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 軽い衝撃とともに、低音の聞き慣れた声が降ってきた。

「眠るなら寝室へ行ったらどうだ」

「んあ」

 衝撃の正体は、アルハイゼンが僕の寝ていたカウチを蹴ったせいらしい。

「大建築家様はよほどお疲れのようだが、そんな場所で寝ていたら疲れも取れないだろう」

「うぅー……そんなこと、わかってる……け、ど……」

 返事をしながらも、意識が遠退いていく。大掛かりな建築図案を仕上げたばかりで、二日ほど寝ていないのだ。依頼主の承認を得て帰宅した瞬間、床で寝落ちる失態だけは回避したけれど、崩れ落ちるように眠ってしまった。その上無理やり起こされたせいで中途半端な覚醒になってしまい、正直まだまだ寝足りない。

「もう少し……寝かせて……、くれ」

 そう言って寝直そうとしたら、ふいに身体が浮き上がった。驚きのあまり、眠気も吹き飛びそうになる。

「なっ、なにをする!?」

 脱力していた身体が、あっという間に持ち上げられていた。腹部を肩に預ける体勢で担がれて、そのままスタスタと運ばれていく。

「放置したら明日になって身体が痛いだの風邪をひいただの言いだすのが目に見えている。ならば実力行使したほうが、後で余計な手間が掛からない」

「手間って、君ねぇ!」

「前々から思っていたが、君は自分の体力を過信していないか。ただでさえ体力がないのに、君は君が思うほど、もう若くはない」

「な……っ!」

 確かにここ数年、自分の体力が落ちているのは実感している。筋力がないのは昔からだし、そのあたりは相変わらずという話なのだが、明確に影響が出ているのは徹夜をした時だ。二十代の半ばを過ぎたあたりから、徹夜明けのリカバリーが遅くなったと感じている。

 けれど『若くない』と言われるほど老けてはいない。アルハイゼンより二歳年上なのは事実だが、見た目だけなら同い年にだって見えるはずだ。
 そう文句を言おうとしたけれど、運ばれた先がアルハイゼンの部屋だと気付いた瞬間、悪態もつけなくなってしまった。

「あ……、アルハイゼン……? あの……」

 もしかして、『する』つもりなのだろうか。確かにここしばらく仕事に忙殺されてご無沙汰だったけれど。その間ろくに相手をしなかったことは、曲がりなりにも恋人として申し訳ないとは思うけれど。
 でもだからと言って今の状態でアルハイゼンに抱かれたりしたら、寝落ちではなく気絶してしまうかもしれない。

「安心しろ。そんな状態の君をどうこうするつもりはない」

「え……」

 それならどうして、アルハイゼンの部屋に連れて来たのか。

「するつもりはないが、君を抱き締めて眠るくらいはいいだろう?」

「……っ」

 不覚にも、心臓が高鳴ってしまった。だってこれは、とどのつまり少しでも触れあっていたいという訴えだ。普段はまったく可愛げのない男なのに、唐突に心臓をわし掴むような発言をするのはやめてほしい。

「し、仕方ないな……。そんなに言うなら、添い寝してやらなくもない」

「……それはそれは、寛大な御心に感謝する」

「絶対思ってないだろ、それ!」

 くだらないやり取りをしながら、優しくベッドに降ろされる。言葉とは裏腹な扱いに、なんだかんだで悪い気はしない。
 アルハイゼンが僕の髪に手を差し入れ、ヘアピンをひとつひとつ外していく。編み込んだ髪を解していく指が地肌に触れるたび、少しだけ身体が震えそうになった。
 けれど変な気分になるよりも先に、遠退いていた眠気が帰ってくる。触れられるのが気持ちよくて。労わられるのが心地よくて。すぐそばに温かい体温を感じられるのが、愛おしくて。

「たまには、こういうのもいいかもな……」

 僕がぽつりと零した本音に返された言葉は、微睡む意識の向こう側。内容は聞き取れなかったけれど、きっと同意する言葉だったんじゃないかと思う。
 でなければ、充分な睡眠から目覚めたあと、僕のベッドを処分しようとするアルハイゼンはいなかっただろうから。

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