背伸び
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三連休が明けた十月十日のとある休憩時間。
詩織は銀八から呼び出され、生徒指導室に来ていた。
「優等生のお前が学校に化粧してくるなんて珍しいよなァ。興味のある年頃なんだろうが、校則の存在は忘れてくれるなよ。やるならせめて気づかれない程度にしとけ」
教師としては問題のある発言をさらりと言ってのけた銀八が、ポケットからクレンジングシートを取り出して詩織に渡す。しかし詩織はそれを受け取ろうとはせず、子供のように口を尖らせてそっぽを向いた。
銀八の言った通り詩織は普段、校則違反をするようなことは無い。だが今日の化粧にだけは、注意されても譲れない理由があった。
「だって……」
「だって……何だよ」
詩織の態度にも飄々とした態度を崩さず、銀八は訊ねる。シートを押し付けようとはしながらも、話を急かすつもりは無いようだ。
普段から思春期の子供達を相手にしている銀八にとって、生徒にこのような態度を取られるのは日常茶飯事なのかもしれない。銀八は優しい大人の眼差しを詩織に向けながら、次の言葉を待っていた。
どのくらいの時間が経っただろう。銀八の視線に耐えきれなくなったのか、詩織の顔がくしゃりと歪み、俯く。その表情に少しだけ慌てた銀八は、
「あー、さすがに詩織は叱られ慣れてねーもんなァ。なんつーかその……気づいちまった以上、教師としては注意しなきゃいけないんだわ。でもまァ次から気をつけりゃ良いからよ」
と諭しながら詩織の頭をポンポンと優しく叩いた。そして目の高さに合わせて体を屈めて顔を覗き込む。
「分かったか?」
伺うように言う銀八。
そんな彼を上目遣いで見た詩織は、何かを決意したように大きく息を吸った。
「だって……意識して欲しかったんです」
「は?」
訳が分からず間抜けな声を出した銀八に向けて、詩織は続ける。
「いつもと違う私を見て、誰よりも意識して欲しかった。今日はどうしても伝えたいことがあったから……だからメイクをしてきたんです」
そう言って頭に乗せられたままになっていた銀八の手を掴んだ詩織は、ゆっくりと顔の前に引き寄せた。
大きな手のひらにそっと口付けると、はにかみながらも銀八を見つめて言う。
「お誕生日おめでとうございます。生まれてきてくれて……誰かを好きになる気持ちを教えてくれてありがとうございます。先生が大好きです」
「……ッ」
思わず心臓が跳ねる。
化粧の効果で顔は大人びているのに、恥じらいで紅潮した頬と潤んだ瞳は年相応だ。そのアンバランスさとまっすぐな告白が、銀八の心を揺さぶった。
「詩織……」
何かを言わなければと口を開きかけた銀八だったが、許されたのは名を呼ぶところまで。
「そ、それだけ、です。失礼しました!」
恥ずかしさに耐え切れなくなった詩織は更に赤く染まった顔で話を強引に締め括ると、驚きで固まる銀八を残して生徒指導室から飛び出ていってしまった。
やがて詩織の走り去る足音が消え、ようやく自分を取り戻した銀八は、先程熱を感じた手のひらに視線を向ける。
詩織には未だ少し早い色の跡を見つめ、
「ったく、ガキのくせに背伸びしやがってーー」
と呟いた銀八は、自然と上がる口角をそのままにそっと唇を寄せた。
〜了〜
詩織は銀八から呼び出され、生徒指導室に来ていた。
「優等生のお前が学校に化粧してくるなんて珍しいよなァ。興味のある年頃なんだろうが、校則の存在は忘れてくれるなよ。やるならせめて気づかれない程度にしとけ」
教師としては問題のある発言をさらりと言ってのけた銀八が、ポケットからクレンジングシートを取り出して詩織に渡す。しかし詩織はそれを受け取ろうとはせず、子供のように口を尖らせてそっぽを向いた。
銀八の言った通り詩織は普段、校則違反をするようなことは無い。だが今日の化粧にだけは、注意されても譲れない理由があった。
「だって……」
「だって……何だよ」
詩織の態度にも飄々とした態度を崩さず、銀八は訊ねる。シートを押し付けようとはしながらも、話を急かすつもりは無いようだ。
普段から思春期の子供達を相手にしている銀八にとって、生徒にこのような態度を取られるのは日常茶飯事なのかもしれない。銀八は優しい大人の眼差しを詩織に向けながら、次の言葉を待っていた。
どのくらいの時間が経っただろう。銀八の視線に耐えきれなくなったのか、詩織の顔がくしゃりと歪み、俯く。その表情に少しだけ慌てた銀八は、
「あー、さすがに詩織は叱られ慣れてねーもんなァ。なんつーかその……気づいちまった以上、教師としては注意しなきゃいけないんだわ。でもまァ次から気をつけりゃ良いからよ」
と諭しながら詩織の頭をポンポンと優しく叩いた。そして目の高さに合わせて体を屈めて顔を覗き込む。
「分かったか?」
伺うように言う銀八。
そんな彼を上目遣いで見た詩織は、何かを決意したように大きく息を吸った。
「だって……意識して欲しかったんです」
「は?」
訳が分からず間抜けな声を出した銀八に向けて、詩織は続ける。
「いつもと違う私を見て、誰よりも意識して欲しかった。今日はどうしても伝えたいことがあったから……だからメイクをしてきたんです」
そう言って頭に乗せられたままになっていた銀八の手を掴んだ詩織は、ゆっくりと顔の前に引き寄せた。
大きな手のひらにそっと口付けると、はにかみながらも銀八を見つめて言う。
「お誕生日おめでとうございます。生まれてきてくれて……誰かを好きになる気持ちを教えてくれてありがとうございます。先生が大好きです」
「……ッ」
思わず心臓が跳ねる。
化粧の効果で顔は大人びているのに、恥じらいで紅潮した頬と潤んだ瞳は年相応だ。そのアンバランスさとまっすぐな告白が、銀八の心を揺さぶった。
「詩織……」
何かを言わなければと口を開きかけた銀八だったが、許されたのは名を呼ぶところまで。
「そ、それだけ、です。失礼しました!」
恥ずかしさに耐え切れなくなった詩織は更に赤く染まった顔で話を強引に締め括ると、驚きで固まる銀八を残して生徒指導室から飛び出ていってしまった。
やがて詩織の走り去る足音が消え、ようやく自分を取り戻した銀八は、先程熱を感じた手のひらに視線を向ける。
詩織には未だ少し早い色の跡を見つめ、
「ったく、ガキのくせに背伸びしやがってーー」
と呟いた銀八は、自然と上がる口角をそのままにそっと唇を寄せた。
〜了〜
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