レーズンバター(hyde)

足が勝手に自宅ではなくOWLに向かう。

カランコロンと音を立てるドア。

「いらっしゃいませ」

マスターのその声は
おかえりなさいと言っているようで疲れが抜ける。

彼女とは相変わらず端同士なのに今日は目が合う。
そして微笑み合う。

マスターからそっと差し出された河南からのメッセージ入りコースター。

hydeは立ち上がると
彼女の隣に立った。

「となり…いいかな」

hydeの顔を見上げる彼女はハニカミながら答えた。

「はい」

河南の右隣。
hydeがいる。

「河南ちゃんでいいのかな」

「はい。hydeさんでいいですか」

お互いの名前を確認しながら
優しくグラスをあてる。

くすぐったいような嬉しいような。
ずっと気になっていた二人の乾杯。

曜日によって変わるBGMが2人の距離を手伝ってくれる。

注文していたレーズンバター。
2本付いたピック。
よければどうぞと
いつもは右側なのに
今日は2人の間。

彼女がいつも注文しているそれは
甘くて濃厚で口の中で絡まる。

「この間は上着ありがとうございました。
カクテルもごちそうになってしまって」

河南から話かけた。

「カクテルおしかったです。」

hydeはあの時のカクテルをマスターに注文した。

…ヴァイオレットフィズ
淡いすみれのような紫色のリキュールとレモンのカクテル。
すみれの花言葉は謙遜。
謙遜とは控え目。

いつもカウンターの隅で
控え目に座っていて
でもどことなくオーラがある河南をイメージ出来る。

マスターが勧めてくれたことはまだ秘密にしておこうと思うhyde。

2人で同じカクテルを飲みながらの会話。

「いつも来てるけどこの近く?」

「はい。隣のマンションです」

そう言うと左を指す。

「俺はこっち側」

そう言いながら右を指す。

「すごい。羨ましいです」

河南の憧れる顔。

「お仕事は何をなさってるのですか」

聞いてから後悔した河南。

いきなり聞いたら失礼だったかもしれない。
何か合コンみたいだしと。

「俺は公に出来ないけど芸能関係なんだ」

私はと言いかけた時に
河南の携帯が鳴り、メモに手帳を出そうとしたらデザイン画を床にバラまいてしまった。

手帳に書く手を止められず放置されたそれをhydeが拾う。

「すみませんでした」

電話を終えるとお礼をして飲み直す。

「デザイナーさん?」

「はい。量販店なので自由は利かないんですけどね」

止まない会話は2人の波長が合っている証拠。

時計を見れば10時を過ぎるところだった。

「女の子だからそろそろ帰らないといけないかな」

hydeは河南のほんのり色付いた頬が魅力的で離したくないとさえ思ってしまう。

「今日は私に払わせて下さい」

財布を出そうとした河南の手を止め
hydeは耳元で囁いた。

「かっこつけさせて」

サングラス越しでも分かるhydeのウインクに言葉を失う河南。
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