ウェブ再録「春眠」
ハタチになったばかりの、この大きな子供は、時々わがままを言うことがある。例えば、夜ご飯はからあげがいい!とか、頭洗ってくれないとお風呂から出ない!とか、そういうわがまま。かわいいとは思うんだけど、これは多分、母性に似た感情。恋人に母性を抱くのはちょっと違うのかもしれないけれど、多分母性だと思わざるを得なかった。
いや、ラウールは子供なんかじゃなくて、ちゃんとした私の恋人だけど、やっぱりどこか幼い部分がある。私の方が年上だから、とか、ラウールが末っ子だから、というのもあるのかもしれないけれど、それ以上に私はラウールに弱かった。
「今日は寝たくない!」
拗ねたような顔をして抗議する恋人に、そうかあ、と曖昧に返事をして、ちらりと時計を見ると、まだ二十二時半。まあ、私が寝るにはまだ早いけれど、この子供が寝るのには十分な時間。ソファの真ん中を陣取って頬を膨らませるのを見て、今日は寝かしつけコースだなと思いながら、キッチンに向かった。
温かいものでも飲ませて、お腹をとんとんしてあげれば寝るかな、と思ってレンジで牛乳を温める。リビングに戻ってマグカップを渡すと、ラウールはパッと笑って、やったあ、と声を上げた。さっきまで拗ねていたのに、今は嬉しそうにホットミルクを飲んでいて、ちょろいなあとは思うけれど、それすらもかわいく見えてしまうから仕方ない。案外私もちょろいんだなと思って隣を見ると、温かくなって眠くなってしまったのか、かわいい恋人が小さく欠伸をしたので、とりあえず見なかったことにした。
小さくテレビを流しながら、ソファでくっついていると、ラウールが私にすり寄ってくる。大きな身体を小さく丸めて、どうにか私の肩に頭を預けようとしているのが、すごくかわいく思える。なんとか納得のいく位置まで身体を動かしたラウールは、ねえ、と私に話しかけた。
「今度のデートさ、映画観に行かない?」
観たい映画あるんだ、と言いながら、長い腕でスマホを取って、私に画面を見せる。どれどれ、と覗くと、ラウールが好きそうなラブストーリーの映画だった。
「いいよ」
ラブストーリーは別に好きじゃないけど、たまには恋人に付き合ってあげるのも良いかな、と思って頷いた。やったあ、と喜ぶラウールを見たら、まあ映画くらい付き合ってあげても良いかな、と思えた。
「じゃあさ、こないだ買ったお揃いの服着ようよ」
待ち合わせは外でして、あのカフェも行きたい、それと、キャラメルポップコーンも食べたいな。そう言って私の手を握るラウールは、随分浮かれている。恋人になってしばらく経つけれど、まだまだ私を好きでいてくれるんだな、と思うと、やっぱり嬉しい。私も好きだよ、という気持ちで彼の手を握り返すと、大きくて温かかった。
マグカップを片付けて、手を拭きながらリビングに戻ると、ラウールはスマホで電車の時間を調べていた。浮かれてるなあと思うけれど、当日のコーデを考えてる私もきっと浮かれている。楽しみだな、と思いながら時計を見ると、二十三時を少し過ぎていた。
「ベッド行くけど、どうする?」
ここで起きててもいいけど私は寝るよ、と声をかけると、すぐに、おれも行く!とくっついてきた。大きな身体を曲げて、私の背中にすり寄るラウールはまるで大型犬。寝室の間接照明を点けて、ベッドに二人して転がると、あははと無邪気な笑い声がした。
「もしかしてお布団干した?」
気持ちいね、とベッドの上で目を瞑るラウールに、このまま寝てくれないかな、とふかふかの布団を被せると、ねえねえ、と内緒話をするように袖を引かれた。
「このまま朝まで喋ってようよ」
そんなうるうるの瞳で私を見たって、それだけは聞いてあげられない。私はあなたと違って徹夜が出来ない身体になってしまったので。
うーんと曖昧な返事を返しつつ、少しくらいはそのわがままを聞いてあげようと思って、じゃあ明日の朝ごはん何がいい?と話しかけた。
「そうだなあ、ご飯とぉ、卵焼きとぉ、」
喋ってもらえると思ったのか、うきうきで話し出すラウールのお腹をとんとんとやさしく叩く。お味噌汁も飲みたいなぁ、と私を見た瞳は結構眠そう。
うんうんと頷きながらラウールの話を聞いていると、徐々に呂律が回らなくなってきて、最後は寝たくなぁいと言いながら寝てしまった。まだ五分くらいなのになあ、と思って、さらさらの彼の髪を撫でた。
私より年下の彼は、きっといつかは私のことを好きじゃなくなるのかもしれない。私よりずっと素敵な人を見つけて、いなくなってしまうのかもしれない。その確証はないけれど、彼に言ったら怒られてしまうかもしれないけれど、そうなってしまうんだろうな、と考えるときがあった。
ずっと一緒にいられるとは限らないから、だから今の彼を大事にしようと思える。思い出したときに、幸せだったと思えるような、そういう時間にしたいと思った。
