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時の泡沫

 それから暫くは、新選組周辺での大きな動きは無かった。お陰で沖田さんの治療を初めとした、医療知識を得る勉強の時間を作る事が出来ている。
 以前は何かあるとすぐに南部先生の所へと走っていたが、今ではその回数を大幅に減らせるだけの対処が出来るようになっていた。

「私は新選組の医者ですから」なんて言葉を言っても許される程度に、周りにも認めてもらえてはいるようだ。天職だったのか、私自身もこの仕事は気に入っており、充実している。

 ちなみに沖田さんの体調はというと、一進一退を繰り返していた。
 あれからもう一度だけまた喀血をしたものの、徹底した療養のお陰か現在は咳は減りつつある。ただやはり体を動かさない為、筋肉の衰えが顕著に現れ始めていた。

「刀って……こんなに重たかったんですね」

 数日ぶりに庭を歩きながら、沖田さんが言う。刀と言っても、もちろん振り回しているわけではない。腰に……それも大刀を一本だけ差している状態なのだが、それすらもかなりの重さを感じているらしかった。

「ここの所ずっと床に就いていましたし、未だ微熱も続いていますからね。どんな人でも熱があれば力は出ませんよ」
「おとなしくしてるし、咳も減ってるのになぁ。どうして熱だけは下がってくれないんだろう」

 ゆっくりと刀を抜き、構える。だがそこに、病を発症する前の精悍さは無い。

「この刀でこの重さだったら、天然理心流の木刀なんて持ち上げることも出来ませんね」

 皮肉な笑いを浮かべて嘆息する沖田さんに、私の胸は痛んだ。



 初めの頃は信じて疑わなかった、労咳からの完治の可能性。だが医術を学べば学ぶ程見えてくるのは、現実と言う名の絶望感だった。

 確かに医学の発展は日進月歩であり、松本先生達のように海外の知識を取り入れる事で、今まで治せなかった病が治るようにはなってきた。でも労咳は……未だどこの国にも治療方法は確立されていない。
 それどころか、快方に向かわせる可能性のある薬すら存在しないのだ。私のように完治した人間は確かに存在するが、死と完治の分かれ道にある物が何なのかは、全く解明されていない。労咳に罹る根本的な原因が分からない為、今出来るのはただ安静にし、栄養を摂り、天に祈る事だけだ。

 その事に医者として気付かされた時、居ても立っても居られなくなった私は、衝動的に診療所を訪れた事があった。





「医者とはこんなに無力なものなのですか!? ただ症状を誤魔化しながら、奇跡を待つ事しか出来ないのでしょうか!」

 必死の形相で叫びながら駆け込んだ私に驚きもせず、松本先生は涼やかな顔で答えた。

「ほう、それに気付けたってのは立派なもんだな。確かに俺達医者は無力だが、誰より早く病に気付く事が出来る。その病という絶望から希望を見つけたり作り出すのが、医者っていう仕事だと俺は思ってるんだがな」

 南部先生も、優しい笑顔でそれに頷く。

「我々は力が無いのに気付いているからこそ日々学び、足掻いてるんですよ」

 松本先生に促され、南部先生が出してきたのは新たな咳止めの薬だった。
 その薬を一つ一つ確認しながら、松本先生は言った。

「酷な話だが敢えて言うぜ。お前さんも気付いてるんだろうが、南部から聞いてる限り今の流れじゃ十中八九、沖田は助からねぇ」

 それは、分かってはいたけれど聞きたくなかった言葉。しかも松本先生の発言となると……沖田さんのその時は目の前なのだと、太鼓判を押されてしまっているような気持ちになる。
 しかし肩を落とした私を見て、松本先生は呆れ声で言った。

「話は最後まで聞けってんだ。沖田の事は、今この瞬間までの話だ。半年、一年。いや、ひょっとしたら明日にでも治療法は見つかるかも知れねぇんだ。数多の医者が必死に治療法を探してるんだからな。それなら今は少しでも命を長らえさせて、その時に備えておけって話だろうが」
「ってな事でして、今日松本がここにいるのは、今までより効果の高いこの咳止めを持ってきたからだったりします。 鼻が利きますね、山崎さん」

「有難く受け取れ!」と踏ん反り返る松本先生と、穏やかに笑う南部先生。まるで正反対の態度だが、沖田さんを心配し、出来る限りの事をしようとしてくれているのは同じで。ああ、これが本物の医者というものなんだ。そう思わずにはいられない瞬間だった。

「流石ですね。先生方は医者の鑑です」

 それは心からの賛辞。
 私達新選組は、この国で最も信じられる医者を二人も独占しているのだ。こんなに贅沢な環境が、何処にあるだろう。そして、この素晴らしい医者に直接指導をしてもらえる自分は、誰よりも恵まれている。それを自覚しながら、私は聞いた。

「先生方に教えて頂きたい。最近病で体も心も弱り始めている沖田さんに、先生方ならどう接していかれますか?」

 きっと治してまた戦うんだと言いながらも、諦めが見え隠れする沖田さんを、少しでも元気付ける方法があるのなら知りたい。でもどうしたら良いのかが分からないのだ。上辺だけの知識しか無かった頃なら、いくらでも無責任な励ましが出来た。でも今は……。
 そんな私の質問に、まず答えてくれたのは南部先生だった。
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良かった👍