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時の泡沫

 決行を決めたその日から、万が一坂本が居を移動してしまう事を考えて私達は張り込みを強化していた。だが当の坂本はというと、いつ自分が斬られてもおかしくない存在だという事を知ってか知らずか、頻繁に町を歩き回っている。

「色々な意味で大物だな……ただの阿呆かも知れないけど」

 ついぼやいてしまう。とことん落ち着きのない男で、付いて回る方も大変だ。

「あれで結構周りを見ているようですよ。刺客らしき者が一定の距離まで近付くと、ちゃんと距離を取るよう動いていますから」

 今日は吉村さんと一緒に、朝から久しぶりの夫婦姿で尾行している。
 確かに坂本は敏いのだ。一度他の監察が一人で尾行していた時、坂本から声をかけられたこともあるらしい。何も気付いていないようで、しっかりと牽制をかけられたという事だ。

「それだけ気を張るのなら、一か所に留まっていれば良いのに。こっちの身にもなってくれって話ですよね」

 もう慣れっこになっている私の愚痴に笑う吉村さんだったが、突然ツイと人差し指を立てた。すぐに私も気付き、頷く。フラフラと歩いていた坂本が、漸く一軒の店に入って行ったのだ。そこは小さな料亭だが、確か薩長の息がかかっている店のはず。

 誰かと約束でもしていたのだろうか。細心の注意を払い、出来るだけその店に近付こうとした時だった。

「あれは……!」

 通りの向こうに見知った顔を見かけ、慌てて細い路地へと隠れる。出来る限り気配を消して様子を伺っていると、その者達は坂本のいる店へと入って行った。

「伊東さんと篠原さんでしたね」
「という事は、今から密会? 近々会うつもりだとは言っていましたが、まさか今日とは」

 これは大きな動きだ、と思い、何とか会話を聞けないかと店の周辺を探ってみた。だが流石に下調べも出来ていない店の状況は把握できず、中にも入れない。吉村さんもこの店は想定していなかったようで、お互い焦りの中、必死に頭を回転させていると……。

「それでは、失礼します」

と中から声が聞こえた。未だ入ってわずかの時しか経っていないというのに、もう密会は終わったのだろうか。咄嗟に隠れて様子を伺っていたが、店から出て来た伊東さんは、浮かない顔をしていた。
 少し距離がある為会話は聞こえないが、篠原さんと何かを話し、店の奥に視線を向けている。そして小さく頭を落とすと、残念そうに店を離れて行った。

「どうします? 山崎さん。二手に分かれますか?」

 吉村さんが言ったのは、私が今考えているのと同じ事。

「お願いします。吉村さんは引き続き坂本を見張っていて下さい。私は伊東さんを追います」
「承知しました。……気を付けて下さいね」
「吉村さんも」

 そう言い残すと、私はすぐに小走りで伊東さんを追った。出遅れたものの、すぐに追いつくことの出来た私は、細心の注意を払い尾行を続ける。途中で自分が『お琴』の姿だった事を思い出してまずいとは思ったが、着替えをする余裕は無かった。
 二人は大通りをしばらく歩くと、ふと思い立ったように細い路地へと入り込む。このあたりの地図は頭に叩き込んであるが……そちらにこの二人が用のあるような場所は無いはずだ。更に奥は袋小路となっている。

「気付かれたか……ひょっとして、罠?」

 警戒心を強める。だがここで引き返すわけにもいかず、私は覚悟を決めた。
 最悪を想定して、逃走経路を考えながら追いかける。この道の突き当りを左に行けば、袋小路だ。案の定、二人は左へと曲がった。私は素知らぬ顔で、敢えて右へと曲がる。するとそこには……。

「あれ? 山崎、くん……?」

 藤堂さんが、唖然とした表情で立っていた。
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良かった👍