このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

時の泡沫

「……どちらさんかは存じまへんが、誰ぞとお間違えなんと違います?」

 咄嗟に訝しそうな表情を作り、言った。そのままごく普通に藤堂さんの横を通り過ぎようとしたのだが……。

「無駄だよ、山崎くん。いや、その姿の時はお琴さんだったかな?」

 歩み寄る気配に振り向くと、伊東さんが満面の笑みを見せていた。

「確かにうちは琴どすけど、おたくはんらのような知り合いはおへん」
「あくまで認めないというわけか。まぁ、私は君さえ手に入ればそれで良いんだがね。坂本くんに会いに行っていたのを見てたんだろう?」

 そう言いながら間合いを詰めてくる伊東さんにうすら寒い物を覚えた私は、咄嗟に走って逃げようとした。だが、伸ばされた手が私の腕を掴んで離さない。

「痛……っ!」

 痕が付きそうな程に強く握られ、思わず呻いてしまう。そんな私達の姿に、藤堂さんが驚いて声を上げた。

「伊東先生! 一体何をしてるんですか!? その人は……」
「間違い無く山崎くんですよ。貴方の知っている新選組の、ね。ただしこれは女装ではなく、真の姿なんですよ」
「真の姿って……山崎くんが……女? まさか……」

 驚きで声を失った藤堂さんが、私を見つめる。それがとても痛くて、私はフイと視線を逸らした。

「ほらね。目を合わせられないのが何よりの証拠ですよ。山崎くんは最初から女子だったんです」
「そんな……」

 フラフラと歩み寄ってくる藤堂さんは、信じられないと言う顔をしながらも、どこか納得していて。もう、誤魔化しは聞かないだろうと思った。

「土方さんは……知ってるの?」
「知ってるも何も、二人は恋仲ですよ。ずっと前からね」
 
 忌々しげに伊東さんが答える。その表情は禍々しくて、私の中を悪寒が走った。

「なっ……! じゃぁ土方さんは、大切な人をいつも危険な場所に送り込んでるって事!? そんな事が出来てしまうくらいに、あの人は鬼だって事!?」
「違……っ!」

 思わず反論しかかり、口を噤んだ。これ以上何かを言えばきっと、どんどんボロが出てしまうだろうと思ったから。
 今は逃げる事が最優先だ。私は自由な方の手で苦無を握り、伊東さんから離れようとした。ところがそれを見た篠原さんが、咄嗟に苦無を取り上げようと私の手を掴む。そして、もみ合いになった次の瞬間だった。

「……っ!」

 苦無が私の太ももをかすめて地面に落ち、同時にぽたぽたと地面を彩る赤。思わず倒れこむと、切り裂かれた着物の隙間から、一筋の傷が見えていた。その肌の色と血の色の対比はとても生々しくて。男達が、ごくりと生唾を飲み込むのが分かった。
 急いで手で覆い隠しながら、止血の為圧迫する。痛みの感じから、皮一枚切れた程度の物だとは分かっていた。痛み自体も大した事は無い。男達が惚けている今なら……逃げられる! そう判断した私は素早く立ち上がると、一目散に大通りへと駆け出した。
 慌てて伊東さん達も追いかけてこようとしていたが、偶然にも町方が通りかかる。助けを求めて何とか逃げおおせる事が出来た私はそのまま、いつもとは違う監察用の隠れ家へと向かった。
73/98ページ
良かった👍