夢短編

一度だめだと思ってしまうと全てがだめに見えてしまうのが私の悪い癖。いや、この場合は絶対翔太だって悪いはず。
正直言って、翔太は何にもできない。家事はもちろん出来ないし、パソコンなんかはすぐ壊すし、朝は起きれない。虫がダメだし、家具の組み立ては出来ないし、それにヘタレだし。愛情表現はあんまりないし、素直じゃないし、キスだってなかなかしてくれないし、すぐ拗ねるし。もしかして愛されてないんじゃないのかなあ。もう好きじゃないってことなのかなあ。良く考えれば翔太の良いところって顔だけなんじゃないの?なんて思ってしまうくらいには翔太はだめだめだった。
でも何だかんだ言いながら上手く付き合って来れたと思う。私がいなくちゃだめなんだから、みたいな、結局ダメ男を生んでしまうような思考でやって来れてた。今までは。
今まではね。でももう惰性で付き合うくらいなら別れてしまった方が良いと思えてきてしまった。だから静かに部屋を片付けて、その間に私の気持ちが変わらないことに少しだけ嘆いて、それから諦めた。
ただ、別れを切り出すとなると存外に勇気がいる。騒ぐ心臓を押さえつけて、ソファに寝転んでテレビを見る翔太に声をかけた。
「ねえ翔太」
「んー?」
眠そうな目をしてこちらを見た翔太は、やっぱり顔が良い。お肌は私よりも艶々で、薄い唇は乾燥知らず。垂れ目がちの瞳に、綺麗なまっすぐの眉。全てのパーツがバランス良く配置された顔は、やっぱり私の好みの顔だなと思う。でも多分それも今日でお別れ。全く気付かれずに荷物も纏めたし、何なら言ったらすぐ帰るつもりで着替えた。
こうなってみるとちょっと惜しいかも。本当にちょっとだけど。もっと甘えたになってほしかったし、夜のお誘いだってしてほしかった。でももうそれも全部諦めるから。ごめんね。
「別れてほしいんだけど」
ぴったり三秒の空白が流れて、翔太が間抜けな声を出した。それから面白いくらいに慌て始めて、ソファから転げ落ちた。
「いって!、え?え、はあ!?」
パニックパニック、と言わなくても分かるくらいの混乱具合で、翔太は目を見開いて私を見る。意味が分からないというような、ありえないというような顔をして私を見るから、少しだけ腹が立つ。
こっちはもう別れるって決めてんのよ。だから今さら翔太が何言おうと、何をしようと別れる。そう決めて今言ったんだから、翔太も素直にハイって言ってよ。騒ぎ立てる翔太の声から耳を塞ぎたくて、思わず唇を噛んで耐えた。
「え、だって、おれ、え?」
未だに状況が飲み込めないのかぱちぱちと瞬きをして、それからぽろりと涙を落とした。今度は私が混乱する番で、ぼたぼたと泣き始める翔太をただ見ているしかない。嗚咽を上げながら膝に顔を埋めて泣く翔太を見ながら、我に返った私はとりあえず帰ろうと思って一歩後退りをした。
「やだ!」
途端に翔太が大声を出して床を叩く。まってよ、と弱々しい鼻声が聞こえて、とりあえずその場に立ち止まる。
「やだ!むり!だめ!」
じたばたと手足を床に打ち付けながら、翔太は小さい子供みたいに駄々をこねる。どんどんと衝撃が床に響いて、冷や汗が出る。近所迷惑になるから本当にやめてよ、苦情来るって。そう言っても、やだ!としか言わない翔太に呆れたため息が出る。
「わかったから、落ち着いて」
渋々翔太に近付いて肩を押さえると、呻き声を上げながら落ち着いた。翔太がしゃくりあげる度に身体が揺れて、私のあげたネックレスがきらきら光る。それにバカみたいに腹が立った。
「どうするの?」
問い詰めるように聞くと、思ったよりも冷たい声が出た。それで、ああもうコイツのこと好きじゃないんだなと思った。
「わかんない!」
わかんないってそんな、子供じゃないんだから。まるで癇癪を起こした五歳児で、深いため息が出る。分かんないなら帰るよ、なんて、子供をあやすみたいに声をかけた。やだあ!と叫び出す翔太の声に、今度は耳を塞いで、キャリーケースを引きずって家を出た。
がらがらとけたたましい音を立てながら、マンションの廊下を早足で駆け抜ける。もうこんな家二度と来るか、いや、別れたからもう来ないんだけど。
そんなことを考えながら、心の中で悪態を吐いて舌打ちをした。ボタンを連打してエレベーターを待っていると、ポケットの中のスマホが震えて着信を知らせる。翔太と表示された画面を見て、床に叩きつけたくなった。
無理、コイツ本当に無理なんだけど。せめて部屋から出てこいよ。走ってくるなりしろよ。むかつくな。
家に帰ったら浴びるように酒を飲んでやると思って、着信を知らせる音が鳴り止まない電話の電源を容赦なく切った。
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