時の泡沫
それから少し時が過ぎ。
九月を迎え、副長が再び隊士募集の為に東下する事を告げられた。
「今回は家族以外の女とは誰とも会わねぇからな!」と何故か律儀に説明され、この人は未だに気にしていたんだと思わず吹き出してしまった。
今回の同行者は井上さんと大石さんだという。少ない人数での東下だが、手練ればかりの少数精鋭。道中危険があるとすれば、襲って来た相手の方だろう。
特に大石さんは暗殺の任に就くことが多く、危険を察知する能力も高いため、副長の護衛としては問題ない逸材だ。
「出来る事ならお前も連れて行きたかったんだがな。総司の事もあるし、村山の事もある。色々と任せちまう事になるが、出来るだけ早く戻るようにするからな」
「承知しました」
この人の仕事を一部でも任されるのは、とても嬉しい。離れていても、同じ道を共に歩んでいる事を実感出来るから。
「即戦力になるような人材が見つかると良いですね」
「ああ……元はと言えば、京の入隊希望者にまともな奴がいねぇのが問題なんだ。江戸の人間の方が信頼は出来るが、この行き来の時間が勿体ねぇよ」
「吉村さんも、身元確認が大変だとぼやいてましたよ。怪しい奴ばかりだって」
先日から増員を考え、京でも新たな隊士の募集はしている。だがあまりにも身元の怪しい者が多いのだ。間者の可能性もある為、監察総出で身元確認をしているのだが、すんなりと入隊を許可できるのはほんの一部だった。
「江戸では兄貴に、ある程度の人選を頼んであるからな。問題無いだろう」
さすが副長。既に手配は整えてあるらしい。きっと故郷では英雄扱いなのだろうな。少し照れくさそうにしながらも、副長らしく振舞う姿を想像して笑みが零れた。
「道中お気をつけて。お早いお帰りをお待ちしております」
私が頭を下げると、副長が何故か頬を赤らめる。そして私をじっと見つめた後、ふっと小さく笑った。
「こうしてると……何だか夫婦みてぇだな」
しみじみ言われ、つられて私まで顔が赤くなってしまった。
「な、何でいきなりそのような事を……!」
「いや、何となく、な。……帰る場所があるってのは良いもんだと思ってよ」
「いつだって新選組という帰る場所があるじゃないですか」
「そりゃそうだけどよ。俺だけが帰る場所ってのは、やっぱ特別だろ?」
どうしてこの人はこうなのか。女の喜ぶツボを熟知した発言に、恥ずかしさでいたたまれなくなる。
「で、では私は失礼します!」
顔を真っ赤にしたまま急いで部屋を出ようとすると、「待てよ、忘れもんだ」と止められた。何の事だと振り向けば……。
「……っ!」
重ねられた唇に、体が固まる。
「……んっ……」
「こんな大事な日課を忘れるたぁ、気がたるんでるんじゃねぇか?」
副長はしれっとした顔で言うが、ダメ押しで愛情を注がれた私の頭は、恥ずかしさの限界を超えてしまった。
「あ……あ……あほ~~~~っ!!」
カチコチの体で叫びながら走り去る私に、副長はお腹を抱えて笑い転げていたそうだ。
たまたまそれを遠目で見ていたらしい永倉さんが、「お前も苦労してるんだな……」と憐みのような表情で肩を叩いて来たのだが、そこに深い意味は無いのだと思いたい。
何がともあれこの数日後、副長達は江戸へと向かった。彼らが新しい隊士を引き連れて戻ってくるのは二か月程先になるのだが、この間にも止まることなく時代は動き続ける。
それは坂道を転げ落ちるかのように速く、思いもよらない出来事を次々と我々の前に突き付けてくるのだった。
九月を迎え、副長が再び隊士募集の為に東下する事を告げられた。
「今回は家族以外の女とは誰とも会わねぇからな!」と何故か律儀に説明され、この人は未だに気にしていたんだと思わず吹き出してしまった。
今回の同行者は井上さんと大石さんだという。少ない人数での東下だが、手練ればかりの少数精鋭。道中危険があるとすれば、襲って来た相手の方だろう。
特に大石さんは暗殺の任に就くことが多く、危険を察知する能力も高いため、副長の護衛としては問題ない逸材だ。
「出来る事ならお前も連れて行きたかったんだがな。総司の事もあるし、村山の事もある。色々と任せちまう事になるが、出来るだけ早く戻るようにするからな」
「承知しました」
この人の仕事を一部でも任されるのは、とても嬉しい。離れていても、同じ道を共に歩んでいる事を実感出来るから。
「即戦力になるような人材が見つかると良いですね」
「ああ……元はと言えば、京の入隊希望者にまともな奴がいねぇのが問題なんだ。江戸の人間の方が信頼は出来るが、この行き来の時間が勿体ねぇよ」
「吉村さんも、身元確認が大変だとぼやいてましたよ。怪しい奴ばかりだって」
先日から増員を考え、京でも新たな隊士の募集はしている。だがあまりにも身元の怪しい者が多いのだ。間者の可能性もある為、監察総出で身元確認をしているのだが、すんなりと入隊を許可できるのはほんの一部だった。
「江戸では兄貴に、ある程度の人選を頼んであるからな。問題無いだろう」
さすが副長。既に手配は整えてあるらしい。きっと故郷では英雄扱いなのだろうな。少し照れくさそうにしながらも、副長らしく振舞う姿を想像して笑みが零れた。
「道中お気をつけて。お早いお帰りをお待ちしております」
私が頭を下げると、副長が何故か頬を赤らめる。そして私をじっと見つめた後、ふっと小さく笑った。
「こうしてると……何だか夫婦みてぇだな」
しみじみ言われ、つられて私まで顔が赤くなってしまった。
「な、何でいきなりそのような事を……!」
「いや、何となく、な。……帰る場所があるってのは良いもんだと思ってよ」
「いつだって新選組という帰る場所があるじゃないですか」
「そりゃそうだけどよ。俺だけが帰る場所ってのは、やっぱ特別だろ?」
どうしてこの人はこうなのか。女の喜ぶツボを熟知した発言に、恥ずかしさでいたたまれなくなる。
「で、では私は失礼します!」
顔を真っ赤にしたまま急いで部屋を出ようとすると、「待てよ、忘れもんだ」と止められた。何の事だと振り向けば……。
「……っ!」
重ねられた唇に、体が固まる。
「……んっ……」
「こんな大事な日課を忘れるたぁ、気がたるんでるんじゃねぇか?」
副長はしれっとした顔で言うが、ダメ押しで愛情を注がれた私の頭は、恥ずかしさの限界を超えてしまった。
「あ……あ……あほ~~~~っ!!」
カチコチの体で叫びながら走り去る私に、副長はお腹を抱えて笑い転げていたそうだ。
たまたまそれを遠目で見ていたらしい永倉さんが、「お前も苦労してるんだな……」と憐みのような表情で肩を叩いて来たのだが、そこに深い意味は無いのだと思いたい。
何がともあれこの数日後、副長達は江戸へと向かった。彼らが新しい隊士を引き連れて戻ってくるのは二か月程先になるのだが、この間にも止まることなく時代は動き続ける。
それは坂道を転げ落ちるかのように速く、思いもよらない出来事を次々と我々の前に突き付けてくるのだった。
