発せられたのは、女性のどこかあどけなさのある声だった。あの英雄はこのように可愛らしい鈴の転がるような声をしていただろうか?疑問に思い、そこで初めてそのものの顔を見た。

翡翠色の瞳、赤みのある頬、薄桃色の唇、ーーーーーーー懐かしい、赤毛。

息を呑んだ。

「泣かないで」

ふわりと抱きすくめられた。温かかった。ーーー冷たく、ない。心臓の鼓動が聞こえた。

自分の頬につたう雫に気付かず、その体にすがりついた。
ごめん、リリー。ごめんなさい。すまない!許してくれ!!
そんな言葉をずっと繰り返していたような気がする。

「大丈夫、大丈夫。こわくないわ。私がここにいるから」

ここはきっと死後の世界で、自分の都合のいい夢なのだろう。だからリリーは、僕の一番幸せな記憶の姿のままで目の前にいるのだ。
髪は太陽の光を反射して煌めいて、手は指先まで血が通いぽかぽかと暖かくて、耳を当てた振動はとくんとくんと一定のリズムを奏でいた。
なんてリアルな夢なのだろう。夢はとても暖かくて、疲弊して干からびた精神が聖水を浴びて蘇生するようで、血を流し毒に犯された身体には鮮血が染み渡るようだった。
とても幸せだった。
夢ならば覚めないで、と心の中で何度も願った。いや、僕はもう死んでしまったんだ。ならこの夢は永遠に続くのだろうか、こんなに幸せなことはあっていいのか。裏切り者の自分に、リリーを殺した自分に、こんな幸せな死後があっていいのか。
しかし今は、そんな自問自答も頭の片隅に置かせてほしい。今はこの幸せな夢を只ひたすら享受していたいのだ。だから今だけは、今だけはただの“セブルス”に戻ってリリーの暖かな腕の中に居させてくれ──。





しかしその夢が夢でないことを知ったのは、リリーの腕の中で眠りにつき、目が覚めた少し後だった。

記憶より幼いリリーの話を聞いたら、どうして僕がリリーの名前を知っているのか問いただすこともなく、混乱している僕に優しく丁寧に教えてくれた。どうやらここは過去の時空のようだった。現実を認めたくなくて少し泣いた。どうしたんだ僕の閉心術。全く役に立ってないぞ。というか僕はこんなにも涙もろかっただろうか。いや、父に殴られても涙一つ流さなかったしそれほど涙もろくはなかったぞ。

「改めて自己紹介をしましょう、私はリリー。あなたは?」
「僕はセブルス」
「じゃあセブね!私と一緒に遊びましょう?楽しいことをしたら、悲しいことなんてなくなるわ!」

そうやってぱっと立ち上がって無邪気に僕に手を差し伸べるリリーは、とても眩しかった。

「それにしてもセブルスって男の子みたいな名前ね?セブルスはこんなにも可愛い女の子なのに!」

クスクスと笑いながら言った彼女の言葉にしばし唖然としたのも記憶に新しい。


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