優しさは煙の向こうに(土方)
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通りすがりに見かけた一人の男が、まだ火の点いていない煙草を指に挟んだまま、どこかを見つめている。視線を追うと、往来のど真ん中に子猫が蹲っていた。
そろそろ車が増える時間であり、このまま放っておいては轢死してしまうかもしれない。
男は暫く何かを考えていたようだが、一つため息をつくと煙草を懐にしまい、ゆっくりと子猫に近付いていく。既に怪我をしているのか子猫は微動だにせず、男が近付いても逃げようとはしなかった。
やがて男は子猫を持ち上げ、どこかへ移動する。気になってしまった私は、そっと後をつけてみた。
着いた場所は動物病院。預けてすぐに出てきたようで、病院から一歩出たと同時に男は煙草に火を点けた。
「で? お前は何してる? 一人でスパイごっこでもしてんのか?」
私がつけていた事に気付いていたらしい。呆れたように言われ、木の陰に隠れていた私はゆっくりと男に近付く。
「怪しい気配ダダ漏れじゃねーか。詩織はやっぱり尾行の才能ねーな」
ふうっとこちらに煙を吹きかけ、呆れたように言うこの男は、私の上司である真選組副長の土方十四郎だ。
「そんな言い方ないでしょう? これでも頑張ってるのに……」
「監察見習いっつっても、期限はあるからな。規定に達しなきゃクビだ、クビ」
面倒臭そうに手を振りながら言われ、カチンときてしまう。
「もう、トシくんの意地悪! さっきの子猫にはあんなに優しくしてあげて、病院にまで連れてってあげたのに。何で私にはそんな酷い事言うの?」
「ったり前だバカ! 猫とお前を同列に扱えるかってんだ。あと真選組の隊士でいたいなら、その呼び方はやめろ! 幼馴染ってのは忘れて副長と呼べと、あれほど言ってるだろうが」
「ぶーぶー」
「豚は出てけ」
「メーメー」
「羊か? ヤギか?」
「にゃあ」
「猫は……ああ、もう良い」
私の相手をするのが面倒になったのだろう。大きくため息をついたトシくんは、私の頭にポンと手を置いて言った。
「ったく……お前みたいな奴は、山崎の下に置いておくに限るな」
「それってどういう意味よ」
「さあな。さっきの猫と同じだろ」
「意味分かんないんですけど!」
「てめェで考えろ」
そう言ってトシくんは私の疑問に答えてくれぬまま、屯所へと歩き出してしまう。
「何なのよもー」
不満を口にしながらも、その後ろを追いかける私。ところがそこに、風に乗って微かに聞こえてきたトシくんの声。
「監察なら理由をつけて前線から外せるし、真選組の中では一番安全だからな。山崎に見張らせてりゃ、詩織に手を出す奴もいねェだろうしよ。ったく、俺が毎日どんだけヒヤヒヤしてると思ってんだ」
……それってつまり、私を大切に思ってくれてるって事? さっきの子猫と同じって事は、危ない場所から遠ざけようとしてくれてくれてたんだ。
相変わらず分かりにくくて、不器用な人だなぁと思いながらも、嬉しくなる。
「トシく〜ん。一緒に帰ろ」
「だから副長と呼べってんだよ!」
「はぁい。トシくん副長」
「……頭痛くなってきた」
「大変! 山崎さんにお薬貰わなきゃ」
「いらねェ。お前が黙れば済む事だ」
「何よそれ。とにかくちゃんとお薬を……」
「ったく、分かったよ。だったら薬は今もらう」
「……え……?」
不意に私の唇を覆った、少しカサついた薄い唇と煙草の匂い。大人の苦味の混ざった、でも優しい甘さが私の心に広がっていく。
「詩織が静かになったら頭痛も消えた。さっさと帰るぞ」
そう言って、今度こそ屯所へと足早に歩き出すトシくん。呆気にとられていた私が目にしたのは、後ろからでも分かる程に顔を赤くしたトシくんの背中だった。
「これって……ファーストキスだ……」
心臓がトクリと跳ねる。
「置いてくぞ!」
トシくんが振り向かず、でも私を気にして声をかけてくれる。
