時の泡沫
夜になり、一息ついた幹部達は局長室に召集されていた。
「いよいよ明日決行だ。予定通り近江屋という事で皆頼むぞ」
局長の言葉に、その場の全員が頷く。
「総司の事は心配しなくて良い。彼奴もこの事は了承済みだ。皆にくれぐれも宜しくと言っていた」
そう言った副長は、私の顔をちらりと見た。いつの間にそんな話をしていたのだろう。私には一言も坂本について話をせず、診療所へと向かったというのに。
「特に山崎にはきっちりと伝えてくれと言われてな。自分を気にしていたら隊務に支障が出ちまうし、何より心配かけすぎると、石田散薬より不味い薬を飲まされてお仕置きされるから、だとよ。……納得いかねぇ伝言だ」
「ぷっ……そりゃ総司も必死になるわな。石田散薬を上回るって相当だぜ」
「石田散薬を超える不味さか……。敵にこれを送ったら、あっさり殲滅できたりしてな」
「お前ら、石田散薬を馬鹿にすんじゃねーっ!!」
永倉さんと原田さんが、調子に乗って好きな事を言って笑い、副長が本気で突っ込みを入れる。それはとても馬鹿馬鹿しい姿だが、それでも今の私には嬉しかった。局長も、笑いながら暫くその姿を見ていたが、終わりそうにない三人の掛け合いに苦笑いしながら手を打つ。
「そろそろ本題に戻ろうか。では、改めて明日の段取りを確認していこう」
局長の言葉に、一瞬で皆の表情が引き締まる。さすがだなと思いながら、私も気を引き締めてその段取りを確認していた。
やがて夜も更け、そろそろ解散と言う頃。誰かが慌ただしく局長室に走ってくる足音が聞こえた。そのただならぬ様子から、皆が立ち上がり廊下に出る。
するとそこにやって来たのは島田さんだった。
「ご報告します。つい先刻近江屋にて坂本龍馬暗殺。中岡新太郎は瀕死の重傷との事です」
「なっ……!」
誰もが言葉を失ったまま、暫く動けなかった。まさかこんな事が起きるとは、想像もしていなくて。
「下手人は……分かっているのか?」
呆然としていた副長だったが、はっと気付いたように島田さんに尋ねる。だが、彼は首を横に振った。
「未だ分かりません。たまたま監察の者が近江屋付近を歩いていた際、騒ぎに気付いて報告に来たばかりなので。現在吉村君が確認に行っています。まずはご一報まで」
「そうか、ご苦労だった。引き続き頼む」
「承知しました」
頭を下げ、走り去る島田さんを見送りながら、私達は未だ呆然としたままだった。
「何が起こってんだよ……」
原田さんが、座り込みながら呟いた。それに続くように再び皆も局長室に戻り、円座する。
「そりゃ坂本って奴は色々やらかしてるからな。いつか誰かが手を下すだろうとは思ってたけどよ。まさか今日とは……」
原田さんの言葉に、皆が頷いた。偶然にも我々は決行を明日に延期した為、今はこうして驚くだけで済んでいるが、もし予定通り今日決行していたらどうなっていた事か。その事を考えると、身震いしてしまう。
「考えようによっちゃ、俺達が手を下さなくて済んだんだ。容保公への忠義も立つし、良いのかもしんねーけどよ」
確かに永倉さんの言う通り、誰かが坂本を屠った事で新選組の手を汚す事は無くなった。だが果たしてそう上手くまとまってくれる話だろうか。何せ、暗殺計画を立てる前から伊東さんに予告されていた程だ。新選組は坂本の命を狙うだろうと、多くの者が考えていてもおかしくない。
「これが新選組のせいだという話にならなければ良いのですが……」
ぽそりと言った私の言葉に、副長が眉をひそめるのが分かった。坂本暗殺の実行犯を新選組だと思い込み、復讐を誓う者も出てくるはずだ。
「やってもいねぇ事で罪をおっかぶらされるのはごめんだが、その可能性は十分にあるな。寝首を掻かれねぇように、今まで以上に気を張って行け」
「承知」
副長の言葉に、皆が一斉に頷いた。
「ではこの件に関しての今後は、監察からの報告待ちとして……次は伊東さんだな。どうする? 歳」
ずっと腕組みをしながら皆の話を聞いていた局長が、ここに来て漸く口を開く。先日の話し合いの席ではあっけらかんとしていたが、やはり気にはなっていたようだ。いや、ひょっとしたら坂本の暗殺が他人の手で現実となった事で、自らの暗殺計画に生々しさを感じたのかもしれない。
「ああ、それも早急に考えなきゃなんねぇな。だが坂本暗殺で数日はあちこちが騒がしくなっているだろう。落ち着いた頃合を見計らって叩くしかねぇ」
「うむ、そうか」
「安心しな、近藤さん。あんたの事は俺達が絶対守ってやる。坂本のような間抜けな事にはなんねぇよ」
副長がにやりと笑って局長の肩を叩く。その場にいた他の者達も、頼もしい笑顔を見せた。
「ああ、頼む」
それを見て、局長も破願する。お互いを信頼する笑顔に、私の心は温かくなるのだった。
