BLEACH(現在13編)
名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【 狂愛~繋~(浦原)】
ボクが香織と初めて出会ったのは、黒崎さんの家の前。野暮用があって訪ねた時に、玄関から出ようとしていたのが彼女だった。
すれ違いざま、ペコリと頭を下げる彼女にこちらも頭を下げると、花のような笑顔を向けられたのを今でも覚えている。
「じゃあね、いっちゃん」
と黒崎さんにかけられた声は鈴のように愛らしく、自然に笑みがこぼれるほど耳に心地良い声で。その時は黒崎さんの恋人かクラスメートあたりかと思っていたのだが、実際は母方の従姉妹であり、しかも女子大生だと聞かされて驚いた。
それ以来、何故かよく顔を合わせるようになった彼女と親しくなるのにそう時間はかからない。でも本当に心が通い合ったのは、あの事件の後からだ。
その日もいつも通り店でグタグダと過ごしていると、不意にどこからか奇妙な霊圧を感じた。悲しげで優しい霊圧に惹かれて出どころを辿れば、そこにいたのは香織。黒崎さんの親戚とはいえ、普段顔を合わせていた時は普通の人間でしかなかったのに、今彼女から感じられる霊圧はレベルが違った。
「これはどういう事っスかね」
様子を見ようと気配を消して近付けば、彼女は祈るような姿で、握った手を額に付けていた。するとそこへ壁を通り抜けるようにして、犬を抱いた子供が出てくる。
その子供が香織に近付くのに合わせて、ゆっくりと香織の腕が伸ばされた次の瞬間、壁からもう一つの存在が姿を現わした。
「虚!?」
その存在が現れたのは唐突だった。それこそ表情には出さずとも、ボクが驚くほどに突然の出来事。それなのに、彼女たちは酷く冷静で違和感を覚えた。
万が一を考えて杖を構えつつ、飛び出る機会を伺っていると、彼女は虚に手の平を向ける。
「この子はあげないよ。バイバイ」
そう言った彼女の手から放たれた柔らかな光は、虚を包み込むとそのまま消えてしまった。
「さてと、もう大丈夫だからね。そろそろママのところに行こっか」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
全てを理解していたのか、香織の側で事の次第を冷静に見ていた子供は、犬を抱きしめながら笑顔で答える。再び彼女の手から放たれた光は、子供たちをふわりと包み込み、そして消えた。
「……バイバイ」
もう姿のない子供の頭の位置を撫でる素振りをした彼女は、フッと小さく微笑む。そして――。
「香織さん!?」
咄嗟に移動したボクの腕の中に落ちてきたのは、気を失った香織だった。
彼女の家を知らないボクは、とりあえず浦原商店に連れ帰った。
「あれってやっぱり、浄化したんですよねぇ」
寝返りひとつ打たずに眠り続ける彼女を覗き込みながら、さっきの出来事を思い出す。見た限り外傷は無く、霊力を放出した事による疲労と判断したボクは、暫く彼女をそのまま寝かせておくことにした。
小一時間ほど経ち、目を覚ました彼女は、見知らぬ場所に寝かされていたにも関わらず冷静だった。
「さっき私を見てたの、浦原さんだったんですね」
「ええ。でも突然倒れたから驚きましたよ」
「ごめんなさい、ちょっと疲れちゃって」
大した事なさげに肩を竦めて舌を出して見せた香織だったが、あの放出された光はまさしくクインシーの物。でも今の彼女からは何の力も感じられず、ただの人間でしかない。
「さっきのは香織さん自身の能力なんですか? それとも何かから力を借りてるとか?」
その疑問を解決したくて、ボクは率直に尋ねた。
「私の能力らしいです。でも使い過ぎちゃダメだって、子供の頃にいっちゃんのお母さんからこれを渡されてて。普段は完全に封じ込めた状態になってるんです」
そう言って見せられた手首のバングルには、強い封印が施されていた。
「どうしても使いたい時だけ、これを外して力を使うシステムなんです。凄いでしょ?」
えっへんと自慢げに笑う香織に苦笑を漏らすボクだったけれど、続いて彼女から発せられた言葉がその苦笑を凍らせる。
