距離(kaz)

「おかえりKAZ」

デビューする前から
このライブ会場で演奏していたKAZは
私の古い友人。

もともと父が経営していたここで
KAZに付きまとっていた私が
父の跡を継いで今ここにいる。

KAZは私にギターを教えてくれた。

ギターも楽しかったけど
カウンターの中で
KAZの演奏を見るほうが楽しかった。

そんなKAZもデビューして
手の届かない
向こう側に行ってしまった。

そう思っていたけど
KAZは自分のライブがあるたびにチケットを送ってくれる。

挨拶をしたり
電話をしたりなどの
友人としての連絡手段はない。

ただ毎回チケットが一方的に送られてくるだけで
私も一方的にライブへ行くだけの
視線の先だけにいる。

Oblivion Dustや
SpinAquaなど数々のライブを見せてくれたそんなKAZが
L'Arc~en~Cielのhydeさんとの新しいバンドで
VAMPSとして地元に帰って来た。

この場所でまたKAZが演奏するなんて
もうないと思っていたのに。

今頃ズルいよ。

また好きになっちゃう。

あの頃は私はまだ高校生で
KAZはもうギタリストだった。

練習しているKAZの横で
ずっと眺めていた。

『弾いてみる?』

KAZのその一言で
私もギターを始めた。

KAZの手が私に触れるたびに
胸が高鳴ってギターどころじゃなくて。

それなのにKAZは笑顔で
河南うまいじゃんって
そう私に素質があると褒めてくれた。

その時のKAZの笑顔が忘れられなくて
ときめいてしまって
KAZが好きなのだと気付いた18歳。

思い出されるKAZとの日々。

今思えば小娘が付きまとって
うざかっただろうなと
苦笑いする。

いい大人になったけど
巡り会った男性も
KAZよりいい男と思えなくて気にもならない。
河南にはこのギターが似合うと
KAZがくれた古いギターは
いつもライブ会場の隅に飾ってある。

KAZをリスペクトする新人バンドに
勇気を持ってほしくて
そんな彼らのステージをKAZに見てほしくて飾ってある。

『まだ持ってたんだ』

KAZにもらった古いギターを懐かしそうに弾き始めた。

今のギターに比べたら音も違うのに
それを弾くKAZを見ているとあの頃に戻ったみたいな錯覚になる。

VAMPSのライブが終わったあと
ひとりきりのステージ。

もう十何年も会っていなかったのに
あの頃のようにKAZは変わらない。

カウンターから
無心にギターを弾くKAZを見つめていると
hydeさんが来た。

ワインある?
赤にするか白にするか
ワインが有名な山梨の
地ワインを堪能してもらった。

しばらくKAZの鳴らす音を聞いていると
hydeさんが話はじめた。

君が河南ちゃん?
返事をすると目を細めたhydeさんが更に話す。

今日のこの日
どのライブよりもKAZは楽しみにしていたと。

会いたい人がいるのだと
この会場を選んだのはKAZらしい。

『よく手入れしてあるよ』

そう言いながら
戻ってきたKAZにもワインを出した。

hydeさんのとは違う地ワインを
懐かしそうに
嬉しそうに一口。

口に含んだ所でhydeさんが
KAZの肩に手を置き立ち去った。
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