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自分でもおかしいとわかっていのに、どうしても抜けない感覚がある。
相手は体格も態度も大きい成人男子だ。愛想はないし、口を開けば嫌味ばかりだし、可愛さのカケラもない。
それなのに何故か、どうしようもなく『可愛い』と思ってしまう時がある。
我ながら恐ろしい。どんな脳内バグが起これば、あんな可愛げのない男を可愛いと思えるんだ。自分でもわからない。
けれど頭でそう思っていても、感情はままならない。きゅっと心臓が絞られるような、どうしようもなく撫でてやりたい衝動に襲われるときがあり、自分でもどうすればいいのかわからないのだ。
原因はそれなりにわかっている。まだ学生だった頃、アルハイゼンは僕よりも背が低く、可愛げのある少年だった。容姿が整っているのは今もだけれど、昔のアルハイゼンはどこから見ても美少年と言える容姿で、可愛いげのない態度ですら一部も隙もなく可愛かった。よくよく考えれば性格は今と大差がないのだけれど。
僕はそんな可愛い見た目の後輩を、それはもう猫可愛がりした。何度も撫でたし、思いっきり抱きしめた回数も数えきれない。
共同研究を始めた頃にはアルハイゼンも成長期に入り、グングン背が伸びてしまったので、それまでのような接し方は改めたけれど。それでもふとした瞬間に、昔の感覚が蘇ってしまう。
ティナリに『アルハイゼンって、ときどきあざとくないか?』と聞いてみたことがある。答えは『大丈夫? 検査しようか?』だったけれど。
「だって……仕方ないじゃないか……。狙ってやってるだろって思うときもあるし……、特に下から見上げられると、昔を思い出してキュンとするんだ……」
「ほう」
「君だって仕方ないと思うだろ? 昔のアルハイゼンは、本当に可愛かったんだ。僕は彼の容姿を好ましく思っていて、叶うのならあの頃の彼をもう一度撫でてやりたいと思っている」
「時間を戻すなどということは、物理的に不可能だ」
「そんなのわかってるよ! でも今のアルハイゼンにそんなこと、できないだろ!?」
「やりたいならやればいい」
「やればいいって……」
…………ん? 僕は今誰と会話しているんだ?
「どうした。可愛がりたいんだろう」
目の前に、育ち切った後輩がいる。ソファで酒を煽っていた僕の前に跪き、まっすぐに見上げてくる。
「カーヴェ先輩?」
そう言って小首を傾げる姿に、心臓がキュッと絞られるような心地がした。
「う、ううぅあぁ……っ!」
それまで手にしていた酒瓶を放り投げ、思いっきり目の前の男を抱き締める。
硬いし、デカいし、昔とは大違いだけれど。
「アルハイゼンんん……」
名前を呼びながら頭部に頬をスリスリと擦りつければ、大きな手が僕の背中に回った。
「見上げられるのが好きなのか?」
「……うん」
軽々と持ち上げられ、アルハイゼンの腿に座らせられる。なんという安定感だろう。安心する。
「君がそんな風に思っていたとは知らなかった」
「だって……、悔しいだろ」
「何が?」
「僕ばっかり、君を好きみたいで……」
言った瞬間、唇に何かが触れた。
「な、に……?」
「お互いの認識に大きな差異があるのは理解した。今からその差を埋めようと思うのだが、構わないか?」
「それ……、僕が嬉しいこと……?」
「どうかな。嬉しかったかどうかは、酒が抜けてから聞かせてくれ」
ゆっくりと傾いた視界のせいで、見下ろされる形になってしまった。けれどどういうわけか、この男が可愛いと思う感覚は抜けなかった。