「でもさすがに力を使い過ぎちゃったかな。こうして死神が迎えに来てるわけだし」
「死神……!?」
「え? だって浦原さんって死神でしょ? 凄い力を感じましたよ」
そう言いながら香織はバングルを外した。ふわりと春風のような霊圧が辺りを包み込み、ボクの心に触れてくる。
「ほら、やっぱり死神じゃないですか。いっちゃんのお父さんと同じだ」
「彼の事を知ってたんスか」
「はい、前に聞かせてもらったんです」
「それなら、アタシは別に貴女の命を攫いに来たわけじゃ無いって事も分かるでしょう?」
確かに死神ではあるけれど、あの世へのお迎えとして来ただなんて思われたくないから。さすがのボクも不快を露わにしながら言うと、彼女はハッとしたように目を見開き、今度は申し訳なさそうに俯きながら言った。
「ごめんなさい。死神だからって、皆が皆そういう仕事をしてるわけじゃ無いですよね。……やっぱり未だ諦めきれてないんだなぁ」
「諦めるとは?」
おかしな会話の流れが気になり、再び尋ねる。だがこの質問は「何でも無いです。迷惑をかけちゃってごめんなさい。もう大丈夫なので帰りますね」と流されてしまった。そして再びバングルを装着し、立ち上がってぺこりと頭を下げた香織は、ゆっくりと玄関へと歩き出す。
まあ本人が話したくないのなら仕方ないと答えを諦めたボクも、彼女を玄関へと見送る為に後を追った。ところがそこでまた新たな違和感を覚えたボクは、頭で考えるより先に手を伸ばす。
「香織さん!」
肩に触れた手から流れ込んできた弱々しい霊力が、ボクの頭を混乱させた。それは、近い内に彼女の命が終わりを迎えようとしているという物だったから。
「ひょっとして……そのバングルを外しただけで魂魄が弱ってしまうんですか?」
彼女と出会って数カ月。顔を合わせて喋りはしていても、こんな風に何度も触れる事は無かったから気付かなかった霊力の弱まり。さっき抱き上げた時は、慌てていた事もあって意識していなかったが、今ならはっきりと分かる。
――元々短いはずだった寿命を、黒崎さんのお母さんがかろうじて繋いでるってわけですか。
多分彼女は、自分の霊力をコントロールできないのだろう。生きているだけで霊力を解放し続ければ、いずれは底をついてしまう。それはつまりーー。
「霊力を解放した事で、浦原さんが死神ってところまでは分かったんですけど、魂魄はもう視えなくなってたから……そろそろ潮時なのかもしれませんね」
彼女も全てを理解しているのだろう。困ったように笑いながら、それでも気丈に言った。
「もっと早くに死ぬはずだったのが、ここまで生きられたんだもの。それだけで良しとしなきゃおばさんに失礼よね。……でもせめて一度くらい恋をしたかったなぁ」
「なんちゃって」と舌を出して見せた彼女だったが、その瞳が少し潤んでいる事に気付けない程、ボクはバカじゃないつもりだ。
「それじゃ香織さん、アタシと恋をしましょうか」
「……は?」
この唐突な提案に、半泣きだった彼女も呆気にとられる。そんな事などおかまいなしに、ボクは言った。
「だって恋がしたいんでしょう? 幸いアタシは今フリーですし、貴女の体の事も理解できる。しかもこんなにイケメンとくれば、最高の条件じゃありません?」
「えーっと……軽薄な男はお断りなんですけど」
「酷いなぁ。こんなにも真面目で真剣で、愚直な男なんてそうはいないっスよ」
「この数カ月見た限り、こんなにもいい加減でだらしなくてテキトーで、ついでにスケベな男はいないなと思った記憶があるんですが」
「イイ女は過去を忘れて、未来だけを見て生きるんスよ」
「……何ですかそれ。浦原さんってば変な人」
戸惑いの表情からあきれ顔になり、少しずつ笑みを見せ始めた香織。その表情のどれもが愛らしく見えて、ボクは何とか彼女を幸せにしてやりたいと思った。
――幸せ、に……?
ふと自分の気持ちを頭で文字に変換し、今度は自分が戸惑う。幾久しく持ち得なかった、特定の人物だけに向けられる感情とそれが同じ物だという事に、この瞬間気付いてしまったから。
――数カ月前に出会ったばかりっスよ?
