スラムダンク(現在1編)

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 昼休み。
 いつものように屋上で一人、のんびりと昼寝をしていた流川は、階段を上ってくる足音に気付いた。
 少しだけ歩調の乱れが感じられるのは、多分息切れしているのだろう。ほんの少しだけ口の端を上げた流川は、敢えて目を開けることなく足音の主の動向を伺っていた。

「はあ……やっぱりここ、だった……」

 案の定、肩で息をしながら頬を上気させて流川に近付いてきたのは、クラスメイトであり幼馴染の京子
 そろそろ昼休みも後半だと言うのに、手に持っているビニールには、パンが入ったままだ。

「もう、楓ってば。お昼は一緒に食べようって約束してたでしょ!」

 流川の横にペタンと座り込んだ京子は、ようやく人心地つけるといった風に大きく息を吐く。

「ここまで来るの、大変だったんだからね。流川親衛隊も楓を探してるんだもん。まく為にどれだけ走らされたことか……」

 恨みがましい目つきで流川を睨んだ京子だったが、当の流川は眠ったふりをしたままだ。しかしそんな事等おかまいなしに、京子はしゃべり続けた。

「そもそも何だって私がこんな苦労をしなきゃいけないってのよ。な〜にが流川親衛隊よ。見た目は良いかもしれないけど、素の楓なんて無愛想だし自分勝手だし、一緒にいるのも大変なんだからね!」

 そう言いながら袋からガサガサとコーヒー牛乳と大きな焼きそばパンを取り出した京子は、パァンっと大きく手を合わせる。

「ってなわけで、いっただっきま〜す!」

 大胆に口を開けてかぶりつくと、怒りで吊り上がっていた目尻は下がり、幸せそうな表情になっていった。しかも流石に物が口に入っていれば喋れない。先ほどまでの賑やかさは一転、静かな時間が流れ始めた。

「やれやれ……やっと静かになったか。俺の眠りを妨げやがって」

 うんざりとした表情でゆっくりと体を起こした流川が、大きくため息を吐く。そんな流川を見て未だ口の中にパンが入ったままの京子は不満げに流川を睨むも、声を出せずにモゴモゴと口を動かしていた。

「口は一つなんだ。黙って食え」
「んむ」

 それもそうだと頷く京子。再び流川はため息を吐きはしたものの、それは先ほどとは少し意味合いが違っているようだ。
 バスケをしている時以外は気怠い表情の多い流川だが、今こうして京子を見つめる眼差しは、とても柔らかく優しい物だった。

「体育館に行ってくる」

 この昼休みはゆっくりと寝るつもりでいたのだが、起きてしまった以上時間を無駄にはしたく無い。
 そろそろ試合も近いし、シュート練習でもしておくかと流川は立ち上がる。すると京子が慌て始めた。

「んーっ!」

 片手でパンを口に押し込みながら、もう片方の手は流川を掴む。

「お前はゆっくり食ってろ」
「んむ、む〜!」
「お前まで付き合う必要はねーよ」

 何を言わんとしているか、こんな状態でも分かってしまう流川が答えてやれば、縋るような眼差しで首を横に振る京子

「ったく……」

 やれやれ、ともう何度目か分からないため息を吐いた流川は、面倒くさそうにポケットからMDプレイヤーを取り出すと、ぶっきらぼうに言った。

「何番だ?」
「……っ! ろ、六番っ!」

 何とかギリギリ口の中を空にできた京子が叫ぶ。
 それは、流川のMDに入っている曲の中で一番長い曲だ。ちなみにこのMDは、京子のお気に入りを集めたベスト盤でもあった。

「これ一曲分しか待たねーぞ」
「ラジャ! それだけあればヨユーのよっちゃん!」
「どあほう」

 小さく口角を上げた流川がイヤホンを装着する間も、必死にパンを口に押し込み、コーヒー牛乳で流し込む京子
 高校生になっても淑やかさを感じられない京子に呆れながらも、この変わらない関係は流川にとって安心でき、心地の良いものだった。

「食ったら行くぞ。待たせた分ボール拾いしろよ」

 京子が全て食べ終えたのを確認して言う。既に指定された曲は終わっており、MDの電源は落ちていたが、それについて流川は何も言わなかった。

「もっちろん! ボール拾いで私の右に出る者はいないんだから!」

 満腹で幸せそうな笑顔を見せながら言う京子に流川は少しだけ目を細めると、何も言わずに歩き出す。

「あ、待ってよ楓!」

 慌てて追いかけて来た京子が袖を引っ張りながら再び賑やかに「ねぇねぇ、残り時間で何本入れられるかなぁ? 私、応援してるからね。お昼休みはあと15分ほどだから……」と話し始めると、不意に流川の足が止まった。

「楓?」

 いきなりどうしたのかと不思議そうに流川の顔を見上げる京子に返って来たのは、

「どあほう。打った分は全部決めてやる」

という言葉と、拙い口付け。

「……あ……」

 驚きで固まる京子に背を向けた流川は、何事も無かったかのように階段を下り始める。実はほんの少し頬を染めていたのだが、京子にそれは見えてはいなかった。

「……ファーストキスだったのに……」

 立ち尽くしたままの京子が呆然と呟く。だが、次第にその感触をリアルに思い出せるようになってくると、一気に感情が爆発した。

「せっかく楓が初めてキスしてくれたのに……憧れのレモン味じゃなくて、コーヒー牛乳と焼きそばパン味のキスになっちゃった~~!」
「ブッ!」

 屋上からの階段を半分ほど下りかけた所で聞こえて来た叫びに、流川が吹き出す。

「どあほうが」

 俯いて口を押え、体を震わせながら言った流川だったが、その顔には周りの者が見た事の無い幸せそうな笑みが浮かんでいた。

~了~

2018/5/11
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