隣人(hyde)

そんな小悪魔ちゃんが
黙り(だんまり)しながら帰ってきたのは
ライブも一段落して
オフが出来た頃。

吊るしていたスーパーの袋を力なく置くと
中身が滑るように飛び出した。

「hydeさん・・・私」

何かを感じた言葉に
キッチンで遠くを見つめる河南の後ろから腕を回した。

ギュっと回した腕をつかんだ河南の力が入る。

「お見合いしろって」

結婚しないならお見合いしろって父が・・・
そう河南の声が震えている。

黙ってしまった俺を察したのか
河南から次に出た言葉に耳を疑った。

「さよならしなくちゃいけないんですよね」

hydeさんの立場を考えればこれが一番いい方法なんですよねと
涙を流さずに俺の部屋から出た河南を追いかけられなかった。

俺は河南を手放すことを考えていたわけではない。

お見合いという言葉に
近い将来に考えさせて頂きますと言った俺の言葉が
通じてなかったのかと思って呆然としてしまった。

違うんよ
河南を手放す訳ないやん。

ふと我に返った俺は
慌てて河南の部屋のドアを開ける。

『さよならなんてせえへんよ』

そっと抱き締めて
頭を撫でてやる。

俺の服をギュっとつかんで
少女のようなあどけない泣き顔。

お互いに突き刺さるお見合いの存在は
俺が河南とのために何とかする。

河南は俺の隣で笑っていればいい。

そう決まると
河南の親父さんと会う約束を取り付けた。

私も一緒に行きますと言う河南を連れて
道中は無言のまま。

社長室に通されしばらくすると
厳格な顔をした河南の父親が入ってきた。

重々しい空気の中
軽く咳払いが聞こえる。

俺は一礼をするとさっそく話を切り出した。

こういう場面なのに
不思議と緊張もない。

それなのに河南の父親は
俺の話が終わらないうちに
耐えていたのか
大きな笑い声を発した。

呆気に取られる俺と河南。

お見合いなんて嘘の話で
お見合いと言えば
河南が焦って相手を連れてくるだろうと踏んだという話。

まんまと罠にハマった俺達は笑い合う。

相手が俺だということも想定内だったと。

だけど俺はもう決めた気持ちを取り消したりしない。

しっかりと気持ちを伝えた隣で
河南は泣いていた。
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