Short Story

2月14日の奇跡(hyde)

もう何年もまともに彼の顔を見ていない。

会ってもお茶をする時間さえもない。

ただ元気?みたいな会話を
ひとつふたつ重ねて笑顔を作るだけ。

仕方ないのは分かっている。

だけど胸は張り裂けそうに寂しい。

涙は見せないで何度泣いただろうか。

忙しいのを分かっているから泣きっ面も隠している。

強いふりをしているだけで
何度も転んで独りで起き上がって来た。

hydeとはあるパーティーで知り合った。

彼の優しさと笑顔と気配りに一目惚れした。

偶然にも何度か違うイベントで会ったりして
二人で食事をしたのかきっかけで
恋人と呼べる関係になったのに。

今年も手渡せない2月14日のプレゼント。

いつもhydeの家の冷蔵庫に
そっと入れるだけ。

いつラッピングをほどいてくれるか
分からないそれは手作りではない。

賞味期限を気にして
高級チョコレートと名がつく物を毎年用意するだけ。

でもいつもちゃんと手紙を添えるの。

私の気持ちがちゃんとhydeにあると
示したくて。

電話でもなくアプリでもなく手書きの手紙に。

そしてまた寂しいとは言えない時間を
自分勝手に過ごすだけ。

そう思って今年もhydeの家の合鍵で
ドアを開けながら
彼の匂いだけでもと深呼吸をする。

部屋の掃除をして帰り際に冷蔵庫を開ける。

私の右手は冷蔵庫のドア。

左手はチョコレートの箱。

だけど目の前には違う箱が
ラッピングされたまま入っている。

目を疑う光景に一度、冷蔵庫のドアを閉めた。

私が渡す予定の箱は一旦キッチンに置いた。

そしてもう一度、冷蔵庫を開けた。

小さな箱は冷蔵庫の真ん中に置かれていて
いけないと思いつつも
空いている左手で取り出した。

右手を離せば静か過ぎるくらい
謙虚な音を鳴らして自然に閉まる冷蔵庫のドア。

他に恋人いたのかなって不安になって
あぁだから私とはあまり連絡取らなかったのだと
あらゆることが脳内で駆け巡る。

小さなメッセージカードが目に写る。

そしてまた
いけないと思いながら
見てしまいたい衝動に勝てずに
開いてしまうカード。

"河南へ"

自分の名前を認識するのに時間がかかる。

私?

この字は確実にhydeの字質。

ラッピングをほどいて中身を見れば
アクセサリーが入っているであろうと推測出来る
縦開きのベロア調のケース。

高鳴る胸に期待と興奮が入り交じる。

だけどこんな時さえ貴方はいない。

私に向けてくれる顔の表情さえ
忘れてしまいそうな距離に切なくなる。

一瞬、開けるのを躊躇してしまった。

開けてもきっと何も変わらないだろうから。

考えていると
タイミング良く鳴るメッセージアプリの音。

今日は帰るから
ただの一文だけの短いメッセージ。

私が用意したチョコレートは忘れてしまっていた。

コーヒーを入れながら待つだけの時間。

ドキドキしながら
hydeに会えるのかと思うと
高揚してしまう。

忘れていた私が用意した箱も
hydeが用意してくれた箱の隣に置く。

日付が変わってしまいそうな時間。

音を立てた玄関のドアに緊張が走る。

そしてただいまと言う前の
hydeに抱きつく。

ぎゅっとしてくれて
温かな手で頭を撫でながら
愛しい声で話してくれる。

『ただいま』
「おかえりなさい」

今までの思いが溢れて苦しいくらいに
顔を見るだけで泣いてしまう。

抱き上げられてリビングのソファー。

『良かった、ちゃんと受け取ってくれて』
「中はまだ見てない」

一緒がいいから。

hydeに他の女性がいるかもしれないと
不安になったことは内緒にしておこう。

貴方の笑顔を見たら
一瞬でそんなことも忘れられてしまう。

hydeは手に取った小さな箱を開けた。

『いつも寂しい思いばかりさせてごめんな』

そう言って私の指に自分の指を絡ませる。

『俺ももう限界』

いつも忙しいって河南に会えないのは
限界なんだ。

貴方の叫びが伝わるたびに息が止まりそうな程
緊張している私がいる。

『結婚しようか』

hydeらしい
言葉のイントネーションが好き。

嬉しくて笑顔が止まらない。

幸せ過ぎて涙が止まらない。

寂しいって泣いてたことなんか忘れられる。

「ずっと一緒にいられるね」

チョコレートとコーヒーと
光り輝く指輪と貴方と私と
寂しさも涙も笑顔も幸せも
全部が混ざった2月14日の奇跡は
チョコレート以上に甘くて
幸せなハートの形。
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