Short Story

ダメ+ダメ=愛情(hyde)

『あかん』
「どうして?」

『どうしてって』
「ダメ?」

『ダメ』
「それはスケジュール的に?
それともhydeだから?」

『hydeだから・・・』
「温泉だよ?」

『それでもダメ』

そう言うと思った。

顔を出せないから
週刊誌沙汰になったら
SNSで拡散されるかもしれない
そう思ってのダメだろうけど
やっぱりダメだった。

今まで相手がhydeだからと
ずっと我慢してワガママも
お土産買ってきてとか
困らせない程度しか言ったことがない。

クリスマスも誕生日も
恋人としてのイベントはほとんど
一緒にいられなくて
仕方ないと割りきるしかなかった。

最近は恋愛の熱も冷めて
空気のような存在に近かった。

会うのもひとつきに何回か
片手で数えられるくらい。

もう一度、素直に気持ちを伝えて
熱があったあの頃に戻りたくて誘ったけど
期待しないで良かった。

私ひとりで行けばいい。

目的先は長瀞にある静かな温泉宿。

部屋の露天風呂もあって部屋食で
ここなら外に出ないでもhydeと
1日をゆっくり過ごせるかもと予約した。

もちろん勝手にhydeのスケジュールを
盗み見してオフを狙ったのに。

仕事なら仕方ないと諦められるけど
hydeだからと言われたら
気持ちに整理もつかない。

だからそんなダメばっかりのhydeに
嫌気が差した。

ひとりで堪能して
この旅行が終わったらhydeと別れる。

そうして二泊三日の旅に出た。

長瀞名物の天然水かき氷や鰻を堪能し
鮎のヒレ酒や姿焼きを食べ
あっという間に終わってしまった一日目。

二日目はのんびり温泉に浸かって
部屋でゆっくり過ごすつもりで
昼間から地酒を堪能している。

まだあと一泊残っているのに
酔った勢いで別れのメールをした。

〈hydeといられてとても幸せだったけど
今はhydeといても寂しさばかりが募るだけ。
だからさようなら〉

最後のワガママ。

携帯を置くと来ていた仲居さんに言う。

「もう一本お願いします」

空になった徳利が下げられて
再び徳利が上げられる。

「今、彼氏に別れを告げたんです。
一緒に飲みませんか」

その晩は飲み明かした。

充電の切れた携帯の電源を入れた朝。

hydeからの着信とメールを知らせる音が鳴る。

《どこにおるん?》

返信はしなかった。

どこへ行くとも話していない。
どこへ泊まるとも話していない。

ただ旅行へ行ってきますとメールして
翌日に別れのメールをしただけ。

卑怯だったかな。

でもいい。

これで少なくとも
寂しい気持ちになることは減る。

自分のお土産を買って帰宅して
すんなり入る自分の部屋。

hydeがいるかもしれない
そう期待したけど
その期待も虚しく終わった。

それからhydeとは連絡もとっていない。

連絡も来ないし、する気もない。

だけど、毎日ため息が出る。

hydeのことを考えている私がいる。

そんなある日
帰宅したらhydeが部屋にいた。

確かに合鍵は渡してあった。

だけど私の部屋になんか
前にいつ来たのか忘れたくらい前で
合鍵すら今まで使ったことない。

合鍵を渡したことも忘れかけていた。

『さようならって何?』

彼はどっしりソファに構えている。

普通なら元気だったかとか
優しい言葉を
かけてくれる場面じゃないのかと思うけど
怒り気味の彼には通じない。

鞄を置いてキッチンに立つ。

『いいから、こっち来て』

何もしないままキッチンをあとにする。

彼に質問の答えを急がされる。

「そのままの意味だけど、ダメ?」
『ダメ』

またダメって言われた。

「今さらだよ?」

今さらダメって言われても
あのメールからすでに半月経ったよ。

「連絡もなかったよね」

せめて電話くれればよかったのに。

あの時、先に途絶えたのは私の方。

辛いと思うばかりで
好きなのに
側にいるだけで
同じ空気を吸うだけで
あなたの隣には私がいるのかいないのか
自分でも分からない
その雰囲気に耐えられない。

「ダメばっかりじゃん!!」

泣きながら叫んだ。

「旅行に行くのもダメ
別れもダメ
なら私はどうすればいいの?」

悔しいのと悲しいのと苦しいのとで
hydeの服を掴んで感情を出し叫んだ。

「合鍵も使ったことなくて
部屋にも来てくれなくて
クリスマスだって誕生日だって
本当はずっと一緒にいたいのに
会いにきてもくれないじゃん!」

するとhydeは
hydeの服を掴んだままの私を
抱き締めて言った。

『やっと言えたやん』

気付けば怒りないhydeの声。

いつものようにまどろみそうな甘い
私の好きな声。

そして力強く苦しくなるくらい
hydeは私を更に抱き締めた。

顔が見えなくても
優しい顔をしているのが分かる。

『河南、ずっとワガママ言わなかったやん
ずっと溜め込んで苦しくなって
吐き出さなきゃあかんやろ?』

「意味分からない・・・」

止まらない涙と上がったままの呼吸。

『俺の前で泣いたことある?』

hydeだから困らせたらいけない
hydeだからhydeだからhydeだから
ずっとそう思って我慢してた。

だけどふと思い出した。

付き合った日、hydeが言っていた。

ちゃんとワガママ言わなあかんよ
ちゃんと寂しいって言わなあかんよ
ちゃんと会いたいって言わなあかんよ
困らせていいんよ
泣いていいんよ
そしたらちゃんとご褒美あげるから。

こんな風に抱き締められて
耳元でhydeの声で言われたっけ。

「じゃあなんで連絡くれなかったの?」
『距離置いたら河南が泣いてくれるから』

「じゃあなんで今まで
合鍵使ってくれなかったの?」
『眠ってるお前起こしたら嫌やから』

「じゃあなんで会いにきてくれなかったの?」
『会いたいって言ってほしかったから』

「私のこと嫌いだから
冷たかったんじゃないの?」
『本音、聞きたかったんよ』

hydeは分かってて冷たくしたの?
そしたら私が感情をぶつけるかもしれないって
hydeにワガママ言うかもしれないって
寂しいって
会いたいって泣くかもしれないから
そうさせたくてわざと?

『寂しい思いさせるのは必ずだから
ちゃんと言うって約束したやん』
「そうだったよね、ごめん」

hydeはやっぱり私の大好きな
優しいhydeだった。

hydeも寂しかったんだね。

hydeだからじゃなくて
hydeだけど彼だから
普通の恋人なんだよね。

「好き」
『愛してるよ』

距離が出来て改めて
あなたを好きになりました。

ただひとつ
まだ解決していないこと。

「じゃあなんで温泉、ダメだったの?」

涙でくしゃくしゃな顔を
拭ってくれているhydeの手が止まった。

『それは・・・』
「それは?」

『俺が連れてく予定やったから』
「え?」

『河南に寂しい思いさせてばかりやから
一週間行く予定立ててたんよ』

「ねぇhyde、一週間も休んだら
私、会社クビになっちゃうよ?」
『せやね』

笑い合う。

『だから新婚旅行で行くならいいんちゃう?』

hydeの止まった手が再び動きながら
さりげなくすごいことを言う。

それならさりげなく返事をしよう。

「じゃあ早く婚姻届け出さなくちゃ」
『せやね』

「そしたらずっと一緒にいられるね」
『せやね』

「会いたいって言わなくてもいいね」
『せやね』

「だけど寂しくなったら泣いてもいい?」
『あたり前や』

ーおわりー
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