もしも私が大人なら(坂田銀八)
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終業式も終わり、校舎の中にいる生徒の数もまばらになった頃。私は廊下からぼんやり運動場を見ていた銀八先生の横に陣取っていた。
「ねえセンセ。夏休みの予定は?」
「ば〜か。教師の休みは盆だけだ。夏休みの予定なんて楽しいモンなんざありゃしねェよ」
ダルそうな先生の答えは、予想通りのもの。
しめた! と思った私は、ポケットから小さなメモを取り出して言った。
「そんじゃ、予定を作ってあげるね。今度の花火大会に二人で行こう。これ、私のケー番とチャットID。連絡くれたら、集合場所と時間を伝えるからね!」
「は? ちょっと待て、詩織……」
「じゃあ、連絡待ってるから!」
それだけ言って、私は先生の前から走り去った。いつ連絡がいても良いようにと、スマホを握り締めながら。
あれから数日。何の音沙汰のないまま翌日に花火大会を迎えた朝、事は動いた。
気持ちが落ち着かず、こっそり学校を訪ねた私に気付いた先生に、声をかけられたのだ。
「来ると思ってたぜ」
「どうして連絡くれなかったの?」
「ったり前だろ。教師と生徒なんだから」
ありきたりの答えに、イラついてしまう。
「そんなの分かってるよ! それでも一緒に行きたいと思ったから誘ったんじゃない!」
「分かってんなら諦めろ」
「ーーっ!」
普段見ている、魚の死んだような目とは全く違う真剣な眼差しに、思わずたじろぐ。大人の本気の怖さを感じて冷や汗が流れた。そんな私の怯えに気付いたのか、先生の表情が少しだけ柔らかくなる。
「何がきっかけかは知らねーけど、一緒に行きたいと思ってくれたのは嬉しいからよ。気持ちだけ受け取っとくわ。ってなわけで、明日は友達と楽しんでこいよ」
ポンポンと私の頭を叩いて言う銀八先生の目は、明らかに子供を見る眼差しだ。よく漫画なんかである『本当は好きなのに、立場上言えない』なんていう甘い感情は欠片も見えない事が悔しかった。
「何で……子供扱いするだけで、ちゃんと向かい合ってくれないのよ! 先生なら、生徒を正面から受けとめる義務があるでしょ!」
我慢できず私が怒鳴ると、先生はちょっと驚いた顔を見せる。でもすぐにクスリと笑うと、ポケットに手を突っ込みながら言った。
「これも本当は分かってんじゃねーのか? 詩織。お前は俺を教師として見てる。恋人とかそんなんじゃなくて、たまたま身近にいた大人に憧れを抱いてるだけなんだよ」
「ちが……!」
「違わねーよ。現にお前は俺を『教師』として扱ってるだろ」
「だってそれは先生が……」
「俺はお前を1人の女性として扱って『気持ちだけ受け取る』と答えたんだぜ。でもそれに対してお前は俺に教師としての義務を求めた。まァそういう事だな」
「でも……」
反論したいのに言葉が見つからなくて。何も言えなくなった私に小さくため息をついた先生は、ポケットから棒付きの飴を2本取り出した。そして1本を私に差し出し、もう1本を器用に歯で開封すると、自らの口に含む。
少し考えて私も受け取り口に含めば、酸っぱいイチゴの味が口一杯に広がった。その酸っぱさが何故か心に沁みて、ポロリと涙がこぼれてしまう。
「詩織……」
困ったように私の名を呼ぶ先生に、私は聞いた。
「もし私が大人だったら……教師と生徒じゃなかったら、先生の答えは違ったのかな?」
「さァな。そもそもお互い出会わなかったかもしんねーし、お前も全く違う方向を向いてたかもしんねー。それは誰にも分からねーさ。だが少なくとも今こうして目の前にいるお前は、俺の可愛い生徒だよ」
普段滅多に聞くことのできない真摯で優しい声。涙越しに見た先生は、全てを包み込んでくれる大人の顔をしていて。凄くかっこいいと思ったのと同時に、背伸びしても未だ手の届かない人なのだと感じた。
ーーこの感情が何であれ、叶う事は無いのだと理解できてしまった。
「……そっか。やっぱ可愛いのか、私」
「おい、チョーシに乗んなよ。そこだけ抜き出してんじゃねェぞ」
「だって先生が言ったんじゃない。とっても可愛い生徒だって」
「俺は『とっても』なんざ付けてねェ」
「今まさに言ったじゃん」
「あァ? ふざけんなってーの」
そう言って軽く落とされたゲンコツには優しさが含まれていて。触れた所から伝わって来た温もりは、私の心の中にあった切なさを打ち消した。
「……なんか色々ごめんね。ありがとセンセ」
「おう」
「そんじゃ、私はもう帰るよ。飴ご馳走さま!」
「あァ、気をつけて帰れよ」
またいつもの魚の死んだような目で私を見送る先生に背を向け、校門へと走る。
