初恋(ken)

限界が近くなると
偶然にも
実家から呼び戻された。

父が倒れ、
母が看病の為に経営している旅館を離れなくてはいけなくなった。

継ぐように急かされる。

兄弟がいない私には
とても重い出来事だが
断れるはずもなく
地元に帰ることをKenちゃんに伝えなければならなくなった。

相手の身分を考え
電話はしないと勝手に決めた。

後ろ髪を引かれないように
メールで事実を伝えると
Kenちゃんの笑顔だけを胸にしまって
新幹線に乗る。

帰省したとたんに
退院した父は母と
冥土の土産だと言い張って
旅館を私に譲ると言い引退。

残された私は
女将として経営者として
従業員を抱え
行き場を失った。

もうKenちゃんに会うことはないのかもしれない。

ほんの少しの間だけ
夢を見させてもらったのだと。

それから長い年月が経つも
忘れられない初恋のあなた。

忘れてないよ。

あの時お互い相手がいなかったら結婚しようって約束。

呑みながら
笑いながら
冗談に交わしたね。

だけど今もまだひとり身なんだよね私。

Kenちゃんには彼女いるんだよね。

前に週刊誌に載ってたじゃん。

そんなことを思う嵐の夜。

「ようこそ、いらっしゃいました」

正座をして頭を下げる私は
もう女将として慣れたこと。

いい加減にパートナーを見つけなさいと
あれほど冥土の土産だと言い張った二人は
元気に隠居している。

もうため息さえも出ない。

見合い話を何度も聞かされては断る日々。
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