名探偵コナン(現在2編)
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【恋のフレーズ(安室)】
彼との出会いは、本当に偶然だった。
その日、仕事を終えてたまたま通りすがりに見つけた『ポアロ』という喫茶店。どうやら人気の店らしく、繁盛しているなと思いながら席に着けば、美男美女を絵に描いたような店員達が目に入る。なるほど人気があるわけだと頷きつつ運ばれてきたサンドイッチとコーヒーを口にすると、これまた味も良いものだから、自然と私もこの店に通うようになった。
それからしばらくして。
現在シリーズ化している、女怪盗を題材にした推理小説原稿の締め切りが押し迫っていた私は、結末を上手くまとめる事が出来ず、気分を変える為にまたポアロに来ていた。
隅の席でノートパソコンとにらめっこをしていると、ふと後ろから覗き込む気配を感じる。振り向くとそこにはこの店の店員である安室さんが立っていて、液晶を見つめていた。
「な、なんですか?」
「ああ、すみません。凄く真剣に考え込んでおられたので、何をされてるのかなと気になってしまったんです。でももうほぼ完成されてるんじゃないですか?」
「そうなんですけどね。イマイチ締まった感じがなくて」
「だったら最後の所に一つ、読者を出し抜くトリックを入れてみては? 例えば……」
そう言った安室さんは、液晶に映っているごく一部の文章と結び付けながら、広がりのあるストーリーとトリックを話してくれる。それは確かに面白く、話をまとめつつも膨らませる最高のネタだった。――が。
「アドバイスはありがたく頂戴しますが……それを入れちゃうともう、私の作品じゃ無くなっちゃいますよね。こんな仕事をしていながら無知でお恥ずかしいのですが、少なくとも私は今伺ったようなトリックをまとめるだけの知識はありません」
こんな事を言いたくはないけれど、これでもプロとしてやってきている。そんな私のプライドを傷つけられた気がして我慢できなくなった。
もうここにはいたくないと思った私はパソコンを片付けると、お代をテーブルに置いて立ち上がる。そんな私に、安室さんは慌てたように言った。
「すみません、差し出がましい事をしてしまって。ちらりと見えたお話がとても面白かったのでつい……」
頭を下げて謝る安室さんに、お気になさらずと作り笑顔で答えた私はサッサと店を出る。店の外まで見送ってくれていた気配はあったけれど、私は決して振り向こうとはしなかった。
あれからしばらくの時が過ぎ。
例の本が店頭に並んだ当日、私は読者の反応を見ようと書店に寄った。丁度クリスマスの時期という事で、店内は様々なオーナメントで彩られ、クリスマスにちなんだ本のコーナーが作られている。そして私の本も、クリスマスを題材にしたものであった事からその一角に並べられていた。
少なめとは言え、平積みになった私の本を自ら手に取るのは照れ臭さもあったけれど、やはり感慨深い。見たところ数冊は売れたようで、並べられた他の本より少しだけ私の場所は低くなっていた。
ホッとしながらレジに向かう途中、新たな客達が店に入って来たのが見えた。見覚えのある青年、つまりは安室さんと眼鏡をかけた小学生くらいの男の子は、楽しそうに話しながら推理小説のコーナーへと向かう。
どうやら二人とも推理小説好きらしく、真剣に本を選んでいるようだったが、目的の物が無かったのかキョロキョロと辺りを見回し始めた。そして今度は先ほどまで私がいたクリスマスコーナーへと向かうと、男の子が嬉しそうに「あったよ!」と言って本を持ち上げる。驚いた事にそれは私の本で、彼らは各々一冊ずつ手に取ると、レジへと向かった。
咄嗟に本棚の陰に隠れた私は、二人が店から出て行くのを見届けてホッと息を吐く。