認められないのか、認めたくないのかは分からない。だが、認めるしかないこの感情は、気付いた時にはもう後戻りのできない物となっていた。
――考えてみれば、最初に出会った時から気になってましたしねぇ。あの頃からこの想いは勝手に芽生えて育ってたって事ですか。
「浦原、さん?」
突然考え込んでしまったボクを、心配そうにのぞき込む香織。そのまなざしの先にあるのが自分だけという事が心底嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。
「喜助」
「はい?」
「もうアタシたちは恋人同士なんスから、喜助と呼んで下さい。アタシは……ボクは貴女を香織と呼びますから」
「え……えぇっ!? お付き合い決定なんですか? 私未だ何も答えてないのに!」
「決定ですよ~。っていうか、断られたら喜助君泣いちゃう」
「喜助君って誰!? 気持ち悪いですよ、それ」
「あ、敬語もいりませんからね。普段通りの貴女の姿を見せて下さい」
「いや、でもそんな……そもそも浦原さんは年上の方で……」
「は~い、ペナルティっスよ」
「え……っ!?」
強引に話を進めるボクについてこれず、慌てる香織に唇を重ねる。ボクの霊力が少しでも彼女の中に流れ込んでくれる事を願いながら、ボクは彼女の甘い唇を味わった。
「あ……」
「今のは、ボクを喜助と呼ばなかったバツ。次は敬語を使ったバツっスよ」
「ちょっ、待って……んっ……」
再び唇を重ね、今度は舌を挿し入れる。絡ませた舌は唇よりも更に甘く、蕩けるようだった。
「さて、と。ちょっと性急ですが、恋を始めて告白して、キスも2種類経験して。初日ですからこのくらいで勘弁してあげましょうか」
「な……っ何なのこれ! 性急とかそんなレベルじゃないでしょ! うら……じゃなくて喜助さんってば強引すぎっ! 大体告白なんてどこにあったのよ!」
「あれ? この流れじゃダメなんスかね。そんじゃ……」
顔を真っ赤にして怒る彼女を抱きしめ、耳元に口を近付ける。
「喜助さん、何を……」
怯えたように小さくなる彼女の耳たぶをそっと甘噛みし、「やんっ」と一声上げさせたところで、ボクは言った。
「一度しか言いませんからちゃんと聞いてて下さいね。……大好きですよ、香織」
〜了〜
ボクが香織と初めて出会ったのは、黒崎さんの家の前。野暮用があって訪ねた時に、玄関から出ようとしていたのが彼女だった。
すれ違いざま、ペコリと頭を下げる彼女にこちらも頭を下げると、花のような笑顔を向けられたのを今でも覚えている。
「じゃあね、いっちゃん」
と黒崎さんにかけられた声は鈴のように愛らしく、自然に笑みがこぼれるほど耳に心地良い声で。その時は黒崎さんの恋人かクラスメートあたりかと思っていたのだが、実際は母方の従姉妹であり、しかも女子大生だと聞かされて驚いた。
それ以来、何故かよく顔を合わせるようになった彼女と親しくなるのにそう時間はかからない。でも本当に心が通い合ったのは、あの事件の後からだ。
その日もいつも通り店でグタグダと過ごしていると、不意にどこからか奇妙な霊圧を感じた。悲しげで優しい霊圧に惹かれて出どころを辿れば、そこにいたのは香織。黒崎さんの親戚とはいえ、普段顔を合わせていた時は普通の人間でしかなかったのに、今彼女から感じられる霊圧はレベルが違った。
「これはどういう事っスかね」
様子を見ようと気配を消して近付けば、彼女は祈るような姿で、握った手を額に付けていた。するとそこへ壁を通り抜けるようにして、犬を抱いた子供が出てくる。
その子供が香織に近付くのに合わせて、ゆっくりと香織の腕が伸ばされた次の瞬間、壁からもう一つの存在が姿を現わした。
「虚!?」
その存在が現れたのは唐突だった。それこそ表情には出さずとも、ボクが驚くほどに突然の出来事。それなのに、彼女たちは酷く冷静で違和感を覚えた。
万が一を考えて杖を構えつつ、飛び出る機会を伺っていると、彼女は虚に手の平を向ける。
「この子はあげないよ。バイバイ」
そう言った彼女の手から放たれた柔らかな光は、虚を包み込むとそのまま消えてしまった。
