隣人(hyde)

手玉に取られていると感じるほどに
君が欲しくなる。

余裕があったはずなのに
いつの間にか余裕がなくなっている。

こんなに乱されているのは
初めてかもしれない。

梅雨になり
激しく雨が降る夜は
あの日の彼女を思い出す。

地下駐車場から上がるエレベーターが
一階で止まると期待する。

カツンと鳴るヒール音。

そこには期待した姿。

「今日は濡れてませんよ」

箱の壁に寄りかかっている俺の前。

笑いながら前を向き直す。

思わずその後ろ姿を
下から目でなぞった。

すると突然ガタンという振動を体全体で感じた。

よろめく河南ちゃんを後ろから支えてやる。

何が起こったのか分からずチカチカっと灯りが消えて
真っ暗になる箱の中。

「エレベーター・・・」
『止まったんかな』

支えたままの河南ちゃんの手を繋ぎ直して
携帯の灯りを頼りに
インターホンを鳴らすが応答がない。

電話してみましょうと
河南ちゃんがフロントに電話すると
どうやら落雷による停電らしく
予備電源に切り替わるまで
しばらく待ってほしいと言われた。

河南ちゃんの重なる手に力が籠る。

怖いんかな。

再び壁にもたれると
腕の中に河南ちゃんを抱いた。

河南ちゃんの脈が早くなっているのが分かる。

『怖い?』

返事もなく
ただ河南ちゃんが俺の服を握る。

『大丈夫だから』

「・・・はい」

顔が見えなくて
か細い声が聞こえるだけ。

緊急事態なのに
河南ちゃんの温もりを感じて
複雑な気持ちになる。

「hydeさん・・・」

河南ちゃんが俺の名前を呼ぶ。

ただ名前だけ。

安心出来るように髪を撫でる。

すると再びガタンと体に感じる振動に
河南ちゃんを支えてやる。

エレベーターが動き出したと直感すると同時に
箱の中が明るくなる。

扉が開くとコンシェルジュが立っていた。

大丈夫ですか?と。

自然災害なら仕方ないやろと返すも
まだ俺の中にいる河南ちゃんが心配で部屋へ急いだ。

河南ちゃんの部屋の前に着いてもなお
黙ったままの彼女が
俺の手を引くと
もう少し一緒にいてくれませんか?と
上目遣いされて
サングラスの下の目が揺らぐ俺。

「河南ちゃんがいいなら・・・」

俺たち二人を入れた河南ちゃんの部屋のドアが
そのままパタンと閉まった。
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