Short Story

〈片隅〉と〈真ん中〉(hyde)

スタジオの真ん中で
hydeの横で私の目に映る彼女は
幸せそうだ。

私はhydeの恋人と言わせるような
そう思わせる定位置と笑顔に
もう見ていられなくて
日に日に私の心はすざんでいった。

hydeとも話さなくなった。

見なくなった。
笑えなくなった。

ただ声が聞こえる。

毎日毎日、彼女がhydeの横で話している。

それをあなたはちゃんと聞いて
相槌を打って、答えて、笑って
私といる時よりも仲睦まじい雰囲気が伝わってくる。

周りの人も認めはじめた?

どうして?

どうしてこうなってしまったの?

私はhydeのネイル担当だけど
hydeの恋人になってもう三年が経つ。

私の下に新人が入ってきて
そうしたらhydeとこうなっていて。

私だけどこかに取り残されてしまった。

今日もhydeのネイルをするのに来てみたら
彼女は仕事なんてしてなくて
だけど私が入る隙もなくて仕事も出来ない。

イライラが募る。

あの子に優しくしないで
私だけ見てよ。

そう荒々しく言いたいのを堪えて
hydeの胸に
預かって来たhyde宛ての郵便を押し付けた。

左手に輝く
hydeに貰ったリングはもう意味ないのかな。

外した方がいいのかな。

もう帰るよ。

もう私の居場所ないんだね。

涙を堪えて仕事道具をしまう。

誰に言う必要もない。

勝手に帰っても分からないよね。

さようなら。

ドアを開けようとしたら
腕を掴まれた。

hydeだって分かる。

振り返りもしない。

奥歯をぐっと噛み締めて耐える。

『どこ行くん?』

その言葉に私の片眉が上がる。

浮気も気にしないでやれってこと?

だんだん腹が立って
振り返って睨んでやった。

と同時に耐えていた涙が溢れた。

『ごめん』

hydeさんは涙を見て思わず謝ったんだと思う。

そうでしょう?