そんなことを考えながら、彼の健やかな寝顔を見ていると、私も眠たくなってくる。おやすみ、と小さく呟いて、いい夢が見れますように、と彼のおでこにキスをした。それから、明日の朝ごはんは彼の注文通りにしてあげようと思って目を閉じた。
いや、ラウールは子供なんかじゃなくて、ちゃんとした私の恋人だけど、やっぱりどこか幼い部分がある。私の方が年上だから、とか、ラウールが末っ子だから、というのもあるのかもしれないけれど、それ以上に私はラウールに弱かった。
「今日は寝たくない!」
拗ねたような顔をして抗議する恋人に、そうかあ、と曖昧に返事をして、ちらりと時計を見ると、まだ二十二時半。まあ、私が寝るにはまだ早いけれど、この子供が寝るのには十分な時間。ソファの真ん中を陣取って頬を膨らませるのを見て、今日は寝かしつけコースだなと思いながら、キッチンに向かった。
温かいものでも飲ませて、お腹をとんとんしてあげれば寝るかな、と思ってレンジで牛乳を温める。リビングに戻ってマグカップを渡すと、ラウールはパッと笑って、やったあ、と声を上げた。さっきまで拗ねていたのに、今は嬉しそうにホットミルクを飲んでいて、ちょろいなあとは思うけれど、それすらもかわいく見えてしまうから仕方ない。案外私もちょろいんだなと思って隣を見ると、温かくなって眠くなってしまったのか、かわいい恋人が小さく欠伸をしたので、とりあえず見なかったことにした。
小さくテレビを流しながら、ソファでくっついていると、ラウールが私にすり寄ってくる。大きな身体を小さく丸めて、どうにか私の肩に頭を預けようとしているのが、すごくかわいく思える。なんとか納得のいく位置まで身体を動かしたラウールは、ねえ、と私に話しかけた。
「今度のデートさ、映画観に行かない?」
観たい映画あるんだ、と言いながら、長い腕でスマホを取って、私に画面を見せる。どれどれ、と覗くと、ラウールが好きそうなラブストーリーの映画だった。
「いいよ」
ラブストーリーは別に好きじゃないけど、たまには恋人に付き合ってあげるのも良いかな、と思って頷いた。やったあ、と喜ぶラウールを見たら、まあ映画くらい付き合ってあげても良いかな、と思えた。
「じゃあさ、こないだ買ったお揃いの服着ようよ」
待ち合わせは外でして、あのカフェも行きたい、それと、キャラメルポップコーンも食べたいな。そう言って私の手を握るラウールは、随分浮かれている。恋人になってしばらく経つけれど、まだまだ私を好きでいてくれるんだな、と思うと、やっぱり嬉しい。私も好きだよ、という気持ちで彼の手を握り返すと、大きくて温かかった。
マグカップを片付けて、手を拭きながらリビングに戻ると、ラウールはスマホで電車の時間を調べていた。浮かれてるなあと思うけれど、当日のコーデを考えてる私もきっと浮かれている。楽しみだな、と思いながら時計を見ると、二十三時を少し過ぎていた。
「ベッド行くけど、どうする?」
ここで起きててもいいけど私は寝るよ、と声をかけると、すぐに、おれも行く!とくっついてきた。大きな身体を曲げて、私の背中にすり寄るラウールはまるで大型犬。寝室の間接照明を点けて、ベッドに二人して転がると、あははと無邪気な笑い声がした。
「もしかしてお布団干した?」
気持ちいね、とベッドの上で目を瞑るラウールに、このまま寝てくれないかな、とふかふかの布団を被せると、ねえねえ、と内緒話をするように袖を引かれた。
「このまま朝まで喋ってようよ」
そんなうるうるの瞳で私を見たって、それだけは聞いてあげられない。私はあなたと違って徹夜が出来ない身体になってしまったので。
うーんと曖昧な返事を返しつつ、少しくらいはそのわがままを聞いてあげようと思って、じゃあ明日の朝ごはん何がいい?と話しかけた。
「そうだなあ、ご飯とぉ、卵焼きとぉ、」
喋ってもらえると思ったのか、うきうきで話し出すラウールのお腹をとんとんとやさしく叩く。お味噌汁も飲みたいなぁ、と私を見た瞳は結構眠そう。
うんうんと頷きながらラウールの話を聞いていると、徐々に呂律が回らなくなってきて、最後は寝たくなぁいと言いながら寝てしまった。まだ五分くらいなのになあ、と思って、さらさらの彼の髪を撫でた。
私より年下の彼は、きっといつかは私のことを好きじゃなくなるのかもしれない。私よりずっと素敵な人を見つけて、いなくなってしまうのかもしれない。その確証はないけれど、彼に言ったら怒られてしまうかもしれないけれど、そうなってしまうんだろうな、と考えるときがあった。
ずっと一緒にいられるとは限らないから、だから今の彼を大事にしようと思える。思い出したときに、幸せだったと思えるような、そういう時間にしたいと思った。
そんなことを考えながら、彼の健やかな寝顔を見ていると、私も眠たくなってくる。おやすみ、と小さく呟いて、いい夢が見れますように、と彼のおでこにキスをした。それから、明日の朝ごはんは彼の注文通りにしてあげようと思って目を閉じた。
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