時の泡沫
その日の夕刻。
赤く染まった空に見惚れながら隠れ家の戸を開けると、中には既に歳三さんの寛ぐ姿があった。
「……自分、どんだけ行動力あんねや……」
呆れながら家に入ると、畳の上には地図が広げられている。どうやら此処で、今後の動きを模索していたらしい。
「局長とは話がまとまらはったんですのん?」
お茶を入れながら、私は聞いた。ついでに簡単な夕食も準備し始めると、歳三さんの顔がほころぶ。
「ああ、まとまったぜ。お前は外に出ていたから先に永倉や原田達助勤には伝えたが、やはり坂本は斬る」
「そうなる思て先手を打って、情報を集めてましたけど……何や複雑やわ」
沢庵を切り、一切れ歳三さんの口に放り込むと、子供が飴玉をもらった時のように嬉しそうな顔になった。実はこれが見たくて、私自身はあまり食べない沢庵を漬けるようになっていたりする。
「伊東はんの読み通りに動いてまうのって、癪やなーって思てまうんよ」
そんな私の言葉に、咀嚼していた沢庵を飲み込んだ歳三さんは言った。
「読み通りだろうが何だろうが、最後に俺達が笑えれば良いさ。伊東が止めたがってるなら、全力で突っ走るまでだ」
もう一切れ、と出した手を軽く叩き、あとは食事の時にと諭す。その自然な行為は、まるで夫婦の掛け合いのようだった。
「うちらの方がよっぽど夫婦らしいですやん」
出来上がったお膳を運ぶと、向かい合わせに座る。屯所で食べる時のような賑やかさは無く、島原のお膳のように豪華でも無い。それでも二人でこうして穏やかに食事が出来るのは、至高の贅沢だ。
「ずっと……こないな生活が送れたらええのに……」
思わずポソリと呟いた。それを聞いた歳三さんが少し困った顔をしているのは、希望が無いからだと分かっている。
「なぁ、歳三はん……」
「ん? 何だ?」
「うちらはこれから、どないなっていくんやろな……」
「あん?」
思わず、口をついた。
この動乱の中、見えない先の世に新選組は生き残れるのだろうか。そして、行き着く先は何処なのか。
「うちには見えへんのや、新選組の行く末が……」
それは、ここ最近頭から離れない疑問。
「坂本の周辺を調べていると、倒幕派の思想に触れる機会も多ゆうなるわな。うちらとは違った視点の考え方は、考えさせられるもんもぎょーさんあった。せやけどやっぱり正しいのはうちらやと思うし、倒幕派の強引なやり方は好かんしで、何とかせなあかんとは思てるんえ。思てるんやけど……」
昔、近所の婆様がぼやいていた言葉をふと思い出す。
――男はんは、夢を見てそれを追い続ける。女子は現実(いま)を必死に守ろうとする。同じ人生を歩んでいても、見えてるもんは違うんえ。
「このまま戦い続けて、最後に得る物って何なんやろな……って思てまうんよ」
新選組は好きだ。だから大切な仲間を守りたい。
だがその新選組が守ろうとしていた幕府は、大政奉還により消滅する形となってしまった。それならば、今後我々の存在する意味は……?
「琴尾……」
黙り込んでしまった私に、歳三さんが声をかける。それに気付いた私は、慌てて笑顔を見せた。
「すんまへん。言うてる本人が、何言うてるか分からんなってるわ。気にしんといて下さい。せっかくのお膳が冷めてまうよって、はよ食べまひょ」
せっかくの食事時にする話では無かったなと思い、歳三さんに食事を促す。そして自らもお椀を手に取ろうとした時……。
「ついてくれば良いだろ」
「……はい?」
それは、まっすぐに私を見ている歳三さんの言葉。
「行く末が見えなきゃ、俺に付いてくれば良いさ。得る物があるかなんざ俺にも分からねぇが、前に進んでりゃ何かがあるだろ。幕府があろうと無かろうと、俺達は誠の信念の下、武士としてただ真っ直ぐに突き進むだけだ。例えそれが他人から見れば馬鹿げたものだったとしても、それが俺達であり、新選組なんだ。前が見えなきゃ俺に付いて来い。迷っていたら俺が助け出してやる。お前は俺の側にいれば良いんだよ」
そう言って歳三さんがにやりと笑う。そこにあるのは、自信に満ち溢れた男の笑みだった。
「えらい剛毅なお人やな」
「ったりめぇだろ。俺は副長だぜ?」
本当にこの人は……。つられて私も微笑んでしまう。
「そうやったな。歳三はんは新選組の副長や。うちは鬼の副長について行けばええんよな」
「そういう事だ。お前は何も悩まず、ただ俺の側にいれば良い」
「ほんま強引なお人や」
「それが分かってて……俺に惚れたんだろ?」
しれっとした顔で言いながら沢庵を頬張る歳三さんに、頭が上がらない。だが表情とは裏腹に頬が少し赤くなっている事に気付き、思わず吹き出してしまった。
自分で言って照れくさかったのだろう。何笑ってんだよ、と表情を崩さぬようにしてはいたが、ますます赤くなる頬に、私の笑いはしばらく収まる事が無かった。
その後食事を終えた私達はしばし、坂本襲撃についての話に没頭する。やがて夜の帳も完全に下りた頃。どちらからともなく重ねた唇のぬくもりを合図に、燭台の炎を消したのだった。
