初恋(ken)

『悪かったね、急がせて』

「久しぶりに燃えたわ~」

腰をくねらす。

しっかし、何やの?これ。

人、人、人。

客いないやん。

すると河南の声。

これこれ、俺が聞きたい声は。

『おかえり』

久しぶりでもなく、何日か前ぶり。

改めて河南に聞く。

何なの?これ。

すると河南がhydeを見る。

hydeが頷く。

いつの間に目配せしてるん、焼くわ。

『hydeさんがね、
ミュージックビデオ撮るんだって』

「はっ?」

『うちの中庭でね』

河南が指を指す方向には旅館の庭園。

かつて俺が河南に気持ちを告げられずに
黄昏ながらギターを弾いた場所。

確かにおもむきある庭だけど
hydeのヘビメタには似合わん場所やで?

はて?
俺の頭にははてなが飛ぶ。

あー、渡された曲はバラードやったな。

何やら慌ただしく動き出したスタッフ。

オーライ、オーライと罵声が飛ぶ。

気づけばグランドピアノが宙を浮かんでいる。

「おわっ!」

『すごい光景だよね』

河南が笑う。

グランドピアノは中庭前の部屋に運ばれた。

ピアノが置かれた部屋からは
中庭の庭園が美しく見える。

「そう言えばお客さんはどうしたん?」

『今日はチェックアウトでおしまいだったの』

明日のチェックインまで一般客は来ないらしい。

なんちゅータイミングや。

『急で悪かったね、河南ちゃん』

hydeが入ってくる。

「タイミング良すぎやわ、hyde」

会話を割ってスタッフが叫ぶ。

『Kenさん入りましたー!』

俺?

『じゃあKenちゃん行こか』

hydeに連れられる。

ここ、俺んちやで?

そして有無を言わされずに着替えやら
メイクやら進んでいった。

辺りは薄暗くなり照明が庭を灯す。

それは自分たちの庭園とは違う別世界のようで
思わず息を飲んだ。

これはもう日本庭園以外の何物でもない。

京都のようで麗しい。
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