「さてと、もう大丈夫だからね。そろそろママのところに行こっか」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
全てを理解していたのか、香織の側で事の次第を冷静に見ていた子供は、犬を抱きしめながら笑顔で答える。再び彼女の手から放たれた光は、子供たちをふわりと包み込み、そして消えた。
「……バイバイ」
もう姿のない子供の頭の位置を撫でる素振りをした彼女は、フッと小さく微笑む。そして――。
「香織さん!?」
咄嗟に移動したボクの腕の中に落ちてきたのは、気を失った香織だった。
彼女の家を知らないボクは、とりあえず浦原商店に連れ帰った。
「あれってやっぱり、浄化したんですよねぇ」
寝返りひとつ打たずに眠り続ける彼女を覗き込みながら、さっきの出来事を思い出す。見た限り外傷は無く、霊力を放出した事による疲労と判断したボクは、暫く彼女をそのまま寝かせておくことにした。
小一時間ほど経ち、目を覚ました彼女は、見知らぬ場所に寝かされていたにも関わらず冷静だった。
「さっき私を見てたの、浦原さんだったんですね」
「ええ。でも突然倒れたから驚きましたよ」
「ごめんなさい、ちょっと疲れちゃって」
大した事なさげに肩を竦めて舌を出して見せた香織だったが、あの放出された光はまさしくクインシーの物。でも今の彼女からは何の力も感じられず、ただの人間でしかない。
「さっきのは香織さん自身の能力なんですか? それとも何かから力を借りてるとか?」
その疑問を解決したくて、ボクは率直に尋ねた。
「私の能力らしいです。でも使い過ぎちゃダメだって、子供の頃にいっちゃんのお母さんからこれを渡されてて。普段は完全に封じ込めた状態になってるんです」
そう言って見せられた手首のバングルには、強い封印が施されていた。
「どうしても使いたい時だけ、これを外して力を使うシステムなんです。凄いでしょ?」
えっへんと自慢げに笑う香織に苦笑を漏らすボクだったけれど、続いて彼女から発せられた言葉がその苦笑を凍らせる。
「でもさすがに力を使い過ぎちゃったかな。こうして死神が迎えに来てるわけだし」
「死神……!?」
「え? だって浦原さんって死神でしょ? 凄い力を感じましたよ」
そう言いながら香織はバングルを外した。ふわりと春風のような霊圧が辺りを包み込み、ボクの心に触れてくる。
「ほら、やっぱり死神じゃないですか。いっちゃんのお父さんと同じだ」
「彼の事を知ってたんスか」
「はい、前に聞かせてもらったんです」
「それなら、アタシは別に貴女の命を攫いに来たわけじゃ無いって事も分かるでしょう?」
確かに死神ではあるけれど、あの世へのお迎えとして来ただなんて思われたくないから。さすがのボクも不快を露わにしながら言うと、彼女はハッとしたように目を見開き、今度は申し訳なさそうに俯きながら言った。
「ごめんなさい。死神だからって、皆が皆そういう仕事をしてるわけじゃ無いですよね。……やっぱり未だ諦めきれてないんだなぁ」
「諦めるとは?」
おかしな会話の流れが気になり、再び尋ねる。だがこの質問は「何でも無いです。迷惑をかけちゃってごめんなさい。もう大丈夫なので帰りますね」と流されてしまった。そして再びバングルを装着し、立ち上がってぺこりと頭を下げた香織は、ゆっくりと玄関へと歩き出す。
まあ本人が話したくないのなら仕方ないと答えを諦めたボクも、彼女を玄関へと見送る為に後を追った。ところがそこでまた新たな違和感を覚えたボクは、頭で考えるより先に手を伸ばす。
「香織さん!」
肩に触れた手から流れ込んできた弱々しい霊力が、ボクの頭を混乱させた。それは、近い内に彼女の命が終わりを迎えようとしているという物だったから。
「ひょっとして……そのバングルを外しただけで魂魄が弱ってしまうんですか?」
彼女と出会って数カ月。顔を合わせて喋りはしていても、こんな風に何度も触れる事は無かったから気付かなかった霊力の弱まり。さっき抱き上げた時は、慌てていた事もあって意識していなかったが、今ならはっきりと分かる。
――元々短いはずだった寿命を、黒崎さんのお母さんがかろうじて繋いでるってわけですか。