本来なら、偶然私の本を選んだのだと考えるだろう。でも私は、彼が全てを分かった上であの本を選んだことを確信していた。何故なら彼は、私が店内にいる事に気付いていたから。店を出る時に、本の入った紙袋を軽く掲げながら私のいる場所をチラリと見ていたのだ。
あの青年、安室さんは一体何を考えているのだろう? 私はあんな態度を見せて以降、一度もポアロには行ってないのに。
それだけじゃない。考えてみたら、何で私の本を知っていたのか。だって彼が私の液晶で見たのはあくまで本文の一部であり、作家名は愚か作品名だって見ていないはずなのに。
「安室さんって何者?」
不可思議な思いを抱きながら、レジで自分の本を出す。精算し、レシートを受け取った私は、一緒に渡された紙を見て動きを止めた。
「これは……?」
レジのおじさんを見ると、何故かニヤニヤと笑っている。
「あの……?」
「さっきあんたの前に同じ本を買って行った兄ちゃんが、あんたに渡してくれってよ。ちゃんと渡したからな」
「え? あ……はい」
私宛と言われれば、受け取るしかないわけで。私は頭の中を疑問符で一杯にしながら店を出た。
とりあえず家に帰って確認しようかと思ったものの、どうしても気になりその場で紙を確認する。昔懐かしい手紙折りをされた紙を開くと、中にはこう書かれていた。
――12月24日 18時にポアロで
これは一体どういう事? 日付はよくある展開を期待させるものだけど、場所と時間を考えると何かが違うようだし。
何とも言えない不安と小さな期待が生まれるこの手紙を見つめながら、私はしばらくその手紙を見つめていた。
そして、当日。
結局謎が解ける事なくその日を迎えた私は、緊張を隠せぬままにポアロの扉を開けた。
「あ、安室の兄ちゃん、三枝さんだよ!」
店に入った途端、足元から聞こえてきた子供特有の甲高い声。見れば、先日書店で安室さんと一緒にいた男の子だった。
「初めまして、僕は江戸川コナン。今日はポアロのクリスマス会にようこそ」
「……え? クリスマス会?」
初対面でも全く物怖じする事なく、やけに大人びた口調で迎えてくれたコナンという少年は、私の手を取ってポアロの奥へと連れて行く。そこにはいつもの店の女性と、高校生くらいの女の子が二人、あとはコナンくんと同じくらいの子供三人が楽しそうに談笑していた。そして私が来るのに合わせたように、店の奥から出てきたのは、安室さんだ。
「良かった、来てくれたんですね」
「ええ、まあ……っていうかどういう事ですか? これは」
ニコニコと愛想の良い笑顔で私に近付いてきた安室さんに尋ねると、彼は当たり前のように言った。
「どういう事も何も、今日はクリスマスイブなので、ここでクリスマス会をするんですよ」
「いえ、そういう事じゃなくて!」
わざと言ってるんじゃないかと思わせる答えにイラついた私が少し声を荒げると、何故かコナン君が言う。
「安室の兄ちゃん、もしかして今日の事説明してなかったの?」
「ん、まあね。色々あって」
「色々って……そりゃこのお姉ちゃんも戸惑うはずだよ」
やっぱり奇妙なほどに大人びた態度のこの少年もまた、安室さん同様謎な人物だと思う。でもそんな事よりまずは今のこの状況だ。結局私は何でここに呼ばれたのか。
けれどもその疑問を口にする必要は無かった。何故なら、すぐに別の場所からツッコミが入ったから。
「え〜、安室さんってばちゃんと伝えておいて下さいよ。ここにいる皆、三枝さんの作品のファンなんだって」
髪の長い女の子が言えば、あははと誤魔化し笑いをする安室さん。ますます訳が分からず首を傾げていると、コナン君が言った。
「要するに、僕たちは三枝さんの本が好きって事。今回の本も面白かったよ」
「今までで一番トリックが凝ってたよな」
「僕も読んでてハラハラしましたよ」
「歩美もお母さんと一緒にドキドキしてた!」
