言葉(土方)
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ーー別れに、言葉は無かった。
いつもは少し窮屈に感じていたベッドが、一人になるとやけに広く感じられる。夢と希望が詰まっていたはずのこの場所が、今はまるで冷たい牢獄のようだ。
二人でただ穏やかに話をしていただけなのに。突如ピリリと変わった空気は棘となり、私を拒絶した。
直前まで重ねていた肌は、名残を惜しむこと無く離れ。怒りの理由も告げる事なく、静かに立ち去った彼がこの部屋に捨てたのは、使用済みのゴムとーー私。茫然と見送ってしまったけれど、どうしてあの時すぐに泣いて縋らなかったのか。今となっては全てが後の祭りだった。
一睡もできぬまま迎えた朝、遠くにカラスの声を聞きながら体を起こす。何もやる気が起きなくて、ただぼんやり窓の外を眺めていると、朝焼けが目にしみた。ポロポロとこぼれ落ちる涙がベッドに落ちて、シミを作っていたけれど、正直そんな事はどうでも良い。今はただ、感傷に浸っていたかった。
やがて涙も落ち着いた頃。玄関からカチャカチャと鍵を開ける音が聞こえた。驚いて視線を移せば、入ってきたのはーー。
「ひでェ顔してんな」
そう言いながら歩み寄ってきたのは、トシくん。ベッドのヘリに腰を下ろした彼は、私の頬へと手を伸ばした。
未だ頬に残っていた涙を指で拭い、困ったように笑った彼は、そっと私を抱き寄せる。もう二度と見られないと思っていたトシくんの顔を目の当たりにした上、この状況だ。私の思考は完全に停止してしまった。
「眠れなかったんだろ」
優しく髪を撫でながら、トシくんが言う。
「すまなかった」
「え……?」
「昨夜はお前が悪いんじゃなくてその……四方山話に、別の男の名が出たのが耐えられなくて……」
「トシくん……」
思わぬ告白に驚いて顔を上げると、トシくんの顔は真っ赤になっていた。
「男のヤキモチほど、みっともねェ物はねェな」
「ううん、嬉しい!」
バツが悪そうに言ったトシくんの言葉に、即座に答える。
「そんな風に思ってくれて、凄く嬉しいよ。ありがとう」
仲直りできるのは今しか無い。そう瞬時に判断した私は、力強く言葉を紡いだ。
「詩織……」
ホッとしたように私の名を呼び、ふわりと笑うトシくん。すると次の瞬間、掛け布団をガッシリと掴んだ。
「さみィ」と言って勢いよく布団をまくり上げ、ベッドに潜り込んできたトシくんは、私を抱きしめながら布団にくるまる。何度も私の頬に口付け、最後に唇にキスをしたトシくんは、小さく「あったけェ」と囁くと、そのまま寝入ってしまった。
きっと昨夜は私と同じく、眠れなかったのだろう。静かな寝息は深く、心底安心しきったもの。
ーー別れの、言葉は無かった。
初めから、別れなんて存在していない。あるのは強い思いと、優しい熱だけ。
「トシくん……」
小さく名を呼び、眠っている彼の胸にそっと額を押し付ける。規則正しい呼吸を直に感じ、安心の中で目を閉じた私は、いつしか深い眠りに落ちていた。
〜了〜
いつもは少し窮屈に感じていたベッドが、一人になるとやけに広く感じられる。夢と希望が詰まっていたはずのこの場所が、今はまるで冷たい牢獄のようだ。
二人でただ穏やかに話をしていただけなのに。突如ピリリと変わった空気は棘となり、私を拒絶した。
直前まで重ねていた肌は、名残を惜しむこと無く離れ。怒りの理由も告げる事なく、静かに立ち去った彼がこの部屋に捨てたのは、使用済みのゴムとーー私。茫然と見送ってしまったけれど、どうしてあの時すぐに泣いて縋らなかったのか。今となっては全てが後の祭りだった。
一睡もできぬまま迎えた朝、遠くにカラスの声を聞きながら体を起こす。何もやる気が起きなくて、ただぼんやり窓の外を眺めていると、朝焼けが目にしみた。ポロポロとこぼれ落ちる涙がベッドに落ちて、シミを作っていたけれど、正直そんな事はどうでも良い。今はただ、感傷に浸っていたかった。
やがて涙も落ち着いた頃。玄関からカチャカチャと鍵を開ける音が聞こえた。驚いて視線を移せば、入ってきたのはーー。
「ひでェ顔してんな」
そう言いながら歩み寄ってきたのは、トシくん。ベッドのヘリに腰を下ろした彼は、私の頬へと手を伸ばした。
未だ頬に残っていた涙を指で拭い、困ったように笑った彼は、そっと私を抱き寄せる。もう二度と見られないと思っていたトシくんの顔を目の当たりにした上、この状況だ。私の思考は完全に停止してしまった。
「眠れなかったんだろ」
優しく髪を撫でながら、トシくんが言う。
「すまなかった」
「え……?」
「昨夜はお前が悪いんじゃなくてその……四方山話に、別の男の名が出たのが耐えられなくて……」
「トシくん……」
思わぬ告白に驚いて顔を上げると、トシくんの顔は真っ赤になっていた。
「男のヤキモチほど、みっともねェ物はねェな」
「ううん、嬉しい!」
バツが悪そうに言ったトシくんの言葉に、即座に答える。
「そんな風に思ってくれて、凄く嬉しいよ。ありがとう」
仲直りできるのは今しか無い。そう瞬時に判断した私は、力強く言葉を紡いだ。
「詩織……」
ホッとしたように私の名を呼び、ふわりと笑うトシくん。すると次の瞬間、掛け布団をガッシリと掴んだ。
「さみィ」と言って勢いよく布団をまくり上げ、ベッドに潜り込んできたトシくんは、私を抱きしめながら布団にくるまる。何度も私の頬に口付け、最後に唇にキスをしたトシくんは、小さく「あったけェ」と囁くと、そのまま寝入ってしまった。
きっと昨夜は私と同じく、眠れなかったのだろう。静かな寝息は深く、心底安心しきったもの。
ーー別れの、言葉は無かった。
初めから、別れなんて存在していない。あるのは強い思いと、優しい熱だけ。
「トシくん……」
小さく名を呼び、眠っている彼の胸にそっと額を押し付ける。規則正しい呼吸を直に感じ、安心の中で目を閉じた私は、いつしか深い眠りに落ちていた。
〜了〜
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