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カーヴェという男は、時折先輩風を吹かせたがる。
「アルハイゼン! 遠慮せず僕に甘えるといい!」
リビングで読書をしていたら唐突に放たれたこの発言も、そういう考えからくる発言なのだろう。『頼られたい』とでも思った、というところか。
「……すでに充分甘えていますよ、カーヴェ先輩」
口論するのも馬鹿らしく、流すために適当な返事をした。だがさすがにこの適当さでは、誤魔化せないこともわかっている。
「わざとらしい敬語を使うな! 絶対に思ってないだろ、そんなこと!」
案の定、不機嫌顔で食い下がられてしまった。面倒だと思いながら、大きなため息を吐きつつ訊ねる。
「それで? 甘えると言っても、具体的にはどんなことを?」
お互いにいい大人で、男同士で、甘えろと言ってくること自体が意味不明だが、具体的にどのような甘え方を想定しているのかだけは気になった。
「それは僕が考えることじゃないだろう!」
自信満々の口調で言い切られ、思わず舌打ちしてしまう。
「態度が悪いぞ、君は!」
カーヴェは口をへの字にして説教しているが、そんなものに怯む性格ではない。少し考える素振りを見せたあと、口を開いた。
「……甘えていいのなら、ひとつ『お願い』があるのだが」
そう切り出せば、さっきまでむくれていたカーヴェの顔が輝く。なんともわかりやすい変化だ。
「なんでも言うといい! 僕は君の先輩だからな!」
内容を聞く前から安請け合いとは、何度も騙されているはずなのに、学習能力がないのだろうか。
呆れ果てながらも、望み通り甘えてやることにする。
「なら書斎にまとめてある本を、知恵の殿堂へ持って行ってくれ」
「…………は?」
「聞こえなかったのか?」
書斎に不要な本をまとめているのだが、運ぶ時間が取れず、積んだままの状態になっていた。そこそこの量があり、カーヴェが運ぶとなると、けっこうな肉体労働になるかもしれない。
しかし本人が甘えろというのだから、存分に甘えさせてもらうことにした。
「え、聞こえたけど……、それは甘えるってこととは違うだろ?」
「そうか? 俺が誰かになにかを頼むのは、稀なことだと思うが」
「それはたしかにそうだけど……」
「それとも君は、自ら具体案を提示しなかったにも関わらず、俺が考えた『甘え』を否定する気か? 『甘えろ』と言いだしたのは君なのに、自分が気に入らなければ認めないとでも? 随分と自分勝手な言い分だ」
「まだなにも言ってないだろう!」
畳み掛けるように責めれば、予想通りに食って掛かってくる。そしておそらく次の発言は、
「わかった! それが君の甘え方なら、僕が本を運んでやる!」
そう言って、足音を響かせながら書斎へ向かった。
「……クッ」
その後ろ姿に思わず笑いがこみ上げる。本当にわかりやすくて、期待を裏切らない。
「ちょ、これ多くないか!?」
弱々しい声が聞こえてきて、本格的に笑ってしまいそうだった。四苦八苦している姿を眺めながら、聞こえない程度の声量で呟く。
「甘えているというのは、本当なんだがな」
本人に伝える気はないけれど、さっきの発言は嘘ではない。好きに振舞っていても愛想を尽かさないカーヴェに甘え、不要な挑発をしてくだらない口論を楽しんでいるのだから。
目まぐるしく変わる表情を見たいがための行動で、相手がカーヴェでなければできないことだし、カーヴェでなければ意味がない。
いろんな表情が見たいなどという欲求が、どんな感情からくるものかは理解している。だからこそ、
「いつまでも甘えてばかりいる気はないが」
アルハイゼンが態度を変えたとき、カーヴェがどんな反応をするのか。
楽しみは、もうしばらく取っておこうと思っている。