時の泡沫
「お琴とはすっぱり縁を切ってきたさ。総司が話した通り、お琴とは許婚だった。兄貴の紹介とは言え、確かに当時の俺には悪くない話で、良い女だとも思ってた」
良い女……か。
歳三さんがそう言い切るからにはきっと、気立てが良くて美人で優しくて……と全ての揃った女性なのだろう。
ガサツな上に男勝りな私とは大違いだな、と勝手に想像し、落ち込んでしまった。
「嫁にしてりゃ、色々と都合は良かったかもしれねぇさ。だが何かが違ったんだ。あの時の俺にはその違いの理由が分からなかった。許婚にとどめたのは京に上るってのもあったが、決心が付かなかったのが最大の理由だ」
歳三さんの言葉に、誤魔化しや嘘は感じられない。間違い無く本心を語っているのだろう。
「そんな時、お前に出会ったんだよ。遠目で見てたが、芹沢さん達の前では遠慮なく煩いくらいに騒いでいたし、新撰組に入隊してからは男として過ごしてたしで、女として見るつもりも無かったってぇのに……」
歳三さんが、そっと右手を伸ばして私の頬に触れる。
「ふとした時に見せる仕草や表情から、目が離せなかった。お前が紡ぎ出す言葉が、誰の物よりも心に沁みた。気が付けばいつもお前の視線を気にして、何かの理由でお前が他の男を見ていた時には、自分でも怖いくらいの嫉妬心と独占欲を抱え込んでたさ。だから職権乱用と分かっていながらも、出来る限りお前を自分と共に動ける仕事に回すようにしていた。お前と共に仕事の成功を喜べるのは、何よりの喜びだったんだ」
頬を撫でる親指が、温かくて優しい。それが心地よくて、そっとその手に私の手を重ねた。
「そこまでして漸く気付いたんだよ。男が愛する女を守るのは当然の事だ。だが俺の愛する女には、ただ守られているだけでなく、共に歩んで欲しかったんだと」
もう一方の手を伸ばした歳三さんが、私を腕の中へと促す。素直に全身で寄りかかると、優しく抱きしめられた。
「こんなに細くて華奢な体で、俺達みたいな荒くれ者の中を生きるのは、並大抵の覚悟じゃ出来ねぇ。だがお前はそれをあっさりとやってのけちまってる。そんなお前に惚れちまった俺は、すっかりお琴の事を忘れちまってた」
歳三さんの胸に触れた耳から、心の臓が刻む音が聞こえてくる。少し駆け足に聞こえるのは、話す事に緊張しているからだろうか。それとも……。
「だからお琴の事は、別に隠していたわけじゃねぇよ。東下の際に会ったのもけじめってだけで、俺にとっては終わった事だったんだ。だが……嫌な思いさせちまったな。すまねぇ」
素直に謝られ、何だかくすぐったい気持ちになった。まっすぐに伝わってくる思いが、私の中でくすぶっていた『嫉妬』の炎を消していく。
「ん……もうええよ。聞かせてくれておおきに」
お琴さんには悪いと思いながらも、私は今この瞬間が幸せだと感じていた。
「歳三はんがうちの全てを受け入れてくれはったように、うちも歳三はんの過去からの全てを受け入れる。そう約束してましたしな。お互いええ年やし、色々あって当たり前や」
「そうだな……」
その色々な経験があってこそ、今の自分達があるのだから。
そして私は、この人と一緒に前に進んで行きたい。きっとこれからぶつかっていくであろう艱難辛苦を乗り越えて、共に平らかな世で幸せを噛み締めたい。
「うちは必ず最期の時まで、歳三はんと共におりますえ」
改めて、心に誓った。
「例え何処にいようとも、うちの心はいつも歳三はんと共にある。見ている先は一緒やいう事を忘れんとってや」
「ああ、忘れねぇよ。俺達はいつも共にある」
誓いの口付けを交わす。それは魂をも繋ぎ止めるかのように、深く優しい物となったのだった。
良い女……か。
歳三さんがそう言い切るからにはきっと、気立てが良くて美人で優しくて……と全ての揃った女性なのだろう。
ガサツな上に男勝りな私とは大違いだな、と勝手に想像し、落ち込んでしまった。
「嫁にしてりゃ、色々と都合は良かったかもしれねぇさ。だが何かが違ったんだ。あの時の俺にはその違いの理由が分からなかった。許婚にとどめたのは京に上るってのもあったが、決心が付かなかったのが最大の理由だ」
歳三さんの言葉に、誤魔化しや嘘は感じられない。間違い無く本心を語っているのだろう。
「そんな時、お前に出会ったんだよ。遠目で見てたが、芹沢さん達の前では遠慮なく煩いくらいに騒いでいたし、新撰組に入隊してからは男として過ごしてたしで、女として見るつもりも無かったってぇのに……」
歳三さんが、そっと右手を伸ばして私の頬に触れる。
「ふとした時に見せる仕草や表情から、目が離せなかった。お前が紡ぎ出す言葉が、誰の物よりも心に沁みた。気が付けばいつもお前の視線を気にして、何かの理由でお前が他の男を見ていた時には、自分でも怖いくらいの嫉妬心と独占欲を抱え込んでたさ。だから職権乱用と分かっていながらも、出来る限りお前を自分と共に動ける仕事に回すようにしていた。お前と共に仕事の成功を喜べるのは、何よりの喜びだったんだ」
頬を撫でる親指が、温かくて優しい。それが心地よくて、そっとその手に私の手を重ねた。
「そこまでして漸く気付いたんだよ。男が愛する女を守るのは当然の事だ。だが俺の愛する女には、ただ守られているだけでなく、共に歩んで欲しかったんだと」
もう一方の手を伸ばした歳三さんが、私を腕の中へと促す。素直に全身で寄りかかると、優しく抱きしめられた。
「こんなに細くて華奢な体で、俺達みたいな荒くれ者の中を生きるのは、並大抵の覚悟じゃ出来ねぇ。だがお前はそれをあっさりとやってのけちまってる。そんなお前に惚れちまった俺は、すっかりお琴の事を忘れちまってた」
歳三さんの胸に触れた耳から、心の臓が刻む音が聞こえてくる。少し駆け足に聞こえるのは、話す事に緊張しているからだろうか。それとも……。
「だからお琴の事は、別に隠していたわけじゃねぇよ。東下の際に会ったのもけじめってだけで、俺にとっては終わった事だったんだ。だが……嫌な思いさせちまったな。すまねぇ」
素直に謝られ、何だかくすぐったい気持ちになった。まっすぐに伝わってくる思いが、私の中でくすぶっていた『嫉妬』の炎を消していく。
「ん……もうええよ。聞かせてくれておおきに」
お琴さんには悪いと思いながらも、私は今この瞬間が幸せだと感じていた。
「歳三はんがうちの全てを受け入れてくれはったように、うちも歳三はんの過去からの全てを受け入れる。そう約束してましたしな。お互いええ年やし、色々あって当たり前や」
「そうだな……」
その色々な経験があってこそ、今の自分達があるのだから。
そして私は、この人と一緒に前に進んで行きたい。きっとこれからぶつかっていくであろう艱難辛苦を乗り越えて、共に平らかな世で幸せを噛み締めたい。
「うちは必ず最期の時まで、歳三はんと共におりますえ」
改めて、心に誓った。
「例え何処にいようとも、うちの心はいつも歳三はんと共にある。見ている先は一緒やいう事を忘れんとってや」
「ああ、忘れねぇよ。俺達はいつも共にある」
誓いの口付けを交わす。それは魂をも繋ぎ止めるかのように、深く優しい物となったのだった。
