1話
校舎を出ると、夏姫の表情が明るくなった。
「ねえ、早苗!今から喫茶店でも行かない?」
「…え?夏姫、私を待ってる人というのは…?」
先程、椿姫を説得するのに夏姫は、「早苗を待ってる人がいる」と言ったはずだ。
しかし今、喫茶店に誘われたということは……。
「あれって、嘘!?」
「しーっ!早苗声大きい!」
早苗の唇を人差し指で制して、夏姫は裏門へと足を進めていく。
「ねえ夏姫、ここは裏門なのだけれど?さっきの話が嘘でも、堂々と正門から帰れば…」
いいじゃない、と続けようとした言葉に、夏姫は再び人差し指を早苗の唇に押し付けた。
「良いこと、早苗!正門にはたしかにあんたへの客はいた!でもその人軍人だったの!軍があんたに何の用があるっていうのよ!」
綺麗な顔を思い切り歪ませて夏姫が言う。
夏姫は母方はこの国の貴族で、父方は外国の貴族という血が流れている。
そのせいか、小さい頃は何とも苦労したと聞くし、その時の影響で軍人が嫌いになったとも聞く。
詳しいことは何もかしらないが、夏姫が筋金入りの軍人嫌いだということだけはわかっていた。
「……もう、今回だけだからねっ!」
念を押すように早苗が告げて、喜ぶ夏姫が一歩踏み出そうとすると、早苗の手に違和感があった。
誰かが早苗の手を握っているのだ。
「もう、夏姫ったら。こんなことしなくてもちゃんと着いてくわよ」
手を握っているのが夏姫だと判断した早苗が少し呆れながら呟けば、「え?」と前方から夏姫の声がした。
前方にいる夏姫は風呂敷を両腕で抱え込んでいて、手なんて繋がる状態にない。
ーーーでは誰が?
そう思い早苗が自分の手を見つめると、真っ白な手袋に包まれた厚みのある手がそこにはあった。
徐々に顔を上げていけば、軍服を身に纏い、眼帯をした少年が早苗を静かに見下ろしている。
「…………げっ!」
ぼんやりと違いが互いを見つめる中、最初に声をあげたのは夏姫だった。
「ちょっと!あんた離れなさいっ!」
いち早く二人が手を繋いでることに気づき、その手を離しにかかる。
思い切り二人の手を離して、夏姫は自分の背後へと早苗を匿った。
「軍人さんが、何の用かしら?」
「軍事機密で言えないが、御巫早苗に協力して欲しいことがある」
「お断りですーっだ!」
舌べろを出して夏姫は少年に言った。
「だいたい、軍人が早苗に用があるなんておかしいでしょ?何があったのかは知らないけれど、早苗を危ないことにはまきこまないでくれますか!」
そう言いのけた夏姫の瞳には明らかに軍人敵視の光が宿っている。
「軍人が、というより正確には我々の所属する班からの依頼だ。君に訳して欲しいものがある」
「そう言って、早苗を危険なことに巻き込むんでしょ?」
ムムムッと眉間に皺を寄せて夏姫が言えば、少年は盛大にため息をついた。
「用があるのは御巫早苗だけだ。君は下がってもらおうか?」
少年に冷たい目で見下され、夏姫の機嫌はさらに悪くなる一方だった。
「とりあえず、話だけなら聞きますよ?」
不意に早苗が声を出せば、夏姫の顔が見るからに歪んでいくのがわかった。
「ごめんね、夏姫!喫茶店はまた今度行こうね!」
ギュッと夏姫を抱きしめていえば、「今回だけだからね」と返事があった。
「では、行こうか」
少年に促されるまま正門へと向かい、馬車に乗り込んだ。
これが、全ての始まりだとも気付かずに……。
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