赤く染まった空に見惚れながら隠れ家の戸を開けると、中には既に歳三さんの寛ぐ姿があった。
「……自分、どんだけ行動力あんねや……」
呆れながら家に入ると、畳の上には地図が広げられている。どうやら此処で、今後の動きを模索していたらしい。
「局長とは話がまとまらはったんですのん?」
お茶を入れながら、私は聞いた。ついでに簡単な夕食も準備し始めると、歳三さんの顔がほころぶ。
「ああ、まとまったぜ。お前は外に出ていたから先に永倉や原田達助勤には伝えたが、やはり坂本は斬る」
「そうなる思て先手を打って、情報を集めてましたけど……何や複雑やわ」
沢庵を切り、一切れ歳三さんの口に放り込むと、子供が飴玉をもらった時のように嬉しそうな顔になった。実はこれが見たくて、私自身はあまり食べない沢庵を漬けるようになっていたりする。
「伊東はんの読み通りに動いてまうのって、癪やなーって思てまうんよ」
そんな私の言葉に、咀嚼していた沢庵を飲み込んだ歳三さんは言った。
「読み通りだろうが何だろうが、最後に俺達が笑えれば良いさ。伊東が止めたがってるなら、全力で突っ走るまでだ」
もう一切れ、と出した手を軽く叩き、あとは食事の時にと諭す。その自然な行為は、まるで夫婦の掛け合いのようだった。
「うちらの方がよっぽど夫婦らしいですやん」
出来上がったお膳を運ぶと、向かい合わせに座る。屯所で食べる時のような賑やかさは無く、島原のお膳のように豪華でも無い。それでも二人でこうして穏やかに食事が出来るのは、至高の贅沢だ。
「ずっと……こないな生活が送れたらええのに……」
思わずポソリと呟いた。それを聞いた歳三さんが少し困った顔をしているのは、希望が無いからだと分かっている。
「なぁ、歳三はん……」
「ん? 何だ?」
「うちらはこれから、どないなっていくんやろな……」
「あん?」
思わず、口をついた。
この動乱の中、見えない先の世に新選組は生き残れるのだろうか。そして、行き着く先は何処なのか。
「うちには見えへんのや、新選組の行く末が……」
それは、ここ最近頭から離れない疑問。
「坂本の周辺を調べていると、倒幕派の思想に触れる機会も多ゆうなるわな。うちらとは違った視点の考え方は、考えさせられるもんもぎょーさんあった。せやけどやっぱり正しいのはうちらやと思うし、倒幕派の強引なやり方は好かんしで、何とかせなあかんとは思てるんえ。思てるんやけど……」
昔、近所の婆様がぼやいていた言葉をふと思い出す。
――男はんは、夢を見てそれを追い続ける。女子は現実(いま)を必死に守ろうとする。同じ人生を歩んでいても、見えてるもんは違うんえ。
「このまま戦い続けて、最後に得る物って何なんやろな……って思てまうんよ」
新選組は好きだ。だから大切な仲間を守りたい。
だがその新選組が守ろうとしていた幕府は、大政奉還により消滅する形となってしまった。それならば、今後我々の存在する意味は……?
「琴尾……」
黙り込んでしまった私に、歳三さんが声をかける。それに気付いた私は、慌てて笑顔を見せた。
「すんまへん。言うてる本人が、何言うてるか分からんなってるわ。気にしんといて下さい。せっかくのお膳が冷めてまうよって、はよ食べまひょ」
せっかくの食事時にする話では無かったなと思い、歳三さんに食事を促す。そして自らもお椀を手に取ろうとした時……。
「ついてくれば良いだろ」
「……はい?」
それは、まっすぐに私を見ている歳三さんの言葉。
「行く末が見えなきゃ、俺に付いてくれば良いさ。得る物があるかなんざ俺にも分からねぇが、前に進んでりゃ何かがあるだろ。幕府があろうと無かろうと、俺達は誠の信念の下、武士としてただ真っ直ぐに突き進むだけだ。例えそれが他人から見れば馬鹿げたものだったとしても、それが俺達であり、新選組なんだ。前が見えなきゃ俺に付いて来い。迷っていたら俺が助け出してやる。お前は俺の側にいれば良いんだよ」
そう言って歳三さんがにやりと笑う。そこにあるのは、自信に満ち溢れた男の笑みだった。
「えらい剛毅なお人やな」
「ったりめぇだろ。俺は副長だぜ?」
本当にこの人は……。つられて私も微笑んでしまう。
「そうやったな。歳三はんは新選組の副長や。うちは鬼の副長について行けばええんよな」
「そういう事だ。お前は何も悩まず、ただ俺の側にいれば良い」
「ほんま強引なお人や」
「それが分かってて……俺に惚れたんだろ?」
しれっとした顔で言いながら沢庵を頬張る歳三さんに、頭が上がらない。だが表情とは裏腹に頬が少し赤くなっている事に気付き、思わず吹き出してしまった。
自分で言って照れくさかったのだろう。何笑ってんだよ、と表情を崩さぬようにしてはいたが、ますます赤くなる頬に、私の笑いはしばらく収まる事が無かった。
その後食事を終えた私達はしばし、坂本襲撃についての話に没頭する。やがて夜の帳も完全に下りた頃。どちらからともなく重ねた唇のぬくもりを合図に、燭台の炎を消したのだった。