コナン君の言葉を皮切りに、子供たちが私のところに寄ってきて本の感想を言ってくれる。驚きで言葉も出ないまま固まっていると、今度は女の子たちが声をかけてきた。
「私もこのシリーズ、全部集めてるんです。すっごくハラハラして面白いから大好きなんですよ」
「そうそう、私も毎回発売日が楽しみで。でもまさか作者の方に会えるとは思えなかったから光栄です〜」
キラキラした眼差しで見つめられ、その眩しさに思わず安室さんを見ると、相変わらずニコニコと笑顔を見せている。もう何をどうすれば良いのかが分からず、
「あ、ありがとうございます。楽しんで頂けて嬉しいです」
とだけ何とか口にすると、更に大きな歓声が上がった。そしてそのまま数分、もみくちゃにされていた私の所に割って入ってきたのは、安室さん。
「さあ、話はそこまでにして食事にしようか。梓さん、お願いできますか?」
「了解! ちなみに私も三枝さんのファンでっす」
店員の女性、梓さんが私に向けてウインクをしながら一旦厨房に戻り、グラスを持って来る。ワイングラスに注がれたジュースが配られると、自然な流れで乾杯の音頭がとられ、賑やかなパーティーが始まった。
食事が始まれば、私への感想や質問も沈静化する。ありがたいながらもその勢いに押されてしまっていた私は、一番端のテーブルに腰を下ろしてホッと息を吐くと、グラスを傾けた。
「……これ……」
チラリと視線を向ければ、梓さんがまたも魅力的なウインクをしながら唇に指を当てる。どうやら大人にはシャンパンが配られたらしい。爽やかな甘みが喉に心地よく、自然と笑みが溢れた。
するとそこに、安室さんがやって来る。
「すみません、強引なやり方をしちゃって。でも皆貴女の作品のファンなので、せっかくポアロのお客様として来て下さっていたのだし、交流できたら良いなと思ったんです」
お酒が回っているのだろうか。ほんのり頬を赤くした安室さんが笑顔で言えば、梓さんが呆れたように口を挟んできた。
「安室さんから聞いたけど、この誘い方は無いわよね~。いくら見知った人とは言え、いきなりこんな手紙を渡されたら警戒するわよ。どうせ誘うんなら、ちゃんと直接理由を言わなきゃ」
「だから謝ったじゃないですか。僕だって色々考えたんですよ」
「安室の兄ちゃんにしては珍しいよね。いつもは割とスマートに動く兄ちゃんが、こんなやり方をするなんてさ」
ニヤニヤと笑いながら、今度はコナン君が話に割り込んでくる。一体何なんだろう、ここの人達の関係って。見れば見る程謎が深まるばかりだ。
「子供は口を挟まない! ほら、元太君たちが全部食べちゃっても良いのかい?」
安室さんが少し怒ったように言っても、コナン君には効果が無いようだ。ますます悪い笑みを見せながら、コナン君は続けた。
「んな事よりこっちの方が面白ぇもん。で? 兄ちゃんとお姉ちゃんはどうしてギクシャクしてるわけ?」
「別にギクシャクなんてしてないだろ。僕たちは……」
「でもこのお姉ちゃんが来てから、安室の兄ちゃんの挙動が――」
「こら、コナン君!」
コナン君が何かを言いかけた時、突然今度は髪の長い女の子が乱入してくる。
「わ~ん! 蘭姉ちゃん引っ張らないでよ~」
「大人の話に割り込んじゃダメでしょ。すみません、この子好奇心旺盛で」
「はあ……」
コナン君のお姉さんだろうか。蘭ちゃんは強引にコナン君を抱き上げると、向こうのテーブルへと彼を連行していった。
怒涛の展開について行けず、ポカンとしている私に梓さんが言う。
「まあせっかく来てくれたんだし、ゆっくりしていって下さいね。ちゃんとケーキも準備してあるのよ。安室さん特製クリスマスケーキ。ちょ~美味しいんだから! ってなわけで……まずは仲直りしておきなさいよ」
最後の部分は安室さんに向けて言われたものだ。梓さんはポン、と安室さんの背中を叩くと、皆がいるテーブルの方に行ってしまった。
