ウェブ再録「春眠」

 かちゃかちゃとコントローラーを動かす音が響いて、大介がぶつぶつと何かを呟く。モニターに映るのは、今流行りのゲームの戦闘シーン。大介は食い入るようにモニターを見つめて、時々身体を揺らす。それをソファに座って見ながら、私は小さくため息を吐いた。
 彼のゲームへの熱中ぶりは、今に始まったことじゃない。だから、別に無視していても良いけれど、今日は何だかそういう気分じゃない。何となく構ってほしくて、ゲームじゃなくて私を見てほしくて、思わず口を尖らせた。つま先を丸めてみても、爪をいじってみても、彼は私に背を向けていて気付かない。あ、負けちゃったあ、と残念そうに呟いた彼は、私を見ることなく、もう一度ゲームを始めた。それを見て、私は不機嫌になる。嫉妬みたいな嫌な感情が顔を出して、止められない。彼の気を引く方法を、頭の中でぐるぐると考えて、一つだけ思い付いてしまった。
「おそろいのパジャマ着てあげようと思ったのに」
 思いついてしまったから、ちょっとくらい構ってくれたって良いじゃん、と当てつけみたいに呟いたら、思ったよりも拗ねたような声が出た。うっかり出てしまった本音に、揶揄われるかな、と恥ずかしくなって膝に顔を埋める。静かな部屋にゲームの音が響いた。
「…え!?」
 三秒きっかり黙った彼は、すぐに驚いたような大きい声を出したから、私も驚いて顔を上げる。え、え、それってマジ!?とか何とか騒ぎながら、手に持っていたコントローラーを放り投げて、ゲームなんてもうどうでも良いみたいな顔で私に詰め寄った。画面にはゲームオーバーの文字。彼はそれを見ることもなく、私の座る二人掛けのソファの隙間に身体を捩じ込んだ。
「着てくれんの?マジ?嘘じゃないよね?ね?」
 ぐいぐいと私に身体を寄せながら、彼はきらきらの大きな瞳で私を見つめる。その期待に満ち溢れた瞳から視線を反らせなくて、私は僅かに頷く。私の手を握った彼は、やったあ!と叫びながら、顔をくしゃくしゃにして笑った。
 彼は、私とおそろいのものを集めるのが好きだ。マグカップとか、洋服とか、靴下とか、スマホカバーとか。何でもおそろいにしたがる癖があって、私はそれを少し面倒に思うときもある。ペアルックとかは流石に恥ずかしすぎるし、人前で見せびらかすようにするのも苦手だし、だから私はわざとおそろいにしなかったりする。彼は頬を膨らませて拗ねるけれど、私はそれを見ないふりをしていた。
 冬になる直前くらいに、彼が買ってきたものがあった。有名なブランドの、もこもこのパジャマ。カップル用なのか何なのかは分からなかったけれど、サイズ違いのおそろいのパジャマだった。ふわふわもこもこの手触りのそれは、パーカータイプの上着にうさぎの耳が付いていて、下はショートパンツ。薄いピンク色をしていて、何と言うか、彼の趣味丸出しで、少なくとも私の趣味ではなかった。一回で良いからさ、着てみてよ、と何度もお願いされたけれど、流石に恥ずかしくて、クローゼットに仕舞ったまま、結局一回も着ていない。
 着る気は正直なかったんだけれど、大介があんまりゲームばっかりしているから、久しぶりにゆっくりできるのに構ってくれないから、つい、着てあげようかな、なんて言ってしまった。大介のきらきらの目で見つめられて、ちょっと後悔する。でもうっかり頷いてしまったからには、多分逃げられない。やっぱり大人しく諦めればよかった、と思うものの、大介にしっかりと手を握られていて逃げられなかった。
「着るから、ちょっとどいて、」
 身体をのけ反らせながらそう言うと、大介が、嬉しい、と言いながら私の頬にキスをしたから、馬鹿みたいに恥ずかしくなった。ゲームの電源落とすから待ってて、と言われて、私は熱い顔を抑えて頷く。いつもより雑に電源を落とした彼は、すぐに寝室へ飛び込んで、例のパジャマを持って戻ってきた。
「おれも着るわ!え、まって、めっちゃ嬉しいんだけど!」
 今すぐ飛び跳ねそうなくらいにテンションの上がった彼は、なぜか私の目の前で服を脱ぎ出した。綺麗に筋肉のついたお腹が見えて、反射的に目を瞑る。ごめんごめん、と笑いながら謝った彼のお腹に軽く拳を当てて、私はパジャマを持って脱衣所に逃げ込んだ。
 改めて見ると、可愛いデザインだなあ、と思う。趣味じゃなくてもそう思ってしまうくらいには可愛くて、ちょっと気後れする。似合わない気もしてきたけれど、意を決して袖を通してみると、ふわふわの生地の感触に驚いて声が出た。ふわふわで気持ちいい。まだあ?と扉の向こうで声がしたから、急いでショートパンツともこもこの靴下を履いて扉を開けた。
 青色のパジャマを着た彼が、満面の笑みで私を出迎えて、最高じゃん!と声を上げる。彼が動くたびに、うさぎの耳が揺れて面白い。側から見たらバカップルにしか見えないんだろうなあ、と思って苦笑した。
「抱きしめさせてよ」
 そう言った彼は、私の返事を待つことなく、両手を広げて飛びついてきた。思いっきり抱きしめられて、ちょっと苦しい。ピンク色の髪の毛が首筋に当たってくすぐったい。ああもう何やってんだろう、と思いながら、口角が上がる自分がいた。
「ちょーかわいい!」
 突然大声を出したかと思えば、ふわりと身体が浮いて焦る。軽々と私を抱き上げた彼は、踊るようにして寝室に向かった。視界が揺れて驚きながら彼の身体にしがみつくと、彼の特徴的な笑い声が聞こえた。やわらかい衝撃と一緒に、ベッドに雪崩こむ。私を抱きしめたままベッドに寝転がった彼は、またアハハと声を上げて笑った。
「おそろいのパジャマ、憧れだったんだよね」
 だからめっちゃ嬉しいの、と目を細めて笑う彼に、胸がキュンとする。彼の腕に抱きしめられて、顔が熱くなる。惚れた方の負けとはよく言うけれど、まさにその通りだと思った。
 もうこのまま寝ちゃおう、と言って、彼がリモコンで電気を消す。間接照明だけになると、途端に彼の表情が分からなくなった。好きだよ、おやすみ、といつものように彼が言う。いつも素直になれないからたまにはと思って、好きだよと呟くと、おれはだいすき!と彼が弾けるように笑ったのが分かったから、照れくさくなって、彼の胸に顔を埋めた。目を閉じて、彼にすり寄ると、満足そうに彼が笑ったから、まあたまにはこういうのも悪くないかなと思った。
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