多分彼女は、自分の霊力をコントロールできないのだろう。生きているだけで霊力を解放し続ければ、いずれは底をついてしまう。それはつまりーー。
「霊力を解放した事で、浦原さんが死神ってところまでは分かったんですけど、魂魄はもう視えなくなってたから……そろそろ潮時なのかもしれませんね」
彼女も全てを理解しているのだろう。困ったように笑いながら、それでも気丈に言った。
「もっと早くに死ぬはずだったのが、ここまで生きられたんだもの。それだけで良しとしなきゃおばさんに失礼よね。……でもせめて一度くらい恋をしたかったなぁ」
「なんちゃって」と舌を出して見せた彼女だったが、その瞳が少し潤んでいる事に気付けない程、ボクはバカじゃないつもりだ。
「それじゃ香織さん、アタシと恋をしましょうか」
「……は?」
この唐突な提案に、半泣きだった彼女も呆気にとられる。そんな事などおかまいなしに、ボクは言った。
「だって恋がしたいんでしょう? 幸いアタシは今フリーですし、貴女の体の事も理解できる。しかもこんなにイケメンとくれば、最高の条件じゃありません?」
「えーっと……軽薄な男はお断りなんですけど」
「酷いなぁ。こんなにも真面目で真剣で、愚直な男なんてそうはいないっスよ」
「この数カ月見た限り、こんなにもいい加減でだらしなくてテキトーで、ついでにスケベな男はいないなと思った記憶があるんですが」
「イイ女は過去を忘れて、未来だけを見て生きるんスよ」
「……何ですかそれ。浦原さんってば変な人」
戸惑いの表情からあきれ顔になり、少しずつ笑みを見せ始めた香織。その表情のどれもが愛らしく見えて、ボクは何とか彼女を幸せにしてやりたいと思った。
――幸せ、に……?
ふと自分の気持ちを頭で文字に変換し、今度は自分が戸惑う。幾久しく持ち得なかった、特定の人物だけに向けられる感情とそれが同じ物だという事に、この瞬間気付いてしまったから。
――数カ月前に出会ったばかりっスよ?
認められないのか、認めたくないのかは分からない。だが、認めるしかないこの感情は、気付いた時にはもう後戻りのできない物となっていた。
――考えてみれば、最初に出会った時から気になってましたしねぇ。あの頃からこの想いは勝手に芽生えて育ってたって事ですか。
「浦原、さん?」
突然考え込んでしまったボクを、心配そうにのぞき込む香織。そのまなざしの先にあるのが自分だけという事が心底嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。
「喜助」
「はい?」
「もうアタシたちは恋人同士なんスから、喜助と呼んで下さい。アタシは……ボクは貴女を香織と呼びますから」
「え……えぇっ!? お付き合い決定なんですか? 私未だ何も答えてないのに!」
「決定ですよ~。っていうか、断られたら喜助君泣いちゃう」
「喜助君って誰!? 気持ち悪いですよ、それ」
「あ、敬語もいりませんからね。普段通りの貴女の姿を見せて下さい」
「いや、でもそんな……そもそも浦原さんは年上の方で……」
「は~い、ペナルティっスよ」
「え……っ!?」
強引に話を進めるボクについてこれず、慌てる香織に唇を重ねる。ボクの霊力が少しでも彼女の中に流れ込んでくれる事を願いながら、ボクは彼女の甘い唇を味わった。
「あ……」
「今のは、ボクを喜助と呼ばなかったバツ。次は敬語を使ったバツっスよ」
「ちょっ、待って……んっ……」
再び唇を重ね、今度は舌を挿し入れる。絡ませた舌は唇よりも更に甘く、蕩けるようだった。
「さて、と。ちょっと性急ですが、恋を始めて告白して、キスも2種類経験して。初日ですからこのくらいで勘弁してあげましょうか」
「な……っ何なのこれ! 性急とかそんなレベルじゃないでしょ! うら……じゃなくて喜助さんってば強引すぎっ! 大体告白なんてどこにあったのよ!」
「あれ? この流れじゃダメなんスかね。そんじゃ……」
顔を真っ赤にして怒る彼女を抱きしめ、耳元に口を近付ける。
「喜助さん、何を……」
怯えたように小さくなる彼女の耳たぶをそっと甘噛みし、「やんっ」と一声上げさせたところで、ボクは言った。
「一度しか言いませんからちゃんと聞いてて下さいね。……大好きですよ、香織」
〜了〜