残された私と安室さんは一旦目を合わせたけれどすぐに視線を外してしまい、沈黙が続く。テーブルを挟んで向かい合わせに座ったものの、正直前回の事があって居心地が悪かった。
「……私も食べ物取りに行こうかな」
沈黙が辛くてポツリと呟くと、ハッとしたように安室さんが顔を上げる。少し困ったように眉間にしわを寄せた安室さんは、はぁっと一つ大きく溜息を吐くと、視線を泳がせながら言った。
「ちょっとだけ……時間をもらえますか?」
それは、不安げな声。先程梓さんが言い残した言葉から鑑みるに、多分先日の事を謝りたいんだろうと察した私は、コクリと頷いた
「この間は、差し出がましい事をしてすみませんでした」
案の定、謝ってくる安室さん。
「良いですよ。もう気にしてませんから」
本当は嘘だけど。
今回の本は結局、安室さんが教えてくれたトリックに感化された物になっている。一度聞いてしまった話はやっぱり頭から抜けなくて。でも盗作や流用があってはならないからと、細心の注意を払って私なりの話に作り上げた物だった。
「こちらこそ大人気なかったですね。また機会があればこちらにお邪魔しますから。今日はお招きありがとうございました」
絡まない視線を気にせず、私は頭を下げた。ところが頭を上げた時、今度はまっすぐな視線が向けられていた事に気付く。
「嘘ですね。やっぱり気にしてるじゃないですか」
「はい?」
たじろぐ私に、安室さんは何故かテーブルに身を乗り出して話しかけてきた。
「瞳孔の開き方、頬の筋肉の動き、何より声がいつもより低くて冷たい」
「どんな分析してるんですか。めちゃめちゃ怖いんですけど」
「だって、許してもらわないと困るんです。きちんとこちらを向いてくれなきゃ」
「向いてるじゃないですか、安室さんの方を」
「向いてませんよ。心がそっぽを向いてたら、今日誘った意味が無い」
「心がって……え……?」
まさかと思って安室さんの目を見れば、少し瞳が潤んでいる。
「……酔ってませんか? 安室さん」
「そうですね。酔ってるかもしれません」
素直に認めた安室さんは、更に私の方へ乗り出してきた。そしてーー。
「三枝さんに酔ったんだろうな」
一瞬唇を掠めた温もりは、私の時を止める。やがて時間を取り戻した時には、私の心臓のリズムは完全に乱れていた。
「安室、さん……?」
「パーティーは8時までです。子供達を家まで送ったらフリーなんですが、酔っていては心許ない。僕を酔わせた責任を取って、今夜は酔いが覚めるまで付き合ってくれませんか?」
先程までの、酔いが回ったフワフワとした表情は幻だったのか。初めて見た安室さんの真剣な眼差しは、私の中から否の言葉を完全に消し去った。
「……はい」
その答えに安心したのか、ふうっと息を吐いた安室さんは次の瞬間、花が咲いたような笑みを見せて言った。
「クリスマスイブの夜を貴女と過ごせて嬉しいです。あ、ちなみに僕は一滴も飲んでませんから。アルコールは三枝さんと梓さんにしか出してませんよ」
「え? だって酔ってたんじゃ……」
「だから、三枝さんに……悠里に酔ったって言っただろ?」
「……っ!」
突然口調が変わった事に度肝を抜かれながらも、跳ねた心臓は何を意味するのか。一瞬で自覚させられた事に動揺した私は、顔を真っ赤にして固まっていた。
「それじゃあデートの時間まで、まずはパーティーを楽しもう。……行こうか」
手を差し伸べられ、少しの間迷いながらも手を伸ばせば、当たり前のように握りしめられる。
その温もりは、私の想像を遥かに超える熱を帯びていて。
「……見た目よりも緊張してたんですね」
クスリと笑った私は、安室さんの手に引かれるまま、皆が集まるテーブルへと向かう。
その時ふと気になって、私は聞いた。
「安室さんは何者なんですか?」
そんな私の質問に、ゆっくりと振り向きながら返された答えは、私の小説の中のフレーズーー。
「僕の心を盗んだ女怪盗を捕まえる事に必死な、しがない探偵ですよ」
