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「君はいつもそうだ! そんなに僕が気に入らないなら、ハッキリ言えばいいだろう!」
カーヴェはそう言って席を立ち、同席していた男を睨む。
怒声を浴びせられた男、アルハイゼンは、怒りをあらわにするカーヴェを前に、別段反応することもなくグラスの酒を煽っていた。
「返事もしない気か……」
そんな態度を受け踵を返した後ろ姿に、もう一人の同席者が声を掛ける。
「どこへ行くんだい」
「手洗いだ!」
出入り口とは逆方向へ向かうカーヴェを見送り、もう一人の同席者、ティナリがため息を吐いた。
「君たちの口喧嘩はいつものことだけど、今日は特に酷いね。虫の居所でも悪かったのかい?」
たまたま教令院に用があり立ち寄ったスメールシティで、さらにたまたま友人と顔を合わせたとなれば、食事でも一緒にという流れになるのは自然なことだっただろう。
二人に声を掛けたときは険悪という雰囲気でもなかったのに、気付けばこの状態である。
「いつも通りだ」
「いつも通りって……、いつもあんな風にカーヴェを怒らせているの?」
実のところ、ティナリがこの二人と相対する機会はそれほど多くない。カーヴェ単体だったり、セノがいたりで、三人というのは珍しかった。
カーヴェから愚痴を聞くことだけは多々あったけれど、ここまでだったなんて。
「ねぇ、実際のところ、君はカーヴェが嫌いなの?」
ティナリのストレートな質問に、アルハイゼンが手にしていたグラスをテーブルに置きながら答える。
「俺が嫌いな人間と暮らせると思うか」
至極簡単で、わかりやすい回答だ。
「さっきそう言ってあげればよかったのに」
そうすれば、あそこまで怒らせることもなかっただろう。カーヴェを嫌っていないなら、わざわざ険悪になるよう振る舞う理由がわからなかった。
「カーヴェだって君の態度が柔らかければ、喧嘩腰になんてならないと思うけど」
わざわざ喧嘩がしたい理由。そんなもの、あるのだろうか。
「……誰にでも向けられているものには興味がないからな」
「……は? どういう意味?」
「そのままの意味だが」
ティナリが真意を測り兼ねていると、離席していたカーヴェが戻ってきた。顔でも洗ってきたのか、わずかに髪が濡れている。
「ティナリ、せっかく会えたのにすまないが、僕はこれで失礼するよ」
「え? あぁ、うん。いきなりだったし、予定もあるだろうから構わないよ」
ティナリの返事を聞くなり、アルハイゼンには一瞥もくれないまま店を去るカーヴェ。顔には隠しきれない怒りが見て取れて、冷静にはなれなかったのだと伺える。
「あーあ……。あんなに怒らせて」
咎めるように言うけれど、アルハイゼンは表情ひとつ変えずに残りの酒を飲み干した。
「俺だけに向けられる感情なら、何でもいいんだ」
空になったグラスを指で弄びながら、そう呟く。
「え……?」
「……酒のせいか、少し喋りすぎたな。俺もこの辺りで帰るとしよう」
「あ、うん……」
しばし呆然と店の扉を眺めていたティナリだか、ようやく言葉の意味が飲み込めてきた。
「…………自分一人に向けられる感情なら、怒りでも構わない……?」
カーヴェはお人好しだ。愛想だっていいし、彼が笑顔を振り撒く相手は五万といるだろう。
だから笑顔はいらない。自分だけに向けられるものが怒りでも、それが唯一なのだとしたら……、
「ダメだ。これ以上考えるのは止めよう…………」
あまりにも捻くれた思考回路に、眩暈がしそうだ。
アルハイゼンが置いて行った二人分の食事代を手に、会計へ向かうことにした。
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