序章
美しい瓜型の目を歪めながら、姉は泣いていた。
田舎のどこにでもあるような小さな集落。
誰しもが顔見知りであるような、そんな集落に生まれた弟は、人とは違う色を宿してこの世に生まれてきてしまった。
翡翠と黄金を宿すその瞳は、明らかに家族の誰のものとも違い、弟のことを皆が疎ましげに思い、接していた。
しかし、姉は自分の下に出来た初めての弟をとても可愛がり、畑を耕すときも、山菜を取りに行くときも、弟と一緒にいた。あまり良くないことだとは姉自身もわかってはいたが、友達との誘いを断るときもあったほどに、弟と一緒にいることを望んだ。
やがて弟が五つになる頃、その日常を壊すものが現れた。
ーーーー人買いである。
弟の宿す珍しい色を気に入った人買いは、すぐに両親に交渉した。
どこにでもあるような田舎の小さな集落だ。
働き手として他所に奉公に出すこともできないならば口減らしに売ってしまえばいい、と言い始めたのは両親だったか、兄弟だったかはよく覚えていない。
ただ姉がその言葉に呆然としていた頃には話が纏まり、弟は人買いの元へと売られ、帝都に行くことになった。
「なにも、できなくてごめんね…」
瓜型の美しい瞳からぼろぼろと大粒の涙を流しながら、姉は言った。
何も出来ない。
そうだっただろうか。
こんな瞳を持ってしまったがために疎まれていた自分を、外に連れ出してくれた。
誰かに嫌なことを言われると、必ず姉が怒ってくれた。
自分の瞳の色が嫌だ、と言って泣いた日には必ず側に寄り添いながら「あなたのひとみはきれいよ」と言ってくれた。
姉は、いつだって優しかった。
人買いに手を引かれて、馬車に乗り込む。
嗚咽混じりの姉の声が、まだ外から聞こえていた。
「出してくれ」
人買いが馭者に指示を出す。
動き出す馬車の窓から、姉の姿が見えた。
そしてどんどん小さくなっていく姉の姿を眺めながら、弟は久方ぶりに涙を流した。
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