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「アルハイゼン、これは?」

 朝出掛けた時にはなかった紙袋をキッチンで発見したカーヴェは、それを買ってきたであろう本人、アルハイゼンに向かってそう声を掛けた。

 キッチンにあるのだから、おそらく食品なのだろう。けれどこんな風に買ってきたものを放置しているのは、アルハイゼンらしくない気がした。いつもならサッサと自分だけで食べてしまって、同居人へのお裾分けなどしない男なのだ。

 風呂上がりなのか、タオルで濡れた髪を拭いながら現れたアルハイゼンは、カーヴェが手にした紙袋を見て言った。

「コーヒー豆だ。残りが少なくなっていたからな」

「君、また僕のコーヒーを勝手に飲んだのか……。まぁいいけど……。というか、君が豆を買ってくるなんて珍しいな」

 勝手に消費されていたのは問題だが、補充してくれるなら不問にしてやろう。せっかく買ってきてくれたのだし、さっそく淹れてみようか。
 焙煎したての豆の匂いを期待し、ワクワクと紙袋を開封した瞬間、カーヴェの動きはピタリと止まった。

 中身はたしかにコーヒー豆だ。2人で飲み比べをし、一番美味しかったと意見が一致したものが入っている。
 しかし、それだけではなく。

「これ……どうしたんだ?」

 そっと取り出したのは、白い陶器のコーヒーカップだ。金の縁取りや装飾が施されているカップは、取手まで凝っている豪華なもので、ただ眺めていたくなるほど美しいデザインだった。

「あぁ、それか。気に入ったなら使うといい」

「使うといいって、でもこれ……」

 どう見ても『今だけ!コーヒー豆を買った貴方にプレゼント!』などという粗品には見えない。いつもの店でそんなサービスはやっていないし、何より普段使い用だとは思えない華美な品なのだ。
 これだけ細かい装飾が施されていれば、それなりに値が張るものだというのも想像に容易い。
 そんなものが紙袋の中に乱雑に入れられていた。しかも、ひとつだけ。

「君が使うつもりで買ったんじゃないのか?」

「俺が使うと思うか」

「そりゃまあ……思わないけど……」

 カーヴェが同居し始めた当初、アルハイゼンの家にあった食器の数々は、それはそれは味気のないものばかりだった。食事は目で楽しむことも重要だと考えるカーヴェにとって、食器も大切な要素なのにと憤慨したことを覚えている。
 その際に食器を買い換える、買い替えないで一悶着あったものだから、アルハイゼンがこういったものに興味がないのはわかっていた。わかっているからこそ、じゃあどうして、と考えてしまう。

「君が使わないとしても、じゃあ僕が、とはならないよ。これはとてもいい品だ。普段使いには向かないし、君が特別な時に使えばいいんじゃないか」

 うっかり割ってしまうのも怖くて、慎重な手付きでカップをアルハイゼンに渡そうとした。……のだけれど。

「なら今日、君が使えばいい」

「は?」

 受け取らないどころか、不機嫌そうな顔でキッチンから立ち去ろうとする。

「ちょっと、待っ……、え、今日って、今日……?」

 今日は僕の誕生日だ。けれど、まさか。

「誕生日プレゼント……、なのか?」

 まさかと思いながらも口にすれば、去り際のアルハイゼンから舌打ちが返ってくる。カーヴェが呆気に取られているうちに、そのまま自室に引っ込んでしまった。
 キッチンに取り残されたカーヴェは、信じられない気持ちで立ち尽くしている。

「ええ……? 本当に……?」

 あのアルハイゼンが……?

 改めてカップに目をやる。プレゼントなら納得できる品物だ。それくらい、カーヴェ好みのデザインだった。
 それならそれで言ってくれればいいのに、わざわざわかりにくいよう、紙袋に乱雑に入れていたのはどうしてだ。

「ちゃんと言ってくれないと、お礼だって言えないだろ……」

 そう言いながらも、頬が緩んでいくのを自覚した。素直じゃない後輩の、わかりにくい贈り物。
 こんなの、喜ぶなっていうほうが無理だろう。

「……よし」

 とっておきのコーヒーを淹れよう。いつもより丁寧に、美味しく淹れてやる。カップに見合うよう、特別な味になるように。
 湯を沸かし、お気に入りのミルを用意する。美しいデザインのカップと、装飾もないシンプルなカップも並べて用意した。

 アルハイゼンの誕生日には、同じように美しいカップを贈ろう。二人一緒に特別な日のコーヒーを楽しめるように。
 そう決意すると、知らずまた頬が緩んでしまった。

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