「いよいよ明日決行だ。予定通り近江屋という事で皆頼むぞ」
局長の言葉に、その場の全員が頷く。
「総司の事は心配しなくて良い。彼奴もこの事は了承済みだ。皆にくれぐれも宜しくと言っていた」
そう言った副長は、私の顔をちらりと見た。いつの間にそんな話をしていたのだろう。私には一言も坂本について話をせず、診療所へと向かったというのに。
「特に山崎にはきっちりと伝えてくれと言われてな。自分を気にしていたら隊務に支障が出ちまうし、何より心配かけすぎると、石田散薬より不味い薬を飲まされてお仕置きされるから、だとよ。……納得いかねぇ伝言だ」
「ぷっ……そりゃ総司も必死になるわな。石田散薬を上回るって相当だぜ」
「石田散薬を超える不味さか……。敵にこれを送ったら、あっさり殲滅できたりしてな」
「お前ら、石田散薬を馬鹿にすんじゃねーっ!!」
永倉さんと原田さんが、調子に乗って好きな事を言って笑い、副長が本気で突っ込みを入れる。それはとても馬鹿馬鹿しい姿だが、それでも今の私には嬉しかった。局長も、笑いながら暫くその姿を見ていたが、終わりそうにない三人の掛け合いに苦笑いしながら手を打つ。
「そろそろ本題に戻ろうか。では、改めて明日の段取りを確認していこう」
局長の言葉に、一瞬で皆の表情が引き締まる。さすがだなと思いながら、私も気を引き締めてその段取りを確認していた。
やがて夜も更け、そろそろ解散と言う頃。誰かが慌ただしく局長室に走ってくる足音が聞こえた。そのただならぬ様子から、皆が立ち上がり廊下に出る。
するとそこにやって来たのは島田さんだった。
「ご報告します。つい先刻近江屋にて坂本龍馬暗殺。中岡新太郎は瀕死の重傷との事です」
「なっ……!」
誰もが言葉を失ったまま、暫く動けなかった。まさかこんな事が起きるとは、想像もしていなくて。
「下手人は……分かっているのか?」
呆然としていた副長だったが、はっと気付いたように島田さんに尋ねる。だが、彼は首を横に振った。
「未だ分かりません。たまたま監察の者が近江屋付近を歩いていた際、騒ぎに気付いて報告に来たばかりなので。現在吉村君が確認に行っています。まずはご一報まで」
「そうか、ご苦労だった。引き続き頼む」
「承知しました」
頭を下げ、走り去る島田さんを見送りながら、私達は未だ呆然としたままだった。
「何が起こってんだよ……」
原田さんが、座り込みながら呟いた。それに続くように再び皆も局長室に戻り、円座する。
「そりゃ坂本って奴は色々やらかしてるからな。いつか誰かが手を下すだろうとは思ってたけどよ。まさか今日とは……」
原田さんの言葉に、皆が頷いた。偶然にも我々は決行を明日に延期した為、今はこうして驚くだけで済んでいるが、もし予定通り今日決行していたらどうなっていた事か。その事を考えると、身震いしてしまう。
「考えようによっちゃ、俺達が手を下さなくて済んだんだ。容保公への忠義も立つし、良いのかもしんねーけどよ」
確かに永倉さんの言う通り、誰かが坂本を屠った事で新選組の手を汚す事は無くなった。だが果たしてそう上手くまとまってくれる話だろうか。何せ、暗殺計画を立てる前から伊東さんに予告されていた程だ。新選組は坂本の命を狙うだろうと、多くの者が考えていてもおかしくない。
「これが新選組のせいだという話にならなければ良いのですが……」
ぽそりと言った私の言葉に、副長が眉をひそめるのが分かった。坂本暗殺の実行犯を新選組だと思い込み、復讐を誓う者も出てくるはずだ。
「やってもいねぇ事で罪をおっかぶらされるのはごめんだが、その可能性は十分にあるな。寝首を掻かれねぇように、今まで以上に気を張って行け」
「承知」
副長の言葉に、皆が一斉に頷いた。
「ではこの件に関しての今後は、監察からの報告待ちとして……次は伊東さんだな。どうする? 歳」
ずっと腕組みをしながら皆の話を聞いていた局長が、ここに来て漸く口を開く。先日の話し合いの席ではあっけらかんとしていたが、やはり気にはなっていたようだ。いや、ひょっとしたら坂本の暗殺が他人の手で現実となった事で、自らの暗殺計画に生々しさを感じたのかもしれない。
「ああ、それも早急に考えなきゃなんねぇな。だが坂本暗殺で数日はあちこちが騒がしくなっているだろう。落ち着いた頃合を見計らって叩くしかねぇ」
「うむ、そうか」
「安心しな、近藤さん。あんたの事は俺達が絶対守ってやる。坂本のような間抜けな事にはなんねぇよ」
副長がにやりと笑って局長の肩を叩く。その場にいた他の者達も、頼もしい笑顔を見せた。
「ああ、頼む」
それを見て、局長も破願する。お互いを信頼する笑顔に、私の心は温かくなるのだった。