〜了〜
彼との出会いは、本当に偶然だった。
その日、仕事を終えてたまたま通りすがりに見つけた『ポアロ』という喫茶店。どうやら人気の店らしく、繁盛しているなと思いながら席に着けば、美男美女を絵に描いたような店員達が目に入る。なるほど人気があるわけだと頷きつつ運ばれてきたサンドイッチとコーヒーを口にすると、これまた味も良いものだから、自然と私もこの店に通うようになった。
それからしばらくして。
現在シリーズ化している、女怪盗を題材にした推理小説原稿の締め切りが押し迫っていた私は、結末を上手くまとめる事が出来ず、気分を変える為にまたポアロに来ていた。
隅の席でノートパソコンとにらめっこをしていると、ふと後ろから覗き込む気配を感じる。振り向くとそこにはこの店の店員である安室さんが立っていて、液晶を見つめていた。
「な、なんですか?」
「ああ、すみません。凄く真剣に考え込んでおられたので、何をされてるのかなと気になってしまったんです。でももうほぼ完成されてるんじゃないですか?」
「そうなんですけどね。イマイチ締まった感じがなくて」
「だったら最後の所に一つ、読者を出し抜くトリックを入れてみては? 例えば……」
そう言った安室さんは、液晶に映っているごく一部の文章と結び付けながら、広がりのあるストーリーとトリックを話してくれる。それは確かに面白く、話をまとめつつも膨らませる最高のネタだった。――が。
「アドバイスはありがたく頂戴しますが……それを入れちゃうともう、私の作品じゃ無くなっちゃいますよね。こんな仕事をしていながら無知でお恥ずかしいのですが、少なくとも私は今伺ったようなトリックをまとめるだけの知識はありません」
こんな事を言いたくはないけれど、これでもプロとしてやってきている。そんな私のプライドを傷つけられた気がして我慢できなくなった。
もうここにはいたくないと思った私はパソコンを片付けると、お代をテーブルに置いて立ち上がる。そんな私に、安室さんは慌てたように言った。
「すみません、差し出がましい事をしてしまって。ちらりと見えたお話がとても面白かったのでつい……」
頭を下げて謝る安室さんに、お気になさらずと作り笑顔で答えた私はサッサと店を出る。店の外まで見送ってくれていた気配はあったけれど、私は決して振り向こうとはしなかった。
あれからしばらくの時が過ぎ。
例の本が店頭に並んだ当日、私は読者の反応を見ようと書店に寄った。丁度クリスマスの時期という事で、店内は様々なオーナメントで彩られ、クリスマスにちなんだ本のコーナーが作られている。そして私の本も、クリスマスを題材にしたものであった事からその一角に並べられていた。
少なめとは言え、平積みになった私の本を自ら手に取るのは照れ臭さもあったけれど、やはり感慨深い。見たところ数冊は売れたようで、並べられた他の本より少しだけ私の場所は低くなっていた。
ホッとしながらレジに向かう途中、新たな客達が店に入って来たのが見えた。見覚えのある青年、つまりは安室さんと眼鏡をかけた小学生くらいの男の子は、楽しそうに話しながら推理小説のコーナーへと向かう。
どうやら二人とも推理小説好きらしく、真剣に本を選んでいるようだったが、目的の物が無かったのかキョロキョロと辺りを見回し始めた。そして今度は先ほどまで私がいたクリスマスコーナーへと向かうと、男の子が嬉しそうに「あったよ!」と言って本を持ち上げる。驚いた事にそれは私の本で、彼らは各々一冊ずつ手に取ると、レジへと向かった。
咄嗟に本棚の陰に隠れた私は、二人が店から出て行くのを見届けてホッと息を吐く。
本来なら、偶然私の本を選んだのだと考えるだろう。でも私は、彼が全てを分かった上であの本を選んだことを確信していた。何故なら彼は、私が店内にいる事に気付いていたから。店を出る時に、本の入った紙袋を軽く掲げながら私のいる場所をチラリと見ていたのだ。
