episode7.5 帰り道

河南の田舎は車社会で
今まで学校のレクレーションで
バスや電車に乗ったことはあるけど
乗り方すら分からなかった河南は
引っ越してすぐに出勤しなくてはならず
右も左も分からないままで困っていると
住んでいるhydeのマンションから
hydeが車で送ってくれることになった。

その日の夕方も過ぎ
夜になりかけた帰宅定時。

会社の裏口から出た河南はヒヤリとした。

帰り道が分からないことに
気付いてしまったのだ。

お疲れ様でしたと行き交う会社の人。

こんな所で帰り道が分からないなんて
言えるはずもなく。

携帯を見つめたまま立ち尽くしていた。

携帯のナビで手帳に書いた住所を入力する。

歩き始めるとGPSとゴール地点が遠ざかる。

自分の方向音痴には嫌気が指す。

タクシーは電話で呼び出すという
河南の田舎方式では通用しない。

手を挙げて止まってもらうというシステムは
知っているけど手が挙がらない。

ため息と涙が混じる。

電話しても大丈夫かな?
メールにしておいた方がいいかな。

誰に連絡したらいいかな。
hydeはユキはてっちゃんは仕事だよね・・・

行き交う人々の流れに反った私だけ
ひとり止まったまま。

何とかゴール地点と同じ方向を向かせたGPS。

それだけで疲労が込み上げる。

近くのベンチに座り
脱ぎたい新しいヒールを眺める。

時間・・・
腕時計を見ると
すでに退社してから一時間程経っていた。

ぽたりと握り締めている鞄に涙が落ちる。

ベンチに座って5分も経たずに
慣れない空気が息苦しくてまた歩き出す。

充電も半分を切り
このままじゃ帰れないどころか
路上で寝るはめになるであろう恐怖が
新しく芽生える。

意を決してhydeに連絡をする。

想定内の留守電に繋がる。

「河南です。その・・・帰り道なんだけど」

しどろもどろしているうちに
ピーと音がして
伝言を預かりましたとガイダンスが流れる。

ユキに電話してみる。

着信音が鳴るだけで何の反応もなかった。

てっちゃんに望みを託す。

すぐに鳴り止む着信音と
てっちゃんの声に安堵が広がる。

『河南?どしたん?』

「てっちゃん・・・ごめん」

『どしたん?』

優しいてっちゃんの声。

「帰り道・・・分からなくて」

『今どこにおるん?!』

強くなる声に怒られているようで
不安が押し寄せる。

よく分からない店名を何軒か口に出す。

話している最中に電話の向こうから
誰かがてっちゃんを呼ぶ声がする。

「仕事だよね。ごめんね。大丈夫だから」

早口でそう言って一方的に通話を終わらせた。

更になくなる充電に焦りを隠せず
コンビニを探すが見回す周辺にはない。

無理矢理上京を決めた罰かもしれないと
諦めるしかないのかな。

携帯のディスプレイからはユキの名前。

「もしもし・・・」

『電話くれた?』

「うん、あのね」

『迷子・・・』

「え?」

ズバリを言い当てられた。

『回りの音、外でしょ?』

さすが千里眼を持つユキだ。

迎えに行くからと一方的に切られた。

するとすぐに鳴る携帯。

hydeからだ。

『いまどこ?』

いきなりの低い声に心臓が跳び跳ねる。

近くの店名を並べていると
携帯から高いキー音がした。

「hydeごめん、充電・・・」

そこで切れた。

暗くなった携帯は鞄に閉まった。

しばらくはここにいよう。

もしかしたら誰かが来てくれるかもしれないと
期待を持って。

ガードレールに寄りかかる。

足はもう棒のようで小指が痛い。

肌寒くなって
心細くて俯(うつむ)いてばかり。

また迷惑かけちゃったな・・・

気持ちが折れそうでため息しか出ない。

夜はもう大人の時間
先ほどよりも静まり返る。

どのくらいこうしていたのかな。

疲れて眠くなっちゃった。

私は座り込んで半分寝てしまっていた。

肩を叩かれて気づく。

「ユキ?」

そこには息を切らしたユキがいた。

涙が込み上げてきて
座り込んだままユキの胸に飛び付いていた。

バランスを崩したユキは
そのまま私を抱き締めて
その優しい笑みを浮かべた。

y『見つかって良かった』

hydeとてっちゃんも息を切らして来る。

h『河南ごめん!』

y『そうだよ、hydeくんが悪い』

さんざんユッキーに怒られたんやでと
しょんぼりしているhydeを見て
てっちゃんが笑う。

「hydeごめんね、迷惑ばかりかけて」

hydeの腰に手を回す。

hydeが抱き締め返してくれる。

t『今度の休みは道を覚えなあかんな』

てっちゃんが頭を撫でるから
てっちゃんに抱きつく。

「てっちゃんごめんね」

t『無事で良かった』

安心したせいか私のお腹からは
空腹の音が鳴る。

ユキが笑う。

y『今日はhydeくんのおごりね』

満腹になった私は今度は
帰りの車で夢の中に引きずり込まれた。

翌日、マンションを出ると
そこにはユキがいた。

『行こうか』

そう言って会社に送ってくれた。

仕事が終わると駐車場にいるからと
hydeからメールが入っていた。

運転席から手を伸ばして振っているhydeの姿。

次の日も次の日も
みんなが送り迎えしてくれた。

オフが出来ると何度も道を練習して
私よりも一生懸命なてっちゃんがいた。

それからは迷子になることもなく
無事に自宅と会社を
行き来出来るようになった河南のです。
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