1話
げっそり、今の早苗の顔を文字で表すとすれば、その一言に尽きるだろう。
ーーー長い、長い戦いだった。
放課後、直接教員室に赴いた早苗を待っていたのは怒りを露わにした椿姫だった。
それでも、早苗を椅子に座らせてから説教を始めようとする椿姫は、優しいところもあって、早苗は嫌いにはならなかった。
まあ、嫌いになるならない以前に彼女の顔をそこまで歪めたのは早苗なのだが。
「良いですか、御巫早苗さん!」
そして何時もの通りの説教が始まった。
「良いですか、御巫早苗さん!」に始まり、「私の授業となると毎度居眠りか内職をするのをおやめなさい」に続き、「そもそも明治の女性にあるべき姿とはーーー…」で佳境を迎え、「その調子では貰い手が見つかりませんよ!」で終わる。
何度も経験してわかる、何時もの椿姫の常套句だ。
この明治の時代に女学生をしているものの大半は花嫁修行に来ているようなもので、それ以外だとまだ前例はあまりないが真剣に大学を目指すものもいる。
つまり、花嫁修行に来ているものにとっても、真剣に学びに来ているものにも、早苗の行動はあまり良くは映らないと言いたいのだ。
ただ、早苗の場合は特例として許されていることがあり、締め切りが近くなると一気にやってしまおうとするため、教室でやらなければならなくなる。
それが早苗の女学生とは別の姿だった。
「聞いてるんですか、御巫早苗さん!!!」
再び響いた金切り声に「聞いてます」とだけ返して、早苗はどうにかして完全下校時刻にならないものか、と思案していた。
勿論、早苗とて自分が悪いことをしていたと言う認識はある。
だから怒られているのだと言うこともわかる。
けれど、椿姫の説教はいちいち長いのだ。
「そもそも明治の女性にあるべき姿とはーーー……!」
佳境に入る言葉を椿姫が言いかけた時、
「失礼します」
教員室の扉がノックされ、引き戸の向こうには太陽に反射された黄金の髪を持つ美少女がいた。
「あら、どうかなさったの御子柴さん?」
不意に声を落ち着かせて椿姫が尋ねれば、御子柴夏姫は申し訳なさそうに、椅子に座っている早苗の背後へと立った。
「ごめんなさいませ、椿先生。正門のところで早苗を呼んでいる方がいらしてて…」
「あら?そうなの?」
「多分、早苗さんに頼みごとをされた方だとは思うのですが、確証が持てなくて……」
困ったように眉を下げ、夏姫は言った。
「申し訳ないんですが、早苗さんを連れて行ってもよろしいでしょうか?」
その言葉に椿姫は少しだけ考え、そして「仕方ないですね」と返事をした。
「良いですか、御巫早苗さん!このままだと本当に嫁ぎ先がなくなりますからね!」
最後に念を押すように言うと、早苗は「申し訳ありませんでした」と謝罪を口にして、教員室を出て行った。