隣人(hyde)

「ご冗談がお上手ですね」

気持ちを切り替えたのか
いつもの河南ちゃんに戻る。

『考えといて』

グラスに入ったワインを飲み干して席を立った。

その後の彼女がどうしたのか俺は知らない。

わざと背中を見せたから。

少しでも俺という爪痕を残したかった。

今はまだ浅い傷かもしれないけど
近いうちに深い傷を残してやろうと
河南として側に置いておきたい気持ちが抑えきれない俺がいる。

しばらくすれ違いの生活が続いた。

顔を見ることもなく春が過ぎてゆく。

ヒールの音を聞くとつい振り替えって
君の姿を探してしまう。

いつものように出掛ける支度をして
仕事に向かうつもりで
玄関を開けた。

外開きのドアは勢いよく開き
通行人に直撃しようとしていた。

「きゃっ!」

女性の声にドアを戻すも
女性のヒールが重心を支えきれずよろめく。

俺は慌てて女性を支える。

まるでスローダンスのように
腰に手を回して受け止めた。

細すぎる腰
スラッとした細い足が
丈の短いスカートから伸びている。

その通行人のセクシーさに
思わず目を奪われる。

「3回目やん」

すると河南ちゃんが俺のシャツを引っ張りながら
三回じゃ足りませんと
唇が重なった。

目は見開くことなく
待っていたかのように応える。

好きとか嫌いとか
恋とか愛とかじゃなくて
本能のままに。

俺も野獣かもしれないけど
君も野獣だね。

求めるのは感性。

それなのに
キスを切り上げて
勝手に去って行く君が恨めしい。

なあ河南。

君が俺のものになるのは
たぶんそう遠くはない。

俺が捕まえてみせる。

河南の全部を。
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