あの青年、安室さんは一体何を考えているのだろう? 私はあんな態度を見せて以降、一度もポアロには行ってないのに。
それだけじゃない。考えてみたら、何で私の本を知っていたのか。だって彼が私の液晶で見たのはあくまで本文の一部であり、作家名は愚か作品名だって見ていないはずなのに。
「安室さんって何者?」
不可思議な思いを抱きながら、レジで自分の本を出す。精算し、レシートを受け取った私は、一緒に渡された紙を見て動きを止めた。
「これは……?」
レジのおじさんを見ると、何故かニヤニヤと笑っている。
「あの……?」
「さっきあんたの前に同じ本を買って行った兄ちゃんが、あんたに渡してくれってよ。ちゃんと渡したからな」
「え? あ……はい」
私宛と言われれば、受け取るしかないわけで。私は頭の中を疑問符で一杯にしながら店を出た。
とりあえず家に帰って確認しようかと思ったものの、どうしても気になりその場で紙を確認する。昔懐かしい手紙折りをされた紙を開くと、中にはこう書かれていた。
――12月24日 18時にポアロで
これは一体どういう事? 日付はよくある展開を期待させるものだけど、場所と時間を考えると何かが違うようだし。
何とも言えない不安と小さな期待が生まれるこの手紙を見つめながら、私はしばらくその手紙を見つめていた。
そして、当日。
結局謎が解ける事なくその日を迎えた私は、緊張を隠せぬままにポアロの扉を開けた。
「あ、安室の兄ちゃん、三枝さんだよ!」
店に入った途端、足元から聞こえてきた子供特有の甲高い声。見れば、先日書店で安室さんと一緒にいた男の子だった。
「初めまして、僕は江戸川コナン。今日はポアロのクリスマス会にようこそ」
「……え? クリスマス会?」
初対面でも全く物怖じする事なく、やけに大人びた口調で迎えてくれたコナンという少年は、私の手を取ってポアロの奥へと連れて行く。そこにはいつもの店の女性と、高校生くらいの女の子が二人、あとはコナンくんと同じくらいの子供三人が楽しそうに談笑していた。そして私が来るのに合わせたように、店の奥から出てきたのは、安室さんだ。
「良かった、来てくれたんですね」
「ええ、まあ……っていうかどういう事ですか? これは」
ニコニコと愛想の良い笑顔で私に近付いてきた安室さんに尋ねると、彼は当たり前のように言った。
「どういう事も何も、今日はクリスマスイブなので、ここでクリスマス会をするんですよ」
「いえ、そういう事じゃなくて!」
わざと言ってるんじゃないかと思わせる答えにイラついた私が少し声を荒げると、何故かコナン君が言う。
「安室の兄ちゃん、もしかして今日の事説明してなかったの?」
「ん、まあね。色々あって」
「色々って……そりゃこのお姉ちゃんも戸惑うはずだよ」
やっぱり奇妙なほどに大人びた態度のこの少年もまた、安室さん同様謎な人物だと思う。でもそんな事よりまずは今のこの状況だ。結局私は何でここに呼ばれたのか。
けれどもその疑問を口にする必要は無かった。何故なら、すぐに別の場所からツッコミが入ったから。
「え〜、安室さんってばちゃんと伝えておいて下さいよ。ここにいる皆、三枝さんの作品のファンなんだって」
髪の長い女の子が言えば、あははと誤魔化し笑いをする安室さん。ますます訳が分からず首を傾げていると、コナン君が言った。
「要するに、僕たちは三枝さんの本が好きって事。今回の本も面白かったよ」
「今までで一番トリックが凝ってたよな」
「僕も読んでてハラハラしましたよ」
「歩美もお母さんと一緒にドキドキしてた!」
コナン君の言葉を皮切りに、子供たちが私のところに寄ってきて本の感想を言ってくれる。驚きで言葉も出ないまま固まっていると、今度は女の子たちが声をかけてきた。
「私もこのシリーズ、全部集めてるんです。すっごくハラハラして面白いから大好きなんですよ」
