初恋(ken)

ーこんな夜は切なくなる。

横なぶりの雨が記憶を戻していた。ー

電話が鳴る。

「もしもし」

『俺』

嵐の夜は決まって電話をくれる。

思い出すのはお互い同じこと。

遠距離恋愛ではなくて
単身赴任の相手は
電話の向こう側から
ヘラッとした笑顔を伝えてくる。

あれから
私は姓を北村に改め
Kenちゃんが出してくれた資金で
旅館をたち直らせることが出来た。

地元でのライブの際には
メンバーはもちろん
スタッフさんも泊まってくれるし
最近では芸能関係の方が多くなり
離れの方も常に満室状態。

やっとKenちゃんとの関係が始まったばかりなのに
離ればなれなのは
正直悲しい。

だけど
暇があればすぐに帰って来てくれるし
遠慮なくKenちゃんに触れられる。

夫婦なのに
離れている分
いつも緊張するし
だけど
何年も
何十年もずっと
Kenちゃんを想っていたことが
実になったのはとても嬉しい。

いまだに緊張する私に
Kenちゃんは笑って見せるけど
Kenちゃん自身も緊張していることは知っている。

だから二人で笑い合って
くすぐったい。

ねぇKenちゃん
今までずっと言えなかった。

私が大好きって言うと
必ず話をはぐらかす。

『そんなん分かってるわ』

あなたはいつもあの笑顔で
そう言う。

私よりはるかにある背の高さ。

見上げるとうれしくなる。

ずっとずっと見ていた
あなたが隣にいる。

そうやって電話越しの
あなたを想像する。

横なぶりの雨が
記憶を戻す。

届きそうで届かないもどかしさが
嵐のようで
決まって嵐の夜は切なくなった。

幾度となく切なさに涙した夜もあった。

今はもうその強風にさえ
勝てるくらい。

『次の休みに帰るから』

「うん、待ってる」

『河南の好きなプリン買ってくわ』

どんなに時が経っても
変わらないね。

ーendー
8/15ページ
スキ