時の泡沫
それから数日後の十一月十日。予告通り、斉藤さんが新選組の屯所に戻った。
「ご苦労だったな、斉藤」
幹部が集められた局長室で喜びの再会を果たす。
この日より、斉藤さんは山口二郎と名を改めた。だがその喜びの裏には、寂しさも存在している。
「平助は……戻らねぇんだな」
しんみりと言う原田さんに、永倉さんが小さく頷いた。その言葉に、山口さんが申し訳なさそうに言う。
「すまない。任務の特性上、平助を説得する事が出来なかった。だがあいつはずっと新選組の事を……皆の事を気にしていた。居場所は違えど、平助は平助だ」
やはり彼らにとって藤堂さんは、今でも大切な仲間なのだな、と思う。出来る事なら、私も彼に戻ってきて欲しかった。だがそれは栓無い事だと、皆分かっているのだ。
「で? 斉藤……いや、山口。お前が急遽戻ってきた理由は? 何かあったのか?」
しんみりとした空気を打ち消すかのように、副長が話を切り出す。その言葉に姿勢を正して山口さんが答えた内容は、皆の表情を一気に引き締める物だった。
「伊東さんが俺に、正式な命を出しました。内容は新選組局長、近藤勇の暗殺です」
「……とうとう動き出しやがったか……!」
先日、伊東さんが私に投げかけてきた「局長がいなくなっても……」という言葉。これを副長に伝えた時、私達は確信していた。近い内に伊東さんが、局長を手を下そうとしてくるだろう、と。吉村さんとの情報のすり合わせからも予測はしていたのだが、伊東さんは以前から薩摩との繋がりの中で、局長暗殺を促されていたらしい。そしてとうとう、伊東さんが牙を剥いたのだ。
だが伊東さんにとって不幸だったのは、信じて任せた『斉藤一』という男が新選組の間者であったという事。もう隠し立ても、後戻りも出来ない。
「坂本だけじゃなく、もう一人片付けなきゃならなくなっちまったな」
そう言った副長の顔は、生き生きとしていた。
「だがどう動く? 優先順位を決めねばなるまい」
皆の表情が引き締まる中、当の暗殺対象である局長は意外とあっけらかんとした顔をしている。いつかこの日が来るだろうと心積もりがあった事もあるかもしれないが、何よりきっと、副長を信じているのだろう。
「そうだな……やはりここは、準備の出来つつある坂本から先に動こう。その代わり、しっかりと近藤さんの護衛を頼む」
「承知!」
その場にいた幹部全員が、力強く頷いた。
「ところでよ、気になったんだが……」
永倉さんが、山口さんに問うた。
「こっちに戻るのは良いけどよ、御陵衛士の方はどうやって抜けたんだ? あちらさんだって、はいどうぞってな感じで抜けさせてはくれねぇだろ?」
「あ、それは俺も思った! 一体どうやったんだ?」
原田さんも同調して尋ねる。そんな興味津々の目で見つめる二人に、山口さんは事も無げに答えた。
「女に入れ込んで脱走した事になっているはずだ。ついでにこれを頂いておいた」
そういえば忘れていた、とばかりに懐から取り出されたのは、五十両。それを見て、その場にいた山口さん以外の全員があんぐりと口を開けていた。
「……局長より、お前が先に消されそうだな……」
永倉さんの呟きは、皆を代表した心の声だろう。だがすぐにそれは、笑いに変わった。
「山口、お前……ほんとすげぇ奴だな!」
「お褒めに預かり光栄です」
副長の言葉は、果たして褒め言葉なのか微妙ではあったが、山口さんの表情はまんざらでもなかったので良しとしよう。
皆の久しぶりの笑顔を見ながら、その日の会合はお開きとなる。そして翌日には、坂本暗殺の決行日を十一月十五日と定めたのだった。
「ご苦労だったな、斉藤」
幹部が集められた局長室で喜びの再会を果たす。
この日より、斉藤さんは山口二郎と名を改めた。だがその喜びの裏には、寂しさも存在している。
「平助は……戻らねぇんだな」
しんみりと言う原田さんに、永倉さんが小さく頷いた。その言葉に、山口さんが申し訳なさそうに言う。
「すまない。任務の特性上、平助を説得する事が出来なかった。だがあいつはずっと新選組の事を……皆の事を気にしていた。居場所は違えど、平助は平助だ」
やはり彼らにとって藤堂さんは、今でも大切な仲間なのだな、と思う。出来る事なら、私も彼に戻ってきて欲しかった。だがそれは栓無い事だと、皆分かっているのだ。
「で? 斉藤……いや、山口。お前が急遽戻ってきた理由は? 何かあったのか?」
しんみりとした空気を打ち消すかのように、副長が話を切り出す。その言葉に姿勢を正して山口さんが答えた内容は、皆の表情を一気に引き締める物だった。
「伊東さんが俺に、正式な命を出しました。内容は新選組局長、近藤勇の暗殺です」
「……とうとう動き出しやがったか……!」
先日、伊東さんが私に投げかけてきた「局長がいなくなっても……」という言葉。これを副長に伝えた時、私達は確信していた。近い内に伊東さんが、局長を手を下そうとしてくるだろう、と。吉村さんとの情報のすり合わせからも予測はしていたのだが、伊東さんは以前から薩摩との繋がりの中で、局長暗殺を促されていたらしい。そしてとうとう、伊東さんが牙を剥いたのだ。
だが伊東さんにとって不幸だったのは、信じて任せた『斉藤一』という男が新選組の間者であったという事。もう隠し立ても、後戻りも出来ない。
「坂本だけじゃなく、もう一人片付けなきゃならなくなっちまったな」
そう言った副長の顔は、生き生きとしていた。
「だがどう動く? 優先順位を決めねばなるまい」
皆の表情が引き締まる中、当の暗殺対象である局長は意外とあっけらかんとした顔をしている。いつかこの日が来るだろうと心積もりがあった事もあるかもしれないが、何よりきっと、副長を信じているのだろう。
「そうだな……やはりここは、準備の出来つつある坂本から先に動こう。その代わり、しっかりと近藤さんの護衛を頼む」
「承知!」
その場にいた幹部全員が、力強く頷いた。
「ところでよ、気になったんだが……」
永倉さんが、山口さんに問うた。
「こっちに戻るのは良いけどよ、御陵衛士の方はどうやって抜けたんだ? あちらさんだって、はいどうぞってな感じで抜けさせてはくれねぇだろ?」
「あ、それは俺も思った! 一体どうやったんだ?」
原田さんも同調して尋ねる。そんな興味津々の目で見つめる二人に、山口さんは事も無げに答えた。
「女に入れ込んで脱走した事になっているはずだ。ついでにこれを頂いておいた」
そういえば忘れていた、とばかりに懐から取り出されたのは、五十両。それを見て、その場にいた山口さん以外の全員があんぐりと口を開けていた。
「……局長より、お前が先に消されそうだな……」
永倉さんの呟きは、皆を代表した心の声だろう。だがすぐにそれは、笑いに変わった。
「山口、お前……ほんとすげぇ奴だな!」
「お褒めに預かり光栄です」
副長の言葉は、果たして褒め言葉なのか微妙ではあったが、山口さんの表情はまんざらでもなかったので良しとしよう。
皆の久しぶりの笑顔を見ながら、その日の会合はお開きとなる。そして翌日には、坂本暗殺の決行日を十一月十五日と定めたのだった。
