Caress of Venus(hyde)

ヒールは予備の靴に変えて
企画段階の資料を渡す。

自分ではチーフを気高く飾ったつもり
だったのに。

hydeの顔を見たら涙が出てしまった。

不覚。

一瞬、周りもざわめいた。

「hydeさんが格好いいから
まばたきするの忘れちゃいました」

乙女を出して笑いを誘って
誤魔化してスルーする。

「コンタクトが乾いちゃって涙出てきたから
ちょっと直してくるね」

そう言って後輩に託した。

化粧台の鏡に映る自分を見つめる。

私には無理だ。
まともにhydeの顔を見ることが出来ない。

もともとこの件はhyde好きの後輩に
やらせるつもりだったから丁度いい。

やることだけやって手を引こう。

戻るとアバター作りの為の写真撮影をしていた。

一瞬、hydeと目が合ったけど会釈するだけ。

本当、朝から嫌になる。
そんな事を思って隅で傍観していた。

終わるとこれからよろしくと
hydeは全員と握手していく。

もちろん私とも。

宜しくお願いします
そう言って去るつもりだった。

気高く飾るつもりだった
後輩にやらせるつもりだった
去るつもりだった
全てのつもりがhydeによって奪われた。

「俺が気づいてないとでも思ってる?」

誰にも聞こえない声。
耳元で聞こえたそれは
夢に出てくるあの声と同じ。

握手した手が熱くなる。

ダメだ。
東京タワーでも東京湾でもない
太平洋に沈むみたいだ。

タイタニックの主人公になれるかもしれない。

それからお見送りまでの記憶がない。
何か話したっけ?
私としてはただ
hydeの後ろ姿を見てたつもりだったけど。

熱が出そうだ。

その日は早めに寝た。
もう明日考えよう。

出社して思い出す。
デスクの下のパンプス。
折れたヒールを見たくなくて捨てた。
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