覚悟(土方)
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もう随分と付き合いは長いのに、関係が進展しない。
あとひと押ししてくれれば良いだけなのに。何が邪魔をしているのか、吐息を感じられるギリギリの距離が今の私達の関係だった。
五回、だ。
誤解じゃなく、五回も私は彼の吐息を唇で感じているのだ。それなのにどうしてほんの数センチの勇気が持てないんだろう。
責めたい気持ちを堪えたのは二回。でももうこれ以上我慢はしたくないから。
デートを終えた別れ際、私は彼に言った。
「ねぇトシさん……帰り方、忘れちゃった」
離れようとしていた手をギュッと握る。困ったように、でも意味有りげに目を見つめ、「どうしよう?」と続ければ、彼は驚いた顔を見せた。
「バカ言ってんじゃねェよ。目ェ瞑ってても帰れる場所だろうが」
「じゃあ目を瞑ってるから連れて帰って」
そのまま本当に目を瞑り、握っていた手に力を込める。
しばらくの間トシさんは悩んでいたようだった。でも小さな舌打ちの後、握り返された手に滲み出した汗が、彼の覚悟を伝えてくる。
「俺が良いと言うまで目を開けるなよ」
「……うん」
素直に頷いた私は、トシさんの手に引かれるまま、目を瞑って歩いた。
やがて目的地に着いたのだろう。「もう良いぞ」の言葉を受けて目を開ければ、そこは私の部屋の前。
「鍵、出せよ」
言われて無言で鍵を差し出すと、ドアを開けたトシさんは私を玄関に押し込んだ。
ーー自分は、ドアの外に立ったまま。
「意気地なし」
泣きたい気持ちを押し殺して言う。
こんなにもあからさまな誘いにすら乗らないなんて。勇気を出して思い切ったのと言うのに、恥ずかしさと絶望感に押し潰されそうだ。
「……意気地なし」
もう一度言った私は、静かにドアを閉める。これ以上、彼の顔を見ていたくなかった。
それなのにーー。
「詩織」
ドアの外でトシさんが私の名を呼ぶ。その声は、胸が締め付けられるほどに切ないものだった。
「俺ァお前の言う通り、意気地なしだ」
「……」
「怖いんだよ。お前の全てを手に入れちまったら……真選組の副長じゃいられなくなっちまいそうで」
「……どういう事?」
「死と隣り合わせの仕事をしてるっつーのに、ふとした時にお前の事を思い出しちまう。女に現を抜かして死を恐れる副長なんざ、真選組には不要じゃねェか」
ああそういう事か、と腑に落ちる。男としてのプライドと、私への想いが葛藤している様が伝わってきて、何ともトシさんらしいと吹き出してしまった。
「……何笑ってやがる」
笑い声が聞こえたのか、怪訝そうに言うトシさんに答える。
「何も怖いことなんて無いじゃない」
「あん?」
今度は不機嫌そうな声。
分かりやすい反応に、またも吹き出してしまった私は、ゆっくりとドアを開けた。
案の定、眉間にシワを寄せてこちらを睨んでいるトシさんに手を伸ばし、腕を掴む。
「私のために、真選組の副長として生きて」
グイと強く引っ張り、玄関へと引き込むと、トシさんの後ろでパタンとドアが閉まった。
「私もトシさんのために生きるから」
「詩織……」
間近でぶつかる視線。触れる吐息。
「男らしく覚悟を決めなさいよ。真選組副長、土方十四郎!」
挑むように言った私に、トシさんが驚きで目を見開く。でもすぐにいつもの涼しい顔を見せると、ゆっくり口角を上げて言った。
「……上等だ。副長としての覚悟、見せてやらァ」
吐息とは違う熱が唇に触れる。
トシさんの覚悟を伝えてくる初めてのキスは、その強さとは裏腹にとても優しかった。
〜了〜
あとひと押ししてくれれば良いだけなのに。何が邪魔をしているのか、吐息を感じられるギリギリの距離が今の私達の関係だった。
五回、だ。
誤解じゃなく、五回も私は彼の吐息を唇で感じているのだ。それなのにどうしてほんの数センチの勇気が持てないんだろう。
責めたい気持ちを堪えたのは二回。でももうこれ以上我慢はしたくないから。
デートを終えた別れ際、私は彼に言った。
「ねぇトシさん……帰り方、忘れちゃった」
離れようとしていた手をギュッと握る。困ったように、でも意味有りげに目を見つめ、「どうしよう?」と続ければ、彼は驚いた顔を見せた。
「バカ言ってんじゃねェよ。目ェ瞑ってても帰れる場所だろうが」
「じゃあ目を瞑ってるから連れて帰って」
そのまま本当に目を瞑り、握っていた手に力を込める。
しばらくの間トシさんは悩んでいたようだった。でも小さな舌打ちの後、握り返された手に滲み出した汗が、彼の覚悟を伝えてくる。
「俺が良いと言うまで目を開けるなよ」
「……うん」
素直に頷いた私は、トシさんの手に引かれるまま、目を瞑って歩いた。
やがて目的地に着いたのだろう。「もう良いぞ」の言葉を受けて目を開ければ、そこは私の部屋の前。
「鍵、出せよ」
言われて無言で鍵を差し出すと、ドアを開けたトシさんは私を玄関に押し込んだ。
ーー自分は、ドアの外に立ったまま。
「意気地なし」
泣きたい気持ちを押し殺して言う。
こんなにもあからさまな誘いにすら乗らないなんて。勇気を出して思い切ったのと言うのに、恥ずかしさと絶望感に押し潰されそうだ。
「……意気地なし」
もう一度言った私は、静かにドアを閉める。これ以上、彼の顔を見ていたくなかった。
それなのにーー。
「詩織」
ドアの外でトシさんが私の名を呼ぶ。その声は、胸が締め付けられるほどに切ないものだった。
「俺ァお前の言う通り、意気地なしだ」
「……」
「怖いんだよ。お前の全てを手に入れちまったら……真選組の副長じゃいられなくなっちまいそうで」
「……どういう事?」
「死と隣り合わせの仕事をしてるっつーのに、ふとした時にお前の事を思い出しちまう。女に現を抜かして死を恐れる副長なんざ、真選組には不要じゃねェか」
ああそういう事か、と腑に落ちる。男としてのプライドと、私への想いが葛藤している様が伝わってきて、何ともトシさんらしいと吹き出してしまった。
「……何笑ってやがる」
笑い声が聞こえたのか、怪訝そうに言うトシさんに答える。
「何も怖いことなんて無いじゃない」
「あん?」
今度は不機嫌そうな声。
分かりやすい反応に、またも吹き出してしまった私は、ゆっくりとドアを開けた。
案の定、眉間にシワを寄せてこちらを睨んでいるトシさんに手を伸ばし、腕を掴む。
「私のために、真選組の副長として生きて」
グイと強く引っ張り、玄関へと引き込むと、トシさんの後ろでパタンとドアが閉まった。
「私もトシさんのために生きるから」
「詩織……」
間近でぶつかる視線。触れる吐息。
「男らしく覚悟を決めなさいよ。真選組副長、土方十四郎!」
挑むように言った私に、トシさんが驚きで目を見開く。でもすぐにいつもの涼しい顔を見せると、ゆっくり口角を上げて言った。
「……上等だ。副長としての覚悟、見せてやらァ」
吐息とは違う熱が唇に触れる。
トシさんの覚悟を伝えてくる初めてのキスは、その強さとは裏腹にとても優しかった。
〜了〜
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