隣人(hyde)

河南ちゃんなんて可愛らしい呼び方をしているが
本当は呼び捨てにしたいほど
セクシーで燃えるようないい女。

微笑む顔も妖艶で悪魔のような天使。

そんな彼女が突然
ずぶ濡れの姿でエレベーターに現れたのは
やはり夜も遅い日のこと。

いつもはまとめているのに
こんなに長かったのかと感じさせるウェーブがかかった髪から水滴が落ちる。

『どうしたん?』

いつも俺から始まる会話。

「降られちゃって」

半端な笑い切れていない笑顔の裏。

帰宅途中に雨に降られて
濡れてしまったと言う。

違うやろ?
そう言いたかったのを止めて何も聞かないでいた。

俺だって長く人生を歩んできたわけじゃない。

その顔を見ただけで
やるせないことがあったのだと気付く。

この途中
コンビニだって
傘を買う場所くらいある。

雨に濡れたいほどの気持ちだったんやろうなと
後ろ姿を見つめたまま
沈黙の箱が急速にかけ上がった。

俺が玄関の鍵を開けようとしていると
河南ちゃんの大きなため息が聞こえた。

「もう最悪」

その声が聞こえたかと思うと
俺の後ろをエレベーターに戻ろうとしてる。

思わず掴んだ手首。

『その格好でどこ行くん?』

ずぶ濡れのスーツが
いやらしく体に張り付いている。

そんな姿でどこへ?

「鍵・・・会社に忘れたみたい」

俺を見ないで下を見ながら
いつもより小さな声。

『いいから入り』

河南ちゃんを自分の部屋へ入れた。

バスタオルで頭を拭いてやる。

何も口を開かない河南ちゃんの髪が
俺のジャケットのボタンに絡まる。

『ごめん、大丈夫?』

河南ちゃんは頷くだけ。

そして河南ちゃんの震える手が重なる。

しばらくの沈黙。

時計の秒針の音だけが響く。

「ごめんなさい、もう少しでほどけるから」

河南ちゃんも沈黙の長さを感じているらしく
そう言いながらの
髪をほどく仕草がとても色っぽい。

片手で支えるバッグが落ちて更に焦る河南ちゃん。

いつもはキャリア的なその容姿とのギャップにそそられて
一生懸命に髪をほどこうとする河南ちゃんの顎を
くいっとあげるとキスしてしまった。
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