言葉に出来ない幸せを目一杯噛み締めながら、私はトシくんの後を追って屯所に向かったのだった。
〜了〜
そろそろ車が増える時間であり、このまま放っておいては轢死してしまうかもしれない。
男は暫く何かを考えていたようだが、一つため息をつくと煙草を懐にしまい、ゆっくりと子猫に近付いていく。既に怪我をしているのか子猫は微動だにせず、男が近付いても逃げようとはしなかった。
やがて男は子猫を持ち上げ、どこかへ移動する。気になってしまった私は、そっと後をつけてみた。
着いた場所は動物病院。預けてすぐに出てきたようで、病院から一歩出たと同時に男は煙草に火を点けた。
「で? お前は何してる? 一人でスパイごっこでもしてんのか?」
私がつけていた事に気付いていたらしい。呆れたように言われ、木の陰に隠れていた私はゆっくりと男に近付く。
「怪しい気配ダダ漏れじゃねーか。詩織はやっぱり尾行の才能ねーな」
ふうっとこちらに煙を吹きかけ、呆れたように言うこの男は、私の上司である真選組副長の土方十四郎だ。
「そんな言い方ないでしょう? これでも頑張ってるのに……」
「監察見習いっつっても、期限はあるからな。規定に達しなきゃクビだ、クビ」
面倒臭そうに手を振りながら言われ、カチンときてしまう。
「もう、トシくんの意地悪! さっきの子猫にはあんなに優しくしてあげて、病院にまで連れてってあげたのに。何で私にはそんな酷い事言うの?」
「ったり前だバカ! 猫とお前を同列に扱えるかってんだ。あと真選組の隊士でいたいなら、その呼び方はやめろ! 幼馴染ってのは忘れて副長と呼べと、あれほど言ってるだろうが」
「ぶーぶー」
「豚は出てけ」
「メーメー」
「羊か? ヤギか?」
「にゃあ」
「猫は……ああ、もう良い」
私の相手をするのが面倒になったのだろう。大きくため息をついたトシくんは、私の頭にポンと手を置いて言った。
「ったく……お前みたいな奴は、山崎の下に置いておくに限るな」
「それってどういう意味よ」
「さあな。さっきの猫と同じだろ」
「意味分かんないんですけど!」
「てめェで考えろ」
そう言ってトシくんは私の疑問に答えてくれぬまま、屯所へと歩き出してしまう。
「何なのよもー」
不満を口にしながらも、その後ろを追いかける私。ところがそこに、風に乗って微かに聞こえてきたトシくんの声。
「監察なら理由をつけて前線から外せるし、真選組の中では一番安全だからな。山崎に見張らせてりゃ、詩織に手を出す奴もいねェだろうしよ。ったく、俺が毎日どんだけヒヤヒヤしてると思ってんだ」
……それってつまり、私を大切に思ってくれてるって事? さっきの子猫と同じって事は、危ない場所から遠ざけようとしてくれてくれてたんだ。
相変わらず分かりにくくて、不器用な人だなぁと思いながらも、嬉しくなる。
「トシく〜ん。一緒に帰ろ」
「だから副長と呼べってんだよ!」
「はぁい。トシくん副長」
「……頭痛くなってきた」
「大変! 山崎さんにお薬貰わなきゃ」
「いらねェ。お前が黙れば済む事だ」
「何よそれ。とにかくちゃんとお薬を……」
「ったく、分かったよ。だったら薬は今もらう」
「……え……?」
不意に私の唇を覆った、少しカサついた薄い唇と煙草の匂い。大人の苦味の混ざった、でも優しい甘さが私の心に広がっていく。
「詩織が静かになったら頭痛も消えた。さっさと帰るぞ」
そう言って、今度こそ屯所へと足早に歩き出すトシくん。呆気にとられていた私が目にしたのは、後ろからでも分かる程に顔を赤くしたトシくんの背中だった。
「これって……ファーストキスだ……」
心臓がトクリと跳ねる。
「置いてくぞ!」
トシくんが振り向かず、でも私を気にして声をかけてくれる。
言葉に出来ない幸せを目一杯噛み締めながら、私はトシくんの後を追って屯所に向かったのだった。
〜了〜
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