「そうそう、私も毎回発売日が楽しみで。でもまさか作者の方に会えるとは思えなかったから光栄です〜」
キラキラした眼差しで見つめられ、その眩しさに思わず安室さんを見ると、相変わらずニコニコと笑顔を見せている。もう何をどうすれば良いのかが分からず、
「あ、ありがとうございます。楽しんで頂けて嬉しいです」
とだけ何とか口にすると、更に大きな歓声が上がった。そしてそのまま数分、もみくちゃにされていた私の所に割って入ってきたのは、安室さん。
「さあ、話はそこまでにして食事にしようか。梓さん、お願いできますか?」
「了解! ちなみに私も三枝さんのファンでっす」
店員の女性、梓さんが私に向けてウインクをしながら一旦厨房に戻り、グラスを持って来る。ワイングラスに注がれたジュースが配られると、自然な流れで乾杯の音頭がとられ、賑やかなパーティーが始まった。
食事が始まれば、私への感想や質問も沈静化する。ありがたいながらもその勢いに押されてしまっていた私は、一番端のテーブルに腰を下ろしてホッと息を吐くと、グラスを傾けた。
「……これ……」
チラリと視線を向ければ、梓さんがまたも魅力的なウインクをしながら唇に指を当てる。どうやら大人にはシャンパンが配られたらしい。爽やかな甘みが喉に心地よく、自然と笑みが溢れた。
するとそこに、安室さんがやって来る。
「すみません、強引なやり方をしちゃって。でも皆貴女の作品のファンなので、せっかくポアロのお客様として来て下さっていたのだし、交流できたら良いなと思ったんです」
お酒が回っているのだろうか。ほんのり頬を赤くした安室さんが笑顔で言えば、梓さんが呆れたように口を挟んできた。
「安室さんから聞いたけど、この誘い方は無いわよね~。いくら見知った人とは言え、いきなりこんな手紙を渡されたら警戒するわよ。どうせ誘うんなら、ちゃんと直接理由を言わなきゃ」
「だから謝ったじゃないですか。僕だって色々考えたんですよ」
「安室の兄ちゃんにしては珍しいよね。いつもは割とスマートに動く兄ちゃんが、こんなやり方をするなんてさ」
ニヤニヤと笑いながら、今度はコナン君が話に割り込んでくる。一体何なんだろう、ここの人達の関係って。見れば見る程謎が深まるばかりだ。
「子供は口を挟まない! ほら、元太君たちが全部食べちゃっても良いのかい?」
安室さんが少し怒ったように言っても、コナン君には効果が無いようだ。ますます悪い笑みを見せながら、コナン君は続けた。
「んな事よりこっちの方が面白ぇもん。で? 兄ちゃんとお姉ちゃんはどうしてギクシャクしてるわけ?」
「別にギクシャクなんてしてないだろ。僕たちは……」
「でもこのお姉ちゃんが来てから、安室の兄ちゃんの挙動が――」
「こら、コナン君!」
コナン君が何かを言いかけた時、突然今度は髪の長い女の子が乱入してくる。
「わ~ん! 蘭姉ちゃん引っ張らないでよ~」
「大人の話に割り込んじゃダメでしょ。すみません、この子好奇心旺盛で」
「はあ……」
コナン君のお姉さんだろうか。蘭ちゃんは強引にコナン君を抱き上げると、向こうのテーブルへと彼を連行していった。
怒涛の展開について行けず、ポカンとしている私に梓さんが言う。
「まあせっかく来てくれたんだし、ゆっくりしていって下さいね。ちゃんとケーキも準備してあるのよ。安室さん特製クリスマスケーキ。ちょ~美味しいんだから! ってなわけで……まずは仲直りしておきなさいよ」
最後の部分は安室さんに向けて言われたものだ。梓さんはポン、と安室さんの背中を叩くと、皆がいるテーブルの方に行ってしまった。
残された私と安室さんは一旦目を合わせたけれどすぐに視線を外してしまい、沈黙が続く。テーブルを挟んで向かい合わせに座ったものの、正直前回の事があって居心地が悪かった。
「……私も食べ物取りに行こうかな」
