ウェブ再録「春眠」

夜の首都高速が好きだ。小さくハイウェイラジオをかけながら夜の街の中を走ると、不思議と色んなことがどうでも良くなってくるから。日常の中の小さなストレスや、職場への不満や、恋人の愚痴。地球規模で考えると馬鹿みたいにちっぽけなことが、車のスピードに溶けて、消えていく。赤いテールランプを光らせて、ハイスピードで駆け抜ける時間が私には必要で、そして好きだった。
出掛けるのは大抵、二十二時半過ぎ。夜ご飯も食べ終えて、だらだらとテレビを見てから車を走らせるという、私にとっては最高に贅沢な時間。でもそれを邪魔するやつが、私の恋人だった。
私が組み立てたソファに寝転んで、ぼーっとテレビを見てるのが私の恋人。別に同棲をしている訳じゃない。恋人である翔太が入り浸っているという方が正しい。人がいると中々自由に出歩けないし、それに一緒に行くか聞かなければいけないというのも面倒くさい。
行かないという選択肢もあるけれど、今週の私は仕事に家事に恋人の面倒に全部を頑張ったので、どうしてもドライブに行きたい。ただ、無言で出る訳にもいかないから、渋々、翔太も行く?と尋ねた。
普段、翔太も行く?と尋ねると、八割は「寝る」と答える。残りの二割の内訳としては、「もう遅いからやめとけば」が一割、無言で助手席に乗ってくるのが一割。頼む、来ないでくれ、と内心手を合わせると、ちらりと私を見た後、のそのそとソファから立ち上がった。私は、ああ今日は着いて行きたい日なんだな、と諦めるしかなかった。
助手席に乗り込むと、早速サンダルを脱いで寛ぎ始める。膝を抱えて座る姿はちょっと子供っぽい。それを横目で見てから、私は静かに車を発進させた。

好き、なんだろうと思う。面倒見るのは嫌いじゃないし、尽くすのも嫌いじゃない。年下好きなんて言われたくはないけれど、私のお節介を発揮できるのは、やっぱり年下だった。
手がかかる子ほどかわいいと良く言うけれど、世話を焼かれてるときの翔太ほどかわいいものはなかった。料理も洗濯も出来ないし、ヘタレなところもあるけれど、やっぱり私は翔太のことが好きだった。
じゃあ逆に、翔太は私のことが好きなんだろうかと考えると、それは分からなかった。面倒を見てくれるから一緒にいるのか、私が好きだから一緒にいるのか、正直分からない。口数が多い訳でも、スキンシップが多い訳でもないから、余計に分からなかった。現に今も、窓の外ばかり眺めて一言も喋っていない。これでも私は好きなんだけどな、と思うと、少しだけ切なくなった。

「コンビニ寄っていい?」
漸く喋ったかと思えばこの台詞。まあいいけど、と思いながらウインカーを点けると、財布忘れた、と呟くから、危うく舌打ちをするところだった。
仕方なく財布を渡して、コンビニの駐車場に停める。数分もしない内に戻ってきた翔太は、温かいペットボトルを私に差し出した。ありがとう、と言うと、うん、と呟いて、また窓の外を眺めだした。
翔太が買ってきたのはほうじ茶ラテ。私が好きなのは無糖のカフェラテなんだけどなあ、と思うけれど、せっかく買ってきてくれたんだし、それに夜だし、カフェイン入ってないのを買ってきてくれたと思えば許せる気がした。ほうじ茶ラテはちょっと熱くて、甘かった。

それから家に帰る道のりも、ぼんやりと窓の外を見ていた。途中であくびをし始めたなと思えば、結局寝落ちして、マンションの駐車場で無理矢理起こすはめになった。子供じゃないんだから、流石に抱えて行くことはできない。シートベルトを外してあげて、肩を揺すると、眉根を寄せて身じろぎをした。
「私のこと、すき?」
思わず出た言葉だった。めんどくさい女だって思われたくなくて言えなかった言葉が、うっかり転げ落ちて、静かな車内に響いてちょっと虚しい。どうか聞こえてませんように、と祈った。
「おまえは?」
掠れた声が小さく聞こえて、はっとする。顔を上げて翔太を見ると、まだ目を瞑って寝たフリをしていた。こうやって、都合の悪いことばかり聞こえてたりするんだから、本当に無慈悲だと思う。無慈悲だと思うんだけど、聞くなら今しかないと思って、寝たフリをした翔太に返事をした。
「すき」
好きだよ。本当に好きなの。虫がだめでも、家具の組み立てができなくても、料理が下手くそでも、ビビリでも、私は翔太が好きだよ。
すき、と祈るように呟くと、ふっと笑った音がして、翔太が眠そうな瞳で私を見た。
「じゃあ、おれもすき」
何それ、じゃあって何なの、と思うけれど、好きって言われたことが嬉しくて、泣きそうになる。なにそれと呟いた言葉は、思ったよりも穏やかな色をしていた。

いっしょにねてよ、と寝ぼけたまま言われると断れなくて、仕方なく同じ布団に潜り込んだ。んふ、と変な笑い方をした翔太は、随分と満足そうに目を閉じた。
二人で寝るにはちょっと小さいセミダブルのベッドも、今日くらいはいいかと思えた。きっと今のことを覚えていない明日の翔太が、驚いて大声を出すんだろうけど、まあそれくらいいつものことだし、いいかと思えた。結局許してしまうんだろうけど、まあ、翔太が私のこと好きってことも分かったし、いいかと思えた。
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