口の中の飴は相変わらず酸っぱかったけれど、何故か今は少しだけ爽やかな味に感じられていたーー。
〜了〜
「ねえセンセ。夏休みの予定は?」
「ば〜か。教師の休みは盆だけだ。夏休みの予定なんて楽しいモンなんざありゃしねェよ」
ダルそうな先生の答えは、予想通りのもの。
しめた! と思った私は、ポケットから小さなメモを取り出して言った。
「そんじゃ、予定を作ってあげるね。今度の花火大会に二人で行こう。これ、私のケー番とチャットID。連絡くれたら、集合場所と時間を伝えるからね!」
「は? ちょっと待て、詩織……」
「じゃあ、連絡待ってるから!」
それだけ言って、私は先生の前から走り去った。いつ連絡がいても良いようにと、スマホを握り締めながら。
あれから数日。何の音沙汰のないまま翌日に花火大会を迎えた朝、事は動いた。
気持ちが落ち着かず、こっそり学校を訪ねた私に気付いた先生に、声をかけられたのだ。
「来ると思ってたぜ」
「どうして連絡くれなかったの?」
「ったり前だろ。教師と生徒なんだから」
ありきたりの答えに、イラついてしまう。
「そんなの分かってるよ! それでも一緒に行きたいと思ったから誘ったんじゃない!」
「分かってんなら諦めろ」
「ーーっ!」
普段見ている、魚の死んだような目とは全く違う真剣な眼差しに、思わずたじろぐ。大人の本気の怖さを感じて冷や汗が流れた。そんな私の怯えに気付いたのか、先生の表情が少しだけ柔らかくなる。
「何がきっかけかは知らねーけど、一緒に行きたいと思ってくれたのは嬉しいからよ。気持ちだけ受け取っとくわ。ってなわけで、明日は友達と楽しんでこいよ」
ポンポンと私の頭を叩いて言う銀八先生の目は、明らかに子供を見る眼差しだ。よく漫画なんかである『本当は好きなのに、立場上言えない』なんていう甘い感情は欠片も見えない事が悔しかった。
「何で……子供扱いするだけで、ちゃんと向かい合ってくれないのよ! 先生なら、生徒を正面から受けとめる義務があるでしょ!」
我慢できず私が怒鳴ると、先生はちょっと驚いた顔を見せる。でもすぐにクスリと笑うと、ポケットに手を突っ込みながら言った。
「これも本当は分かってんじゃねーのか? 詩織。お前は俺を教師として見てる。恋人とかそんなんじゃなくて、たまたま身近にいた大人に憧れを抱いてるだけなんだよ」
「ちが……!」
「違わねーよ。現にお前は俺を『教師』として扱ってるだろ」
「だってそれは先生が……」
「俺はお前を1人の女性として扱って『気持ちだけ受け取る』と答えたんだぜ。でもそれに対してお前は俺に教師としての義務を求めた。まァそういう事だな」
「でも……」
反論したいのに言葉が見つからなくて。何も言えなくなった私に小さくため息をついた先生は、ポケットから棒付きの飴を2本取り出した。そして1本を私に差し出し、もう1本を器用に歯で開封すると、自らの口に含む。
少し考えて私も受け取り口に含めば、酸っぱいイチゴの味が口一杯に広がった。その酸っぱさが何故か心に沁みて、ポロリと涙がこぼれてしまう。
「詩織……」
困ったように私の名を呼ぶ先生に、私は聞いた。
「もし私が大人だったら……教師と生徒じゃなかったら、先生の答えは違ったのかな?」
「さァな。そもそもお互い出会わなかったかもしんねーし、お前も全く違う方向を向いてたかもしんねー。それは誰にも分からねーさ。だが少なくとも今こうして目の前にいるお前は、俺の可愛い生徒だよ」
普段滅多に聞くことのできない真摯で優しい声。涙越しに見た先生は、全てを包み込んでくれる大人の顔をしていて。凄くかっこいいと思ったのと同時に、背伸びしても未だ手の届かない人なのだと感じた。
ーーこの感情が何であれ、叶う事は無いのだと理解できてしまった。
「……そっか。やっぱ可愛いのか、私」
「おい、チョーシに乗んなよ。そこだけ抜き出してんじゃねェぞ」
「だって先生が言ったんじゃない。とっても可愛い生徒だって」
「俺は『とっても』なんざ付けてねェ」
「今まさに言ったじゃん」
「あァ? ふざけんなってーの」
そう言って軽く落とされたゲンコツには優しさが含まれていて。触れた所から伝わって来た温もりは、私の心の中にあった切なさを打ち消した。
「……なんか色々ごめんね。ありがとセンセ」
「おう」
「そんじゃ、私はもう帰るよ。飴ご馳走さま!」
「あァ、気をつけて帰れよ」
またいつもの魚の死んだような目で私を見送る先生に背を向け、校門へと走る。
口の中の飴は相変わらず酸っぱかったけれど、何故か今は少しだけ爽やかな味に感じられていたーー。
〜了〜
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