初恋(ken)

久しぶりの長期のオフ。

メンバーはそれぞれ旅行に行くと言っていたが
俺は海外旅行に行く気にならない。

あれからもう長い年月が経ち
その間は音楽だけに打ち込んで来た。

たまには顔を見せなさいと
お袋の言葉を思い出し
河南に会いに行こうと決めた。

もうパートナーはいるんやろうか。

忘れられないあの約束は
今もまだ叶える為にあるんかな。

今更・・・
そう言われるかもしれない。

だけどもし河南が独りだったら
もう捕まえるしかないやん。

『よっ!』

Kenちゃんスマイルで驚かすと
ぽかんと口を開けたままの河南。

和服姿の河南に惚れ惚れする。

よう似合ってるやん。

今日の俺は河南の指に指輪があるか確認することも忘れない。

「失礼します」

夕食時に入ってきた河南は
女将姿も板について
何だか違う次元の人に見えた。

お酌を受ける手が自然に震える。

会話が続かないのは
俺が緊張しているせい?

いつものように笑えないから?

自分の不甲斐なさに
一気に酒を煽る。

痛いほどの沈黙が
河南を苦しめた。

耳を疑うほどの言葉が
俺に降りかかる。

嵐のようなそれは
俺の思考回路を遮断すべき敵となって
頭上から落とされた。

困った顔で
お見合いするんだって。

皮肉にも口から出た言葉は
良かったなって
俺、何言ってるん?

予想だにしなかった言葉が一日中、頭を駆け巡る。

行くなやって
すがりつきたい。

行かないからって
言ってほしい。

無効になりそうな約束は果たせないのだろうか。

俺自身の答えのはずやのに
何故、その一歩が踏み出せないのだろうか。

怖いから?
フラれたくないから?

あまりの勇気のなさに
ギターに語りかけるしかない。

行動に移せない自分が嫌になる。

河南が決めたことなら
口出し出来へん。

頑なに何を拒んでるんかな俺は。

あまりにいい年すぎて
防御力が働いているんかな。

退館する朝まで
何も行動に起こせなかった。

手を振る河南が小さくなると
何故か苛立って
冷静になりたくて実家に寄った。
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