沈黙が辛くてポツリと呟くと、ハッとしたように安室さんが顔を上げる。少し困ったように眉間にしわを寄せた安室さんは、はぁっと一つ大きく溜息を吐くと、視線を泳がせながら言った。
「ちょっとだけ……時間をもらえますか?」
それは、不安げな声。先程梓さんが言い残した言葉から鑑みるに、多分先日の事を謝りたいんだろうと察した私は、コクリと頷いた
「この間は、差し出がましい事をしてすみませんでした」
案の定、謝ってくる安室さん。
「良いですよ。もう気にしてませんから」
本当は嘘だけど。
今回の本は結局、安室さんが教えてくれたトリックに感化された物になっている。一度聞いてしまった話はやっぱり頭から抜けなくて。でも盗作や流用があってはならないからと、細心の注意を払って私なりの話に作り上げた物だった。
「こちらこそ大人気なかったですね。また機会があればこちらにお邪魔しますから。今日はお招きありがとうございました」
絡まない視線を気にせず、私は頭を下げた。ところが頭を上げた時、今度はまっすぐな視線が向けられていた事に気付く。
「嘘ですね。やっぱり気にしてるじゃないですか」
「はい?」
たじろぐ私に、安室さんは何故かテーブルに身を乗り出して話しかけてきた。
「瞳孔の開き方、頬の筋肉の動き、何より声がいつもより低くて冷たい」
「どんな分析してるんですか。めちゃめちゃ怖いんですけど」
「だって、許してもらわないと困るんです。きちんとこちらを向いてくれなきゃ」
「向いてるじゃないですか、安室さんの方を」
「向いてませんよ。心がそっぽを向いてたら、今日誘った意味が無い」
「心がって……え……?」
まさかと思って安室さんの目を見れば、少し瞳が潤んでいる。
「……酔ってませんか? 安室さん」
「そうですね。酔ってるかもしれません」
素直に認めた安室さんは、更に私の方へ乗り出してきた。そしてーー。
「三枝さんに酔ったんだろうな」
一瞬唇を掠めた温もりは、私の時を止める。やがて時間を取り戻した時には、私の心臓のリズムは完全に乱れていた。
「安室、さん……?」
「パーティーは8時までです。子供達を家まで送ったらフリーなんですが、酔っていては心許ない。僕を酔わせた責任を取って、今夜は酔いが覚めるまで付き合ってくれませんか?」
先程までの、酔いが回ったフワフワとした表情は幻だったのか。初めて見た安室さんの真剣な眼差しは、私の中から否の言葉を完全に消し去った。
「……はい」
その答えに安心したのか、ふうっと息を吐いた安室さんは次の瞬間、花が咲いたような笑みを見せて言った。
「クリスマスイブの夜を貴女と過ごせて嬉しいです。あ、ちなみに僕は一滴も飲んでませんから。アルコールは三枝さんと梓さんにしか出してませんよ」
「え? だって酔ってたんじゃ……」
「だから、三枝さんに……悠里に酔ったって言っただろ?」
「……っ!」
突然口調が変わった事に度肝を抜かれながらも、跳ねた心臓は何を意味するのか。一瞬で自覚させられた事に動揺した私は、顔を真っ赤にして固まっていた。
「それじゃあデートの時間まで、まずはパーティーを楽しもう。……行こうか」
手を差し伸べられ、少しの間迷いながらも手を伸ばせば、当たり前のように握りしめられる。
その温もりは、私の想像を遥かに超える熱を帯びていて。
「……見た目よりも緊張してたんですね」
クスリと笑った私は、安室さんの手に引かれるまま、皆が集まるテーブルへと向かう。
その時ふと気になって、私は聞いた。
「安室さんは何者なんですか?」
そんな私の質問に、ゆっくりと振り向きながら返された答えは、私の小説の中のフレーズーー。
「僕の心を盗んだ女怪盗を捕まえる事に必死な、しがない探偵ですよ」
〜了〜
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