早く大人になりたくて(銀八)
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【ガラス越しのキス】
入学以来、ずっと気になる先生がいる。現在は3年Z組を担当している坂田銀八先生だ。
一度も担任になった事は無いのだが入学当初、図書室で高い所の本を取ってもらうというベタな出会いをきっかけに、忘れられない存在となっていた。
その日、役員の仕事で遅くなった私が職員室に行くと、中にいたのは坂田先生一人だった。
「すみません、鍵を返しに来ました」
「おう、置いといて良いぞ~」
例のごとくやる気の無い伸びた声で言われ、クスリと笑いながら机に鍵を置く。ついでに先生の手元を覗くと、たくさんの書類が煩雑に置かれていた。その割に、書き込まれた文字はキレイだ。
「坂田先生がお仕事してる姿ってレアかも」
「ばァか。先生だってやるときゃやんのよ。ま、半分惰性だけどな」
そう言ってポン、と私の頭を叩いた先生の手は大きくて温かかった。
思わずドキリとして身を引いてしまった私に、先生が少しだけ驚いた顔を見せる。でもすぐに何かを察したかのような顔で小さく笑うと、
「外は暗いから、気を付けて帰れよ」
と言って再び机に向かった。
「……はい。お仕事頑張って下さいね。それじゃ、失礼します」
それ以外先生にかける言葉が見つからなくて。ぺこりと頭を下げた私は、踵を返して職員室を出た。
廊下に出て窓から職員室の中を見れば、先生の後ろ姿が見える。当たり前だけれど、見送るどころか振り向いてももらえない自分の存在が妙に悲しかった。
「所詮教師と生徒だもんね。もし好きだって言ったとしても、受け止めてもらえるはずが無い、か」
一つため息をこぼし、玄関へと向かう。でもやっぱりもう一度だけ先生の姿を見ておきたいと思った私は、再び窓に視線を向けた。するとそこには――。
「先生……」
いつの間にか窓際に、坂田先生が立っていた。
「ひょっとして、見送ってくれるの?」
思わずそっと手を伸ばし、窓に触れる。それに呼応するかのように、坂田先生の手も窓に触れた。
向けられている眼差しは、いつもの『死んだ魚のような目』とは程遠い真剣な目で。見つめているだけで吸い込まれそうになる。
「そんな目で……見ないで下さい……」
胸が締め付けられるように苦しかった。
「好きって……言ってしまいそうになるじゃないですか」
溢れそうになる涙をこらえながら絞り出すように囁いた声は、先生に届くはずも無い。それなのに、何故か先生は言った。
「俺もだ、詩織」
「せ……んせ……?」
声は聞こえなくても、口の動きで分かった言葉は信じられないもので。驚きで目を見開く私に優しい微笑みを見せた先生は、窓に触れている手とは反対の手で窓ガラスを指差した。言葉は無いのに、何故かその意味を理解できた私は、ゆっくりとその場所に顔を近付ける。
ガラス越しのキスは冷たかったけれど、心はとても温かかった。
~了~
入学以来、ずっと気になる先生がいる。現在は3年Z組を担当している坂田銀八先生だ。
一度も担任になった事は無いのだが入学当初、図書室で高い所の本を取ってもらうというベタな出会いをきっかけに、忘れられない存在となっていた。
その日、役員の仕事で遅くなった私が職員室に行くと、中にいたのは坂田先生一人だった。
「すみません、鍵を返しに来ました」
「おう、置いといて良いぞ~」
例のごとくやる気の無い伸びた声で言われ、クスリと笑いながら机に鍵を置く。ついでに先生の手元を覗くと、たくさんの書類が煩雑に置かれていた。その割に、書き込まれた文字はキレイだ。
「坂田先生がお仕事してる姿ってレアかも」
「ばァか。先生だってやるときゃやんのよ。ま、半分惰性だけどな」
そう言ってポン、と私の頭を叩いた先生の手は大きくて温かかった。
思わずドキリとして身を引いてしまった私に、先生が少しだけ驚いた顔を見せる。でもすぐに何かを察したかのような顔で小さく笑うと、
「外は暗いから、気を付けて帰れよ」
と言って再び机に向かった。
「……はい。お仕事頑張って下さいね。それじゃ、失礼します」
それ以外先生にかける言葉が見つからなくて。ぺこりと頭を下げた私は、踵を返して職員室を出た。
廊下に出て窓から職員室の中を見れば、先生の後ろ姿が見える。当たり前だけれど、見送るどころか振り向いてももらえない自分の存在が妙に悲しかった。
「所詮教師と生徒だもんね。もし好きだって言ったとしても、受け止めてもらえるはずが無い、か」
一つため息をこぼし、玄関へと向かう。でもやっぱりもう一度だけ先生の姿を見ておきたいと思った私は、再び窓に視線を向けた。するとそこには――。
「先生……」
いつの間にか窓際に、坂田先生が立っていた。
「ひょっとして、見送ってくれるの?」
思わずそっと手を伸ばし、窓に触れる。それに呼応するかのように、坂田先生の手も窓に触れた。
向けられている眼差しは、いつもの『死んだ魚のような目』とは程遠い真剣な目で。見つめているだけで吸い込まれそうになる。
「そんな目で……見ないで下さい……」
胸が締め付けられるように苦しかった。
「好きって……言ってしまいそうになるじゃないですか」
溢れそうになる涙をこらえながら絞り出すように囁いた声は、先生に届くはずも無い。それなのに、何故か先生は言った。
「俺もだ、詩織」
「せ……んせ……?」
声は聞こえなくても、口の動きで分かった言葉は信じられないもので。驚きで目を見開く私に優しい微笑みを見せた先生は、窓に触れている手とは反対の手で窓ガラスを指差した。言葉は無いのに、何故かその意味を理解できた私は、ゆっくりとその場所に顔を近付ける。
ガラス越しのキスは冷たかったけれど、心はとても温かかった。
~了~
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