夢短編
はらはらと舞う雪がうつくしくて、思わず窓を開けた。ひんやりとした冷たい空気が私を包んで、溶けていく。白い息が、それに混じって消えていく。何ものにも媚びないような、全てを寄せつけないみたいな冬の空気が、私は好きだった。このまま冷たく綺麗に凍ってしまいたいと思うくらいには、私は冬が好きだった。それに、フローリングに座り込んで、ぼんやりと灰色の空を見上げていると、私も雪になれそうな気がして、その感覚がまた好きだった。
「冷えるよ」
穏やかな声と共に、ふわふわの毛布が肩にかかる。首をそらして振り向くと、あったかくしときな、と彼が笑った。彼は、私が外の空気を吸いたいということを知っている。だから無理に窓を閉めたりしない。窓の前から動かない私に、温かい毛布とココアを持ってきてくれるだけ。はい、と渡されたマグカップを、両手で握った。
彼が外に出してくれなくなったのは、丁度一年前の冬のこと。そのときのことを全て覚えている訳じゃないけれど、彼が必死になって私を抱きしめてくれたのは、なんとなく思い出せる。寒くて冷たい雪の日に私の名前を呼ぶ彼は、どんな顔をしていたんだろう、といつだって上手く働かない頭で思った。
その日は確か、なぜか馬鹿みたいに悲しくて、震える手で薬を飲んだ。それから部屋の隅で小さくなって爪を噛んでいても、叫び出しそうなくらい恐ろしい気持ちになって、また薬を飲んだ。そうしたら頭が静かになって、身体が軽くなって、ふらりと家の外に出た。真っ白な雪が綺麗で、素足が冷たくて、気持ちが良かった。ちょっと疲れて雪の上に座り込むと、ゆっくりと眠くなってきて、その場に寝転んだ。
しばらくして、どこからか私の名前を呼ぶ声がして、意識が浮上した。その時はもう、身体が重くて、だるくて、力が入らなかった。ひーくん、とまともに言えていたかは分からない。多分、私の名前を呼ぶのは、彼しかいないだろうと思って言った。そしてまた意識が飛んで、気付いたら彼の部屋のベッドで寝ていた。だるいな、と思って、身体を起こす。まだ頭がぼんやりとして、眠い。自分の手がちゃんと動くのを見て、ああ、生きてるんだなと思った。
蝶番が小さく軋む音がして、私の名前を呼ぶ声がした。ゆっくりとその声を辿っていくと、泣きそうな顔をした彼と目が合う。ひーくん、と今度は確かに呟くと、彼はすぐにベッドのそばに来て、そっと私の頬に触れた。
「痛いとこない?具合悪くない?」
その言葉に頷くと、彼は頬に触れた手を下ろして、やさしく私の手首を触る。脈を確かめようとする彼の指先は、少し冷たくてくすぐったい。私の脈を確かめながら、おれのことちゃんと分かる?と彼は呟いた。彼の緩くウェーブのかかった髪が、彼の表情を分からなくさせるけれど、多分彼は泣きそうなんだと私は思った。
「わかるよ、ごめんね」
私は喋るのが上手じゃないから、気の利いたことは一つも言えない。でもなるべく言葉を選んで、そう伝えると、彼は私の手を握りしめて、長く息を吐いた。それから、一緒に暮らそう、と彼が言ったから、断る理由が思いつかなくて、黙って頷いた。それが丁度一年前の冬のことだった。
彼の家の居心地は、案外悪くない。ただ、彼の目の届かないところへ行けないだけ。それでも別に良いかと思う。一人じゃ生きていけない私は、彼に寄りかかって生きていった方が良いのかもしれないと思う。だから、彼のことを嫌いになったりしないし、逃げたりなんかもしない。この今の生活が、お互いにとっては最適解だと思った。
「ひーくん、すきだよ」
二人で毛布に包まりながら眺める雪はとても綺麗で、不意に、彼のことが好きだと思った。理由はないけれど、好きだと思ったから、伸び上がって彼の頬にキスをした。何、もう、と彼が照れくさそうに笑って、おれも好きだよ、と私の手を握った。