今まで見せなかったもんね。

貴方の前で泣いたことないもんね。

聞こえるほどのため息を吐いて
テーブルについて
ネイル道具をひろげたのは私。

睨むように目でhydeを呼んだ。

無言のまま向き合って
爪のお手入れを始めた。

貴方の指の太さ、ぬくもり、厚み。

いつもと同じに愛しくて温かくて優しい。

余計に涙が溢れては溢れる。

hydeの手を離さないように
自分の肩で涙を拭く。

鼻をすする音だけが部屋に響く。

気付けば誰もいない部屋。

あんなに騒がしかったスタジオなのに
私は真ん中じゃなくて
部屋の片隅の位置。

片隅か…

いつもhydeと笑ってた片隅のテーブル。

hydeがいつも仕事してるテーブル。

私が好きな位置。

悔しくて真っ黒のマニキュアをしてやった。

右手の真ん中の中指には真っ赤なマニキュアを
左手の片隅の薬指には暗闇で光るhydeのマーク。

その日の夜、hydeが居た場所は私の部屋。

帰り道から見上げたら電気が付いていた。

あぁhydeいるんだ。

会いたくないのと嬉しいのとで気が重い。

玄関を開けてリビングに行くと
ソファーに横たわっているのか足だけが見える。

気にもしないでキッチンへ買い物袋を置いて
冷蔵庫を開けた。

私の左手には私が買ってきた赤ワイン。

冷蔵庫の中には値段が数段上の白ワイン。

hydeが買ってきたと思われる。

つまみはない。

何故ならうちの冷蔵庫には
つまみがたくさん入っているから。

買い物袋の中もそう。

チーズやらトマトやらを買ってきた。

赤の気分だったのに、今日は白。

まいっか、牛肉焼いちゃえ。

あ、冷凍庫にホタテとタコがあるから
カルパッチョかな。

脳内はフル回転。

テーブルに並んだつまみと
冷えたワイン。

何も言わないでもhydeがコルクを開ける。

会話もない乾杯。

今日施したばかりのネイルが恨めしい。

『俺、来月からロスに拠点を移すことにした』

hydeの言葉に被るように飲む。

余裕がない証拠。

今日は妙に酸味が強いワインだな。

牛肉もカルパッチョも味付け失敗したかな。

無心に頬張るしかない。

一方的な考えと一方的な言葉に
頭が回転しなくて
返事をしたか否か1分前も覚えてもいない。

きっと「そう」と言ったのだろう。

『じゃあ』

帰ったhydeが幻だったんじゃないかと
思う時間を過ごした。

洗い物を見て一人じゃなかったと分かる。

何を話したかさえほとんど覚えていない。

覚えているのは拠点を移す話だけ。

翌日、店長に新人の彼女が辞めることを告げられた。

hydeと一緒にロスに行くのだろう。

休憩室で彼女に会った。

挨拶も出来ないで目を反らした。

仕事はちゃんとせなあかんよ
そうhydeさんに言われましたと
彼女が話してきた。

hydeさんに会って浮かれてましたけど
私には合わないので辞めます
河南さんお幸せに。

よく分からない会話に返答も出来ない。

そして呼ばれてhydeのスタジオに行ったのは私。

赤く塗ったところだけ黒に塗り直させられた。

真ん中のテーブルで。

会話もなく仕事だけして
重症なのは私だけ。

そう思っていた。

だけど何かが違っていた。

真ん中だから?

雰囲気?

違和感…

そうスタジオの雰囲気に違和感を感じていた。

何かこうスタッフが焦っているような
心がそわそわしているよう。

hydeに振られた私がいるからか。

一人で考えて一人で納得する。

『なぁ』

hydeから発せられた声に過剰に反応して
マニキュアがはみ出てしまった。

それを慌てて直し平然を装う。

口から心臓が出そうとはこの事で
たぶん私の焦りはhydeに伝わっている。

『昨日の返事やけど』

返事?
何の?

『聞かせて』

さらにhydeの話に訳が分からなくなる。

ちょっと待って。

たぶん勘違い、hydeの。

「何の…話?」

急に手が震え初めて
マニキュアを塗るのを一旦止めた。

深く深呼吸をして
また塗り始める。

私が動揺してるのを感じているはず。

『河南さ、昨日の話覚えとる?』

昨日はだからhydeはロスに拠点を移すんでしょ?

あの子と。

UVライトを充ててる間に
道具をしまう手を止めなかった。

何かをしていないと耐えられない。

「私、振られたんだよね?
hyde、あの子とロスに行くんでしょ?」

私が何を返事するの?

『俺、昨日、河南にプロポーズしたん、覚えとる?』

は…い?

時間が止まる。

ちょっと待って、本当に。

何を言っているのか、分からない。

乱れまくっている心拍数。

「覚えて…ない…」

するとhydeが席を立つ。

怒った…?

hydeは黙って私を立ち上がらせると
ソファーに移動した。

いつもの片隅の。

hydeの横
安心するいつもの位置。

『ロスに拠点移すからって話』

確かに覚えている。

頷く。

でも前後の会話は…あった?

『だから向こうで式挙げようって話したやんな?』

そんな話したっけ?

聞いた?

「hyde、あの子とロス行くんじゃないの?」

『誰がそんなこと言うたん?』

「だって!」

ずっと仲良くしてたじゃん。
私のこと見てくれなかったじゃん。
イチャイチャしてたよね?
それにあの子仕事辞めたよ?
hydeと一緒に行くからじゃないの?

一気に言葉が出た。

するとhydeはソファーにもたれかかって
深いため息をした。

怒っている、きっと。

「ごめん…」

hydeの大事な言葉を聞き逃してしまった私が悪い。

hydeのこと信じられなかった私が悪い。

そっとhydeの手を握る。

向き合って顔を見る。

余裕がなさすぎて何も見えなかったのは私。

『彼女のことは俺も悪かった』

河南が連れてきた部下やから
優しくせなあかんやん。

優しくし過ぎだよ。

せやな、河南壊れそうやったもんな。

気づいてたなら何で。

冷たくも出来ひんやん。
だけど昨日、河南が帰ったあと
ちゃんと言うたんよ、彼女に。
ちゃんと仕事せなあかんよって。

『俺にはお前しかいないから振るわけないやろ』

hydeは私のほっぺをつねった。

両方のほっぺがひっぱられる。

だけど痛みなんか感じない。

あたたかくて優しくて。

hydeが笑う。

私は泣く。

hydeで良かった。

私の隣にいるのがhydeだから
私はこれからも幸せを感じられる。

「行く、hydeと一緒に」

こうして拠点をロスに移し
私はロスでネイリストを続けている。

あとから店長に聞いた。

私の技術なら海外にも通用すると
店長がhydeに話したことで
hydeが拠点を移すことを決めたのだと。

私のため?

そうhydeに聞いたら話をはぐらかされた。

しつこく詰め寄ったらキスされた。

『黙っとき』

あれからhydeのネイルは右手の薬指だけ
赤く塗っている。

ーfinー
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