君のカメラは見たくない(yukihiro)

数日経った今も彼女の声が耳から離れない。
カメラ越しの彼女の姿も
機材の音も雰囲気も
夢にも出てくるほど汚染されてしまった。

あれ?
俺…重症。

でも撮影なんてすぐにあるわけでもなく。

日に日に薄れていく記憶
薄れていく声
薄れていく笑顔。

幻だったかのような時間は
幻だったんだと思うしかない。

出来上がった写真が手元に届く。

挟んであった名刺から電話番号を打つ。

登録するとすぐLINE友達を知らせる通知。

あいつのLINE。

何て入れようか
ただLINEの画面を見つめたまま。

yukihiroだけどとそこからが進まない。

文字を打つのも苦手だ。

yukihiroだけどとそのままを送信した。

すぐに既読になることはなく
俺はそのままドラムを打ち込んだ。

二時間くらい経っただろうか。
彼女からの返信はまだない。

諦めるか…そう思ってすぐ鳴る通知。

先日はありがとうございました
と始まる文面も堅苦しく感じる。

そうじゃない
社交辞令じゃなくて二人の会話を楽しみたい。

考えたのは写真だった。

彼女がカメラマンならと思って送ったのは
俺目線のドラムセット。

以心伝心なのか
返信は彼女目線のカメラ画像。

空の写真
…なのか?

曇り空の写真だった。

そしてもう一度メッセージが表示される。

私、曇天女なんです
だから外の仕事はあまり入れませんって。

今日は曇り空
フッと笑った自分がいた。

分かる。
俺、今、楽しい。

その日から天気を気にするようになった。

晴れてる日はスタジオだろうか
曇りの日は外にいるのだろうかとか
俺はなかなかの引きこもりだからか
野外ライブ以外はあまり気にならなかった天気を
彼女のせいで頻繁に気にしている俺がいる。

季節は秋

空は雲ひとつない青空が広がっている。
これなら曇天女の汚名が晴れるかもしれない。

俺はこの空を彼女に送信した。

30周年ラニバーサリーも中盤。

1ヶ月間は空くがリハーサルの日々。

煮詰まる時間はいつも
空を見上げてしまうようになった。

秋晴れの空
彼女の意外な返信。

実はこの間の幕張行きました。
髪切られたんですね。

幕張メッセの前で撮った写真を送信してくれた。

来るって知ってたら楽屋に来させたのに。
次来るときは連絡して。

そう打ったら
はいと一言返事が来た。

そうしてまた途切れたライン。

いつも俺から。
たまには彼女からの会話がほしいと思っても
そればかりは仕方ない。
俺が気にかけてるだけだから。
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