はらはらと舞う雪がうつくしくて、冷たい空気がきれいで、彼が温かくて、私は幸せだと思った。多分世間一般的に見たら少しずれているかもしれないけれど、私には彼がいればそれで良かった。この、生ぬるい幸せな部屋で、一生を終えられるのなら、それで良いと思った。好きな人といられるのなら、もう、なんだって良いと思った。
「冷えるよ」
穏やかな声と共に、ふわふわの毛布が肩にかかる。首をそらして振り向くと、あったかくしときな、と彼が笑った。彼は、私が外の空気を吸いたいということを知っている。だから無理に窓を閉めたりしない。窓の前から動かない私に、温かい毛布とココアを持ってきてくれるだけ。はい、と渡されたマグカップを、両手で握った。
彼が外に出してくれなくなったのは、丁度一年前の冬のこと。そのときのことを全て覚えている訳じゃないけれど、彼が必死になって私を抱きしめてくれたのは、なんとなく思い出せる。寒くて冷たい雪の日に私の名前を呼ぶ彼は、どんな顔をしていたんだろう、といつだって上手く働かない頭で思った。
その日は確か、なぜか馬鹿みたいに悲しくて、震える手で薬を飲んだ。それから部屋の隅で小さくなって爪を噛んでいても、叫び出しそうなくらい恐ろしい気持ちになって、また薬を飲んだ。そうしたら頭が静かになって、身体が軽くなって、ふらりと家の外に出た。真っ白な雪が綺麗で、素足が冷たくて、気持ちが良かった。ちょっと疲れて雪の上に座り込むと、ゆっくりと眠くなってきて、その場に寝転んだ。
しばらくして、どこからか私の名前を呼ぶ声がして、意識が浮上した。その時はもう、身体が重くて、だるくて、力が入らなかった。ひーくん、とまともに言えていたかは分からない。多分、私の名前を呼ぶのは、彼しかいないだろうと思って言った。そしてまた意識が飛んで、気付いたら彼の部屋のベッドで寝ていた。だるいな、と思って、身体を起こす。まだ頭がぼんやりとして、眠い。自分の手がちゃんと動くのを見て、ああ、生きてるんだなと思った。
蝶番が小さく軋む音がして、私の名前を呼ぶ声がした。ゆっくりとその声を辿っていくと、泣きそうな顔をした彼と目が合う。ひーくん、と今度は確かに呟くと、彼はすぐにベッドのそばに来て、そっと私の頬に触れた。
「痛いとこない?具合悪くない?」
その言葉に頷くと、彼は頬に触れた手を下ろして、やさしく私の手首を触る。脈を確かめようとする彼の指先は、少し冷たくてくすぐったい。私の脈を確かめながら、おれのことちゃんと分かる?と彼は呟いた。彼の緩くウェーブのかかった髪が、彼の表情を分からなくさせるけれど、多分彼は泣きそうなんだと私は思った。
「わかるよ、ごめんね」
私は喋るのが上手じゃないから、気の利いたことは一つも言えない。でもなるべく言葉を選んで、そう伝えると、彼は私の手を握りしめて、長く息を吐いた。それから、一緒に暮らそう、と彼が言ったから、断る理由が思いつかなくて、黙って頷いた。それが丁度一年前の冬のことだった。
彼の家の居心地は、案外悪くない。ただ、彼の目の届かないところへ行けないだけ。それでも別に良いかと思う。一人じゃ生きていけない私は、彼に寄りかかって生きていった方が良いのかもしれないと思う。だから、彼のことを嫌いになったりしないし、逃げたりなんかもしない。この今の生活が、お互いにとっては最適解だと思った。
「ひーくん、すきだよ」
二人で毛布に包まりながら眺める雪はとても綺麗で、不意に、彼のことが好きだと思った。理由はないけれど、好きだと思ったから、伸び上がって彼の頬にキスをした。何、もう、と彼が照れくさそうに笑って、おれも好きだよ、と私の手を握った。
はらはらと舞う雪がうつくしくて、冷たい空気がきれいで、彼が温かくて、私は幸せだと思った。多分世間一般的に見たら少しずれているかもしれないけれど、私には彼がいればそれで良かった。この、生ぬるい幸せな部屋で、一生を終えられるのなら、それで良いと思った。好きな人といられるのなら、もう、